第24話 お肉狩り4
「行きたい、言う」
「言うわけがないだろう。密猟者になりたくなければおいていけ」
一喝された。何を言われているのかは分からないが、その厳しい視線に仕方なくリュックを地面に下ろす。諦めきれずにアスタを盗み見ると、厳しい顔で顎をしゃくられた。分かりました。諦めます。雛鳥を外に出そうとすると、リュックが気に入ったのか、ケッケッと抵抗する。本人が行きたがっていますが、ともう一度仰ぎ見た。
「死にたいか」
非常に分かりやすかった。さっきの優しさはどこへ行ったのだ。同じ人物とは思えない。泣く泣く、雛鳥を外にだせば、空気の読めないがきんちょはもう一度入れろと、足を突いてきた。アスタはそれを掴むと、乱暴にフワフワの巣材の方へと投げた。
「雛だからと甘くみるな。親鳥にばれれば、即、死だぞ。脅されているのかもしれないが、市場に流通していないものを流せばすぐ足がつく。あきらめろ。ほらあいつが戻ってくる前に行くぞ。送ってやる」
腕を掴まれて立たされた。そのまま歩き出す。薄暗い洞穴を数メートル進めば、外に出た。最初にアスタと出会った場所だった。どうやら出会った場所は彼らの巣の前だったようだ。巣を出たところで、腕を離された。何がしたいのか分からず止まっていると、後ろから何か言われた。
「なに?」
聞き返せばアスタは困ったように眉を下げると手を繋ぎ、歩き出した。引っ張られるように歩き出したが、警察に突き出すぞ、という感じではなかった。
「なに?なに?」
何度訊ねても、アスタは何も言わなかった。ただ大きな手は温かく、歩みは私の歩幅だった。なんだか嬉しくなって手をにぎにぎとしたら、やめろ、と言われた。聞こえないふりをした。
「もう迷うなよ」
そういって、手を離されたのは森の入り口だった。見逃してくれる、そういうことなのだと思う。
「ありがとござ!」
頭を下げたら、
「子供が気にするな。それから俺のことは内緒だ」
「ないしょ?」
首を傾げれば、
「しー、ということだ」
男は人差し指を私の口にあてた。なんて、やつだ。口止めが、口止めが。頭がパニックになりながら、頷いた。ホームレスにはホームレスの事情があるのだろう。それにしても、ちょっとえろいのではないか。じとっとした視線を向けたが、気にもしていない。
頭を撫でられた。
※
意気揚々と骨董屋に入った。お肉様は持ってこられなかったが、きれいな羽と交換してほしいと差し出したらおじいさんが椅子から転げ落ちた。
「何を持ってきているんだ!そんなご禁制の物なんか持ってくるな!見つかったらただじゃすまないだろ」
「交換、します」
「できるわけないだろ! 売れたもんじゃない!」
「お肉狩り、頑張った」
「お前、まさかニカンルーを?」
こくり、と肯けばおじいさんの目がものすごく怖いものを見る目に変わった。人を殺人鬼でもみるような目でみないでほしい。
「交換……」
「いらん、なんでもいいから一つ持っていけ」
そうか、おじいさんは見たかっただけなのか。それなら、今度雛鳥のところに連れていったら喜ぶかもしれない。
「また、行く。一緒行く?」
「誰が行くか! 今度からは金だからな。金」
おじいさんは怒ってしまった。
仕方ないのできれいな羽はポケットにしまい、ノートをリュックに入れた。今度は「金」じゃないとだめらしい。またワラビに訊こう。
家に帰れば、散歩にしては帰りが遅いとワラビに怒られた。
「枕する、どうぞ」
布団にするには少ないが、枕くらいにはなるだろう。ぜひとも作ってほしいと、リュックに残った羽毛を机の上に出したら、ワラビの顔が引きつった。声なき絶叫というのはこういうことをいうのだろう。
「ど、どこでこれを手に入れたのですか。というかどこに行ってきたのですか?」
「さんぽ」
ワラビが机の上の羽毛を恐々と選別するのを眺める。
「ありがとう」
いつものお礼のつもりできれいな羽を渡したら、今度は悲鳴を上げた。一番きれいなセミの抜け殻をプレゼントしてお母さんに怒られたときみたいな悲しさだ。
「ニカンルーの冠羽じゃないですか。どこでこれを取ってきたのですか?まさか、ニカンルーを獲りに王家の森に行ったのですか?」
「ひろった」
「拾ったって。拾えるわけないじゃないですか。しかも狂暴な雄の冠羽。求愛の時に雌にしか渡さないものですよ。どこも怪我していませんか?」
ワラビが私の体をあちこち点検しだす。リュックの中身を確認し、縄を取り出した。
「ハル、これは何ですか」
「それは縄です」
「じっくりお話をきかないといけませんね」
その晩、ワラビはしつこかった。言葉が分からない相手に尋問をするその根気に執念を感じた。今日こそ言葉が分からなかったことに感謝したことはない。拾った、と散歩でなんとか乗り切った。時に妖艶なワラビの涙にうっかりアスタの名前を何度口走りそうになったことか。とりあえず、縄を持って散歩に出るのはやめようと思う。
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