第25話 ハル・ヨッカーの噂の始まり

「ブタいますか?」

「肉が欲しいなら肉屋へ行け」


ブタがいるという商会、受付の少年に、数軒先の干し肉が下げられた店を指さされた。お礼を言って肉屋に行ったが、ブタはいなかった。


「ブタ、どこ、いますか?私、ハル・ヨッカー。ブタ、困った来て良い、言った」


もう一度受付の少年(明らかに私より年下だ)に声をかけたら、ここへ来てからこれまでにないほど胡散臭そうに何度も何度も私を見られた。大人だったらセクハラで訴えるレベルだ。


「ブタ?」

「ブタ」

頷いた。

「おう、ハル・ヨッカー何かあったか」

「ブロード様」

「ブタ」


いるではないか。少年、居留守はよくないぞ、と私が少年を見るのと、少年だけでなく、周りにいた男たちがものすごい顔でこちらを見るのは同時だった。


「なに?」

「おまえ、ブロード様をブタ」

「お前は言うな」

ブタは、少年の頭をコツンとやった。

「ブタ、痛い、ダメ」

「で、何しに来た」


そうだ。用があってきたのだ。私はブロードに頭を下げる。金を借りるのは嫌だが、借りるあてなどワラビにも私にもない。リドゥナを物々交換したので、我が家はただいま金欠中なのだ。

ワラビも何やら金策をしていたが、あれは放っておくと身売りしそうなので怖い。一緒に来て勝手に話をつけて身売りされても怖いので、ワラビが買い物に行った隙にやってきた。お願いをする立場だ。丁寧に頭を下げる。


「お金くれ」


周囲の空気がぐわり、ざわめいた。


「こいつ、ブロード様に金をせびったぞ」

「ブロード様に借金を申し込むんじゃなくて、なんてやつだ」


髭面のゴリラみたいな男だけでなく、しゅっとしたインテリジェンスな男たちも私を見る目が違う。もしかしてまたなにか間違えたのだろうか。

恐る恐るブロードをみれば怒っている様子はない。くくく、と笑っている。大丈夫なようだ。きっと借金の申込をいきなりしたので、前置きとかちゃんとしろよと言われているのかもしれない。そこは大目にみてほしい。

もちろん、私も大人だ。借金をする以上担保がいることは分かっている。リュックから二つ折りの布に挟んだ羽を取り出す。ワラビにきいて言葉もならったのでばっちりだ。


「これ、担保、です。お金くれ」


ワラビに一度あげようと思ったものの、ワラビがパニックになってしまったので、上げそびれたものだ。


「なんだと!ニカ……」


ブタの顔色が変わった。余裕たっぷりだったのに、骨董屋のおじいさんと同じ顔になった。

他の男たちも様子がおかしい。ある者は音をたてて椅子から立ち上がり、興味本位でこちらをのぞいていた男はフリーズした。受付の少年は扉を閉めた。


「どうした?ブタ、変」

「これはニカンルーの冠羽だろう。どうしたんだ」

「これ、担保、お金くれ」

「これはご禁制だぞ、分かっているのか!」


お金くれは通じないのだろうか。他に似た言葉は、

「これ、担保、お金よこせ」

「ブロード様を脅している」

誰かが小さな声でつぶやいた。ブタはため息をつくと、銅貨を一枚私の手のひらに乗せた。


「ほら、どこで手に入れた。お前みたいな子供が手に入れていいものじゃない。うまくやるから事情を話せ」


私は手のひらの銅貨を見た。私は知っている。銅貨一枚ではせいぜいパン一つだ。こんなもので、一か月持つわけがない。


「少ない」

もう一度手を突き出す。

「話をしたら渡す」

「話?」

「これをどこで手に入れた」

「話す、お金くれる?」

ブタは頷いた。私も頷く。

「私、拾った」


言った。とたん、頭に衝撃がやってきた。マッサージと呼ぶには強烈すぎる五点からの圧力が脳を揺さぶる。だめだ、馬鹿な頭がさらに馬鹿になる。


「ばっかやろー、んなわけあるか!吐け! きりきり吐け!!」


首を支点にぐらぐら揺さぶられる。目が、回る。痛いです、止めてください。言いたい。確かいじめられていた女の子が言っていた言葉があった。その言葉を言ったら男の子も周りの子たちから白い目で見られていた。きっとこの状況を変えられるはず。


