第13話 ゆっくりご飯が食べたいだけです

「あら、また来たのかい?ワリュランスは一緒じゃないのかい?」

「ワラビはうち。私は一人」

「あらら、ワリュランスがよく許したね」

「ワラビうざい。私さいこー」


 一日の終わりの食事くらい一人で取りたいのです。そう言いたかったので知っている単語を組み立てたら、ものすごくダメな子を見る目で見られた。解せぬ。

 クッチャ亭は定食屋と飲み屋を足して二で割ったような店だ。店のおじさんもおばさんも優しくて、酔っ払い客が少なく、何より料理がおいしい。ワラビの壊滅的な料理の腕に死にそうだった私の救世主だ。一日一回はここでご飯を食べている。お金がないときは、皿洗いをするとご飯を食べさせてくれる優しい人たちだ。

 私には少々高い椅子によじ登る。厨房が見えるカウンターが私のお気に入りだ。お髭の店主がよお、と笑った。おじさんは渋くて、かっこいい。


「よお」


 言葉は発さないとうまくならない。語学学習は真似からだ。繰り返せば、おじさんが目を白黒させた。


「あんた、変な言葉教え込まないの。そんななりでも子供と同じ頭なんだから」

 おばさんは肝っ玉母さんという感じで、いつもにこにこしていて安心感がある。

「だからって俺が女言葉話したら気持ち悪いだろう」

「だろー」


 とりあえず語尾をくりかえし、お客たちの会話を聞きながら言葉に耳を慣らす。

 言葉ができないままでは、自立も帰ることもままならない。いくら私が社会の底辺だろうと、自由を愛する小市民だ。人権のない生活など耐えられない。

 そのために、まずはワラビから自由になるのだ。

 ワラビは過保護だ。おそらく私をご主人様と思っているのだ、たぶん。何かにつけ私の後をついて回る。しかし、清く正しい日本人。人身売買などもってのほかだ。なんどもそれは違うと説明した、日本語で。もちろん理解されるはずもなく、この国の言葉でいいえを繰り返していたら、泣き出した。もう盛大に泣いた。

 しかし、私は学習したのだ。ここは異国、イエスマンでは生き残ってはいけない。まずはノーを言える人間になるのだ。ワラビは今も過保護のままだ。本当、どうかしている。まずは言葉を覚えてがつんと言ってやりたいと思っている。


 ほかほかの湯気がたつパイ包みにフォークを刺していると、配膳が一段落したおばさんがやってきて腰に手を当てた。


「いいかい、サイタリ族の伴侶をなめちゃいけないよ。伴侶のそばから離されるなんてサイタリ族にとっちゃ身を切られるほどのことなんだからね。伴侶になったんだから、ちゃんとワリュランスの言うことをきかなくちゃ」


 言っていることは分からないが、おばさんは怒るときは腰に手を当てるのでわかりやすくて助かる。おばさんに向き合い、神妙な顔でふむふむごもっともと頷く。女性のお叱りは黙ってやり過ごすが吉だ。


「いい子だね」


 と皿に肉団子が追加され、頭を撫でられた。褒められ慣れていないので、嬉しかった。ぼっとおばさんを見上げていたら、


「私のです!」


 背後から捕獲された。ワラビだった。いつの間にやってきたのか。すごい剣幕だ。何やらおばさんを威嚇している。


「分かっているよ。わたしゃその子にあんたを蔑ろにしないように言っていただけじゃないか」

「だけど、ハルに、ハルにあんな顔で嬉しそうに見上げられて……。私なんて」


 ワラビは私を抱きしめた。平らな胸に頭がぶつかる。この人、本当に男になっているのだな、とぼんやり見上げた。目があったワラビが嬉しそうに笑った。


「ハル、やっと私のことを」


 なんでここにいