第22話  お肉狩り2

何を言っているか分からない。それでも命の危機は分かる。そして今は「なに?」などと聞き返してよい場面ではない。知らない振りが通じる場面ではない。言葉が通じない動物と、通じる可能性はあるが敵意のある相手。片方からは食料とみなされ、片方には剣を向けられる。この間は助けてくれたが、今回は助けてくれるつもりはないのは明らかだった。

恨んだりはしない。しない、が問答無用というのだけはいやだ。

前にお肉様、後ろに男。さすがにこの立ち位置は危険だ。じりじりと場所を移動し、三角形の位置取りにする。できるなら、お肉様、この男の方が体積が大きいので食べ応えがありますよ、の気分だ。だが、お肉様の目は私から離れない。そりゃ、私だって筋肉質な男より、運動不足の私の方が柔らかくておいしそうだとは思う。思うが、いやだ。


「りふじんだ」

この国に来て真っ先に探した言葉だ。

「何が理不尽だ?」


独り言に返事があった。男だった。相変わらず剣を向けられているが、すぐに切り捨てごめんというわけではないらしい。


「わたし、一人、生きる、帰るため、お肉いります」

「腹が減っているのか?」


男の人が何やら戸惑った様子になった。切ってやるぜ、が少し和らいで、なんだこいつくらいの雰囲気だ。


「わたし、荷物、取り戻す、ます。お肉いります。だめ、死にます?」


帰りたいけど、無理なら捕まって殺されるのだろうか。


「ニカンルーを獲ろうとしていたのか?」

肯けば、男の人は目を丸くした。

「バカなのか」


その言葉は知っている。意味も知っている。ヒエラルキーの底辺なので、あえてコメントはしないが一言いいたい。


「ばか違います、勉強中」

もはや定型文として記憶した言葉を返せば、男の人は呆れたように首を振った。

「バカだ。餌にされているにしては仲間の姿もないし、脅されてでもいるのか?」

「はい、私一人」


後半は分からなかったので、分かったところだけ答えれば男の人は難しい顔になった。

何やら考え込むと大きくため息をついた。誰もいないのに、周囲を見回すと、剣を収めた。


「来い」


手招きをされた。もちろん動かない。不審者について行ってはいけないというのは、常識だ。じっとしていると、つかつかと大股で差をつめられ、腕を掴まれた。


「いたい」


反射で声が出たが、嘘だ。痛くはない。男の人もそれが分かっているのだろう、何か言ったが腕をつかんだまま歩き出した。え、ちょっと待って。なぜにお肉様に近づく。もしかして、私を献上して、自分だけ逃げようという算段なのでは。もしくはこの人は餌係で、今日の餌を私にすることにしたとか。


「いや、人殺し、だめ、私、死ぬ、ない」


必死で暴れたが、男の力にかなうわけもない。四つの丸い瞳がどんどん近づいてくる。お肉様は長くはない首を曲げ、白い翼をばさりと広げた。広げられた翼の中には、ふわふわの鳥の羽毛の中に、明らかに獲物を捕獲するための鋭く長い爪が三つ。しかも掴みやすいように下からも生えている。

男の人は顔色一つ変えない。何か言って私を掴んでいた腕を離した。

ケーン。お肉様は空に向かって一鳴きすると、囲うように翼を広げたまま私のむき出しの腕を両側から掴んだ。外から見れば、羽毛布団にしたいくらいの羽をドームのようにしているように見えただろう。実際には冷たい爪に掴まれて上からのぞきこまれている。少しでも動いたら、つるっとした爪がむき出しの腕をぶすり、だ。もう声も出ない。目の前には手の中の獲物に興味津々の瞳。もう一匹も近づいてくる。もしかしてお肉様は羽の中に獲物を囲ってつついて食べたりするのだろうか。

もう、だめだ。

そう思ったときだった。別の人間の声が聞こえた。


「たすけ」


て、までは言えなかった。男の人が何か言うと、口の中に、素早く嘴の先っぽが入ってきた。顎が、外れる、外れそうだ。お肉様にとっては獲物を突いているくらいの感覚なのだろうが、か弱い人間としては口が下半分なくなりそうな衝撃だ。ふがっとのけ反りながら、ギブだギブです、と羽を叩くがもちろん伝わるわけもない。お肉様はつぶらな瞳をきらりと輝かせた。ちょっとだけ嘴が離れた。助かったかと思った瞬間再びの衝撃。しゃべろうとすれば嘴、もはや遊ばれている。この目は食べるよりも、なんかこいつ楽しいの目だ。だてにご近所の犬たちにバカにされ続けていたわけではない。こういうのは分かるのだ。


羽の外側では、男の人とやってきた別の人が話す声が聞こえる。何を話しているのかは分からない。私はただ、お肉様に遊ばれ続けるだけである。どれくらいたったか分からない。何度目かのキスとは呼べない衝撃の中、意識が遠のいていった。

食べられるより良かった。そう思おう。


まあ、私の人生こんなものだ。

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