第21話 お肉狩り1
情報収集は大事だ。
「お肉狩り、なに?」
「は?肉狩り?」
いつも通り食後の皿洗い奉仕にいそしみながら聞けば、クッチャ亭のおじさんの鍋を振る手が止まった。
「何かの狩りか?ニカンルー狩りのことか?貴族たちが王家の森で時折狩りをするからな。うまいが庶民に王家の森での狩りは許されていないからな。だめだぞ」
「お肉狩り、だめ?」
「そうだ、捕まるぞ」
おじさんは美味しそうな肉炒めを皿に移すと、手を前でくっつけた。お縄のポーズだ。
「うむむ」
なるほど、あの骨董屋のおじいさんは庶民では手に入らない「お肉」がほしいということか。肉と交換というので価値が分からない人かと思ったがそうではないらしい。ご禁制の「お肉」をご所望ということは、蛇の道は蛇、あのおじいさんも人の好さそうな顔をして悪い人なのかもしれない。
※
「ニカンルーですか?」
今度は動物の名前を覚えるのですか、ワラビはそう言いながら地面に小枝で絵を描き始めた。毎日分からない言葉をワラビに聞くのが日課になっていた。乾いた地面にたぷっとしたお腹の鳥の絵。
「ニカンルーの肉は柔らかい赤身で、水鳥なのでその羽毛は上等の布団になります。一羽から一本だけ取れる冠羽は高価な羽ペンの材料になります。ただ、野生での生息はほぼなく、今は王家の森で繁殖するだけですね。およそ、私たちの口に入るものではないですよ」
最近のワラビはとりあえず一度、言葉をそのままぶつけるスパルタ方式だ。もちろん分かるわけもなく、その抑揚と聞き取れる言葉だけでなんとなく意味を予想し、会話をしながら意味を掴んでいく。お互い手探りだ。
「お肉、おいしい。とる難しい?」
「ニカンルーです。そうですね、美味しいという話ですよ。取るのは難しくはありませんが、珍しい物なので勝手に獲るのはだめです」
確かにアヒルのような短い足は、私以上に逃げるのが遅そうだし、このメタボ具合は私でも捕まえられそうだ。問題は、獲るのはダメという点だが……。
「売る、ない?」
「売るなんてとんでもないことです。どこかで売っていたのですか?」
「わかりません、行ってきます」
なるほど。手に入れるのは難しいものらしい。
とはいえ、監視カメラもないこの場所で、一匹獲って捕まるとは考えにくい。
敵を知り己を知れば、百戦して危うからず。かの有名な先生も言っていたではないか。
「どこへ行くのですか?」
「さんぽー」
「それなら、私も」
「ダメ、さんぽは一人です」
ワラビがなにやら泣き言を言っていたがいつものことなので、無視して歩きだす。
この一か月流されるまま必死だったが、ようやく一つ目標ができた。諦めるつもりはなかった。
そしてワラビは許さないだろう。ならば、一人でやるしかない。
まずは敵情視察だ。
王家の森というのは、私がここへ来たころに迷い込んだ森のことだった。ワラビもおじさんも近づいてはいけないというが、別に柵があるわけでも見張りがいるわけでもない。不法侵入をしないでほしいという意思表示が非常に希薄だ。となれば、迷ってしまった一般人だといえば、見逃してもらえるのではないか。現物持って歩いていたらそりゃアウトだろうけど。
こちらへきて、なかなかに図太くなった神経で記憶を辿り歩く。
背中のリュックには縄と鳴き声が出せないように布を何枚か入れた。
台所からお守り代わりにもってきた鉄の菜ばしを握り締めながら歩く。鳥一匹捕獲することに躊躇いはないが、ここにはあのでかい怪物みたいな生き物がいるのだ。今も腕にはあの牙でついた傷が残っている。怖くないといったら嘘になる。
以前はやけになっていたのでうろ覚えだが、王家の森はよく見ればなかなかに趣のある森だった。鬱蒼としているが、それは手入れのされた木々の繁り具合だ。獣道だけれど、まったく人が通っていない道ではない。所々で間伐材がまとめておかれていることからも分かる。
ワラビの絵を思い出す。あのアヒル感からしてもどこかの水辺だと思う。耳を澄ますが、小川の音も鳥の鳴き声も聞こえない。日が暮れる前に帰らなければならないが、差し込む光が少なすぎて時間間隔が狂いそうだ。
ケーン、雉のような鳴き声がした。声のした方に走った。
現実とは想像を超えてやってくる。
そいつは森の奥のこんもりした丘から現れた。ケーンと鳴き、眼下にいる私を見下ろした。
そう、見下ろしたのだ。私のひざ下サイズと思っていた「お肉」は、熊サイズの鳥だった。
私は固まった。サイズが違うぞワラビのばかやろー、思ってみても後の祭りだ。
ケーン。ぱっかりと開いた口からのぞくのは鳥じゃなくて恐竜だろ、と突っ込みたくなる歯、もとい牙だ。
そりゃ、これは『狩り』案件だ。一般庶民がたちむかってよいものではない。つぶらな瞳がくるりと私を認識した。
いや、しないでください。お願いします。チキンなハートが戻ってきた。鳥の一匹くらいなんて思っていた自分を絞め殺したい。現地人の言葉には従いましょう。外国観光の鉄則が頭をよぎった。
一人と一匹、全長三十センチの菜ばしで立ち向かう。
できるわけないです、ごめんなさい。言葉が通じたらぜひとも命乞いをしたい。だが、言葉が通じるわけもない。
ケーン。『お肉』が鳴いた。のっそりともう一匹現れた。
四つの瞳が私を見つめる。お肉狩りされるのは私なのではなかろうか。
『見逃していただくわけにはいきませんか』
通じるわけないと知りつつ、へりくだってみた。お肉様はつぶらな瞳で見下したあともう一度鳴いた。嘴を大きく開けたその鳴き声は森中に響いた。
「侵入者か、命がいらぬらしいな」
人の声に振り返って、絶望した。初めてこの森で会った男の人が剣をこちらに向けていた。
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