第16話 はじめてのセド3

後ろに並んでいた男が係員と話し始めた。後から来ているのに、そう思うがそれを指摘できるほど強くはない。ここはさりげなく、存在を主張しよう。手を挙げるのも違うし、発言するのは怖いので、少しばかり体を横に揺すって二人の視界に入ってみた。

大きな手で頭をガシッと掴まれて固定された。


「おい、うるさい。ちょっとじっとしていろ。今お前のことを話しているんだ」


社会人に対し、なんという仕打ちだ。小さな子供にするのと同じ扱いとしか思えない。

そのようなことは女性に対してするべきことではないと、婉曲的に角をたてずにモノ申したい。


「あなた、だめ人。私、よい人」


男二人の視線がさっきよりもなんかもっと微妙なものになった。さらに頭にかかる圧が強くなった。


「で、だ。何が問題だ?偽名なのは、まあ大問題だが、どうみたってこいつが悪事を働けるような頭はないだろう」


「でも、これにはなくてもほかに協力者がいるかもしれません」

「まあな」


男がこっちを見た。


「おい、お前一人か」


頭の上の手をなんとか両手で振り払う。う、ちょっと男前だ。女性の扱いはなっていないが。


「私の名前はハル・ヨッカーです。おねげーしま!」」


上から下までものすごく粗大ごみを見るような目で見られた。最後には大きくため息までつかれた。カブトムシだと思ったらコガネムシだったみたいな感じだ。傷つく。

男の人は係の人と私を見比べるとわざとらしく息をついた。


「よし、じゃあ俺がこいつの後見になろう。それならいいだろ」

「ブロード様が後見ならこっちとしては問題ないですけど。いいんですか。見るからに浮浪児っぽいですよ」

「まあ、一応この後住処と裏に人がいないかだけは確認しとくから心配すんな。それに、ただの浮浪児だったらそれこそ見捨てたら寝覚めが悪いだろ」


何やら二人の間で話がまとまったらしく、係の兵士が私にリドゥナを返してくれた。読めないが赤いハンコが押してある。おそらくこれが受領印みたいなものだろう。


「ブロード様に感謝しろよ」

「ぶさ?」

「ブロードだ。ブロード・タヒュウズ」

これは分かる。自己紹介のパターンだ。だが人の名前は鬼門だ。しかし一応挑戦してみる。

「ブローダヒューズ」

「ブロード・タヒュウズ」


ものすごく眉間にしわが寄っている。なにやら許せない発音だったらしい。数度繰り返せば、男の目はものすごく残念な人を見る目になった。


「ブタ」

「は?」


呆れたような視線は、もう慣れた。いいのだ。発音が悪いのはお互い様だ。私はニックネームを作り、こちらに順応しようとしているのに。


「ブタ!よろしくおねげーしま!」


開き直り万歳。一対多数だが、そんなことは知らない。押し通すのだ。


「ブロード」

「ブタ」


こっちも理解できないが、そっちもできないだろ精神だ。楠木小春、私の名前すらまともに呼べないのにこっちにばかり求めないでほしい。もちろん、言葉が通じたらそんなことは言えないが。

聞き取りも微妙。書くのも微妙だから、どうした。言葉の壁なんかで立ち止まっていたら死んでしまうのだ。ワラビと残飯漁りと、馬小屋を無断拝借でしのいだ日々で思い知った。小市民ではあるが、ぴりりと辛い小市民になるのだ。


「ブロード様」


係の人がものすごく恐る恐る男の名前を呼んだ。その口を分けてほしい。


「まあ、いい。あとはこっちでやるから悪かったな。さてとハル・ヨッカー、お前の住処に連れて行ってもらおうか」


男は私の手を掴んだ。

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