第17話 はじめてのセド4
セドで無事リドゥナが申請できたのはいい。だが、なぜこの見知らぬ男は私のあとをついてくるのか。にこにこしていて、ストーカーというわけでもなさそうだ。金をよこせというわけでもない。もしかしてワラビ狙いか。ワラビは男か女かいまいち謎だが美人さんだ。
「どうした、止まって。さっさとお前の住処に案内してくれ」
「すみか、何?」
「住んでいるところだ。家。分かるか」
家に来たいのか。やはりワラビ目当てなのか。かっこいいのに人の好みはやはりどこでも色々あるものらしい。男のワラビと女のワラビどっちが好きなのかはわからないが、ワラビもパートナーができれば少しは過保護が収まるかもしれない。求む、自由だ。
露店を抜け、石畳を進む。
「おい、ちょっとまて」
いきなり後ろから首根っこをつかまれた。
「だめ、ブタ悪い人」
「おお、悪い。すまん」
喉を押さえて睨むと、男は背中をさすってくれるが、ブラをしている人間にその背中の撫で方はない。激しく抗議をしたいが、ブラは何というのだ。
「ブタ、……」
ブラもブタも一緒なんて、我ながら語彙力のなさに絶望するしかない。今晩は抗議の言葉をたくさん習おう。
「いいか、ハル。俺が行きたいのはお前の家。分かる?方向違うだろ」
男は裏路地に曲がる通路を指さした。
「あっち、危ない、通る、ない」
確かに近道だが、裏路地は危ない。初めて通った日、私より十は年下の子供たちにカツアゲされたことは忘れられない記憶である。クッチャ亭のおかみさんからお金を借りて、はじめて一人で露店で果物を買った日。うきうきとオレンジ色のキウイみたいな果物をかごに入れて通ったら、浮浪児たちに囲まれた。
小汚いのはお互い様、挨拶をしたら、次の瞬間、子供にしてはなかなかどすの効いた男のコに、壁ドンされた。レンガ塀が横でポロンと落ちた。
こんな問答無用のカツアゲは初めてだった。驚いて籠を取り落とせば、物陰から小さな子供たちがわっと出てきた。籠の中のキウイもどきを全て拾った。さすがに拾ってくれてありがとうというほど能天気ではない。私のはじめてのおつかいは、はじめてのカツアゲに変わった。家に帰ればワラビが泣くほど怒り狂って、家を飛び出していった。翌日その男のコがやってきてキウイもどきを一つ渡された。謎である。十個が一個になった。そしてまた、ワラビが何やら叫んでいた。
ともかく、この道は鬼門なのだ。
「近道、でも、ダメ。約束」
それなのに男は私の腕を取るとずんずんと裏路地へ入っていく。
「お前の家、に連れていけ」
そんなにワラビに会いたいのか。どれだけうちのワラビはもてるのか。
「なんだ?」
「ブタ、ワラビ好き?」
「ワラビ?なんのことだ?」
いつもはわらわらと出てくる子供たちが出てこない。視線は感じるが、男と一緒のせいか誰も出てこない。やはり、人を選ぶらしい。世知辛い現実だ。私は仕方なく裏路地を抜ける。クッチャ亭を通り過ぎれば我が家だ。
コンコン。ワラビが私でも鳴らしやすいようにと低めに作ってくれたドアノックを叩く。
「ハル!」
中からワラビが飛び出してきた。ドアの前に待機していたのじゃないかというほどの素早さに思わずのけぞる私をぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
「ワラビ、ただいま」
ひとしきり満足するまで離れないので、落ち着くようにワラビの背中をたたく。本当に長毛の大型犬みたいだ。飽きてきたので、くるりとカールする緑の髪をひっぱる。
「ワラビ、お客さん」
「お客?」
ワラビは立ち上がると男をものすごい目で見た。私に向ける目とは大違いだ。人に売られた経験からかワラビは人間不信なのではないかと思われる。初対面の人、特に男性だとその傾向が顕著で絶対に私を近づけようとはしない。私よりワラビの方がずっと綺麗だから身の危険があるだろうに、ご主人様を守る使命感の歪んだ発露だと思われる。
それでもいい加減、ワラビも友達を持つといいと思うのだ。私はいつか帰る予定だ。私にばかり構っていてはいけない。まあそれは恋人でもよいと思う。
「ブタ、ワラビ好き。家、来たい言う。私一緒来た」
ん?今何か冷たいものが降ってきた気がしたぞ。上を見れば、男とワラビが見つめ合っている。
「らぶらぶ?」
クッチャ亭で聞きおぼえた一言を口にしたとたん、二人の顔色が変わった。
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