「いたい、いたい、女いじめるさいてーやろー」


ブタの顔に凶悪といっていい笑みが浮かんだ。さらに圧力が増した。周りの白い目は私に向かている。なんでだ。


「うるさい、話せ。金がほしいんだろ?」


凄まれる。

よくわからないけど、理不尽だ。

だが私は理不尽に屈する弱い人間だ。よくわかっている。

涙目で頷いた。力が弱まった。ほれ、と顎をしゃくられて椅子に座った。


「私、森行く」

「森?」

「あっち」


指をさせば、またしても外野の男たちがざわついた。


「王家の森か?」

「散歩、行く。拾った」

「ニカンルーの雄はな、雌と子供には優しいが、人間には容赦ないんだよ。しかもこれだけの大きさの冠羽となると群れの長でもおかしくない体格のはずだ。遭遇してお前みたいな子供が無事のはずはない。何をした?場合によっちゃ、俺はお前を警吏に突き出さなくちゃならない。いやなら、正直に話せ」


とはいえ、アスタのことは話せない。多分、森の番人なアスタは私を逃がしたことはいけないことのはずだ。迷惑をかけるわけにはいかない。


「長い、分からない」

横から少年が紙を差し出してきた。森の絵とお肉様らしき絵が描いてある。

「へたくそ」

「うるさい!」

足を踏まれた。地味に痛い。

「ハル、お前はどこでこの冠羽を拾った?道か?」

私は首を振る。

「巣か?」


ブタは洞穴の絵を描いた。ということはこの男もあそこへ行ったことがあるのかもしれない。


「どこで、拾った?」


拾ったというのは、そこにあったものだということだから、この冠羽がどこにあったのか教えて欲しいということか?

お肉様の頭を指さした。


「これ、ここ、拾った」

「ニカンルーの頭の上、だと?」

どうした?羽はそこに生えているものではないのか。どうしてそんなに怖い顔をする?

「それは、獲ったというのだ!!」


地獄の底というのがあれば、そこから響き渡るような声だった。脊髄反射で椅子の上で跳ねた。


「まさか、あんな子供がニカンルーの羽を獲っただと?」

「無傷で?」

「武器も持っていないぞ」


周りの男たちがざわつきだす。なんだ。なにが起こっている。

ブタはさらに怖い顔になった。

有無を言わさず、腕を引かれ、立ち上がる。


「まて、ブタ、まて」

「黙れ、行くぞ」


睨みつけられると、黙ってしまう。それも弱者の反射である。

家庭訪問よろしく我が家を訪れたブタにより、ワラビとともに二人からの数時間の話し合いという名の尋問を受けた。骨董屋のおじいさんの件から荷物のことまで洗いざらいはかされた。かろうじてアスタのことは喋らなかった。褒めてほしい。ご禁制の鳥を傷つけた疑惑は晴れたものの、冠羽はブタが回収していった。


「いいか、お前はこれを持っていなかった、いいな」


ブタは何度も念押しした。大丈夫だ。見ない振りなら慣れたものだ。小市民の真骨頂だ。私は強く頷いた。


「ないことなる」

「お前が自信満々だと不安になるのはなんでだ」


ブタは来たときよりもげっそりした様子で、金貨一枚を置いていった。ワラビによると、ブタがうまいこと処理してくれるとのことだった。よくわからないので詳細は聞いてはいない。

のちに思えば、まだ一か月弱の語学学習の弊害としか言いようがなかった。しかし、このときの発言はハル・ヨッカーとしての間違った評判の第一歩となった。異国からやってきた新米セド業者、ハル・ヨッカーはただ者ではない。そんな噂が広がるのはそれからしばらくしてからのことだ。



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