第14話 はじめてのセド

今日は初めてのセドの日だ。一攫千金を狙えるらしい。無一文の私たちにとっては渡りに船、というか掴むしかないやつである。


「行ってきます」


玄関の前、大分流暢になった挨拶を交わし出発しようとしたら、ワラビに腕を掴まれた。


「本当に大丈夫ですか、やはりここは男の私が行きます」


何を言っているのだ。私はびしりと指さした。


「ワラビ、だめ。危ない」


私が行こうとしているのは、ワラビが売られていたというセドとかいう競売だ。

自分が売られたセドに自分で参加するなんて危ないことこの上ない。また、あの人買いのおじさんに捕まったらどうするのだ。私の全財産をはたかされて買ったのなら、再び売られたら、私の荷物が報われない。恨んでも恨み切れない。

昨夜、分からないなりに、セドの内容をきいたところ、リドゥナというセドの参加申し込み用紙を取ってくればいいということだった。一案件につき五枚しかないので、早い者勝ちというのがネックだが、言葉が分からなくてもなんとかなるはずだ。


「ですが、ハルは女性です。私を心配しているのでしょうけど、大丈夫です。人をセドに出す際には本人の了承がいるのです。あのときは私も少しヤケになっていましたが、もう大丈夫です。私は強いのです」


私は強い、それだけが分かった。


「私、心配ない。ワラビ、強いない。泣き虫」

「ち、違います。あれはハルがあまりに伴侶に対してひどいことをいうから」

わたわたしだしたワラビの頭をぽんぽんと撫でる。大人しくなった。何かのスイッチがあるみたいで便利だ。


「ハル、頭に触るということは、好意の表れなのですよ。分かって……いませんよね」

「ワラビ、泣く、ない。私、セドします」


ヒエラルキーの底辺な私だが、ワラビは私をご主人様だと思っているのだ。心ならずも買ってしまった以上(できたら返却したい)、責任が生じたことは理解している。私も社会人の末席に位置している自覚はある。権利には義務が付随するものと理解している。納得はしていないが。おいしいご飯を作ってくれるお嫁さんでもなく(むしろまずいご飯だ)、言葉の練習をするたびにダメダメをいう、行動を束縛する……。ん?なにもいいことはない……まあ、この国の国籍を持っているということだけで、価値はある。


「本当に、無理をしないでくださいね。怪我なんてするより無事に帰ってきてくださいね。やっぱり私も」


さっさと行きたいのにワラビはなかなか出発させてくれない。いつにもまして過保護だ。はじめてのおつかいだってもうちょっと自由にさせてもらえるのではないか。こういうときは、魔法の一言だ。


「ワーラービ、泣き虫だー」


ワラビが呆気に取られているうちに、さあ出発だ。


私は小市民である。誓ってもいい。かつて住んでいた場所でも、いくら馬鹿な政府がしこたま金を使い込んでも黙認するよき小市民であった。

不本意ながら住むことになったこの地においては、異邦人であるからもっと慎ましやかに過ごしている。たとえ、昨日酒場の親父に酒をしこたま呑まされ、ぐでんんぐでんに酔っ払い、周りに盛大に絡んだとしても、その帰り道に大声で歌ったとしてもだ。普段の私は、日々の生活に苦しみ、セドで生計をたてようと志すしがない一小市民である。


しかし、セドがこんなものだとは想像していなかった。

月に一回行われ、一攫千金を狙えるという話だった。宝くじのようなものだと思っていた。もしくは競馬とか。それが、これはなんだ。


『詐欺だ。どこが宝くじだ』


憩いの広場がどこを見ても男、男、男。しかも屈強で汗臭そうなのばかりだ。江戸時代の富くじとかのほうがまだましだと思われる。裸じゃない裸祭だ。

もしかして、だからワラビは私を止めていたのだろうか。過保護な同居人の言動がようやく理解できたところで遅かった。

私の両手にはこれから一か月の生活費捻出というミッションがかかっている。

一つの案件につき、五枚のリドゥナを早い者勝ちで取る。

昨夜、ワラビに説明されたときにはどうにも内容が理解できなかったが、理解できた。

広場前方の壁に設置された大きな掲示板に所狭しと紙が貼ってある。それを正午の鐘と同時に早い者勝ちで取るということらしい。

理解できたところで、スーパーでおばさまたちにも勝てない私ができるはずもない。二倍近い男たちの荒波にもまれ、圧死する未来しか見えない。

うん、やめよう。私向きではない。怪我をしても医者にもかかれないのだ。もしかしたら終わった時に残っているのがあるかもしれない。それを持って帰ることにしよう。そうしよう。

無理はしない主義である。残飯を漁る覚悟を決め、噴水の縁に腰かけことの成り行きを見守った。

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