第15話 はじめてのセド2
結果から言おう。英断だった。あんなのは頭のねじが外れていなければ、参加できない。汗と努力と根性の、とかいう人間の遊びだ。私は頭脳労働タイプだ。「助かるわー」の一言で体よく使われている人間は頭脳労働タイプではない、とは言わないで欲しい。
話を戻そう。
正午の鐘と同時に男たちは雪崩を打って走り出した。マラソンのスタートを想像してはいけない。いうなれば、闘牛祭だ、ドミノ倒しだ。つまり無秩序だ。鐘の音と同時に大掲示板に向かって前を走る人間をなぎ倒したり、踏みつけて跳びあがったり、落ちてきたリドゥナを奪い合ったり。ひっちゃかめっちゃか、原始的な奪い合いだ。民主主義の国の人間としてはもう少し効率的なシステムを提案したい。
五分もすると、男たちの波はひいた。
掲示板の下にはくしゃくしゃになったリドゥナが数枚落ちていた。男たちが何やら話合った結果丸めて捨てている。
いらないのだろうか。そうだろう、そういうことにしよう。きっと拾っても大丈夫だろう。もし、拾ってから何か言われても怖いので、私はそっと掲示板に近づく。
掲示板は三メートル近くあった。男たちが捨てたリドゥナを拾う。もちろん、読めない。だが、関係ない。家に持っていけばワラビが読むだろう。リドゥナはたくさん落ちていたが、周りを見ると、ひとり五枚くらい持っている人間が多い。一人当たりの制限枚数があるのだろうか。右倣え精神で、違う文字列5枚のリドゥナ以外を地面に戻すと、広場の入口で男たちが並んでいた。青い制服の係員らしき人の前にリドゥナと身分証を出している。係の人は帳面のようなものに、何やら書き付けている。申請があるとワラビも言っていた。きっとそれだ。私も男たちの最後尾に並んだ。
私はポケットから免許証くらいの紙を取り出し、握りしめる。ワラビが作ってくれた身分証だ。ガラスペンで流れるように私の名前を書くと、私の顔を見ながら私の顔を描いていた。ワラビが描いた私は、美化されすぎていて似ていない。そもそも身分証を勝手に作っていいのかと思わないでもなかったが、ここでの身分証の概念が分からないので私の疑問は疑問のままだ。どんなものでもないよりあった方がいい、そう思うことにした。
「次」
前の男にならって、身分証もどきとリドゥナを差し出す。
「おねげーしま!」
ここへ来てから一番よく使っている言葉だ。
「ハル・ヨッカー……。ハル・ヨッカーだと?」
「はい、私の名前はハル・ヨッカーです」
私がすらすらと話せる数少ないフレーズだ。
合っているはずなのに、微妙な空気になった。ものすごく胡散臭そうな視線を向けられた。目の前の係の兵士だけではなく、後片付けをしていたお兄さんたちも怪しいやつを見る目だ。
異国の人間には参加資格はないのでしょうか。それともこの偽造身分証がいけなかったのでしょうか。できたら正しいセドの参加の仕方を教えてください。
どれもまだ言えない。
「よろしく、おねげーしま!」
とりあえず、元気よく頭を下げた。
「おい、嬢ちゃん。セドは誰でも参加できるが、本名で書いてくれや。こんな偽名のお手本みたいな名前持ってくるなや」
「なに?」
「だから、名前。お前の名前」
名前?何度、楠木小春と言っても理解されないので、こちらでの名前を作った。名前で大事なことは誰にでもわかること、その条件を元に作ったのだから大丈夫なはずだ。ワラビも大丈夫です、誰でもわかりますと言っていたはずだ。確かに今の目の前の人たちみたいに何か言いたげだった気もする。
もしかして、ものすごいきらきらネームだったりするのだろうか。誰にでも覚えられるが絶対に常識ある人ならつけない、みたいな。
ワラビだったらあるかもしれない。彼女、いや彼なのか?は常識とかどうでもよさそうなタイプにみえた。
「ああくそ、こいつ言葉分かんねえのか。おーいこれの連れはいないのか」
係の人が誰かを探すようにきょろきょろした。
申し訳ないが、私は何もできない。じっと見上げ御沙汰をまつしかない。
「あーもう、お前セド初めてか?」
「はい、私初めて」
よかった分かる言葉だ。答えれば係の人は困ったようにがしがし、と頭をかいた。
くすり、と後ろから笑い声が聞こえた。振り返れば体格のいい男の人がいた。年のころは二十代後半か三十前半、がつがつとした男たちとは違い余裕があった。他の男たちの服がもみ合いでよれよれなのに、その男には乱れ一つない。というか最初から着崩しているせいかもしれないが。
「何か問題が?外国人だろうと女だろうとセドに参加してはいけないという決まりはなかったはずだが」
「ブロード・タヒュウズ様」
「よせやい、様なんて柄じゃねえよ」
「でも、ブラッデンサ商会の会頭になられたんでしょう。一匹狼のころと同じってわけにはいきませんよ」
「それより、この嬢ちゃん、どうしたんだ」
「じょーちゃん、ちがう。私の名前はハル・ヨッカーです」
「偽名でセドか? いい度胸してんな」
男はかかかと笑った。
笑っているうちは大丈夫だ。とりあえず、よくわからないが、一緒に笑ってみた。
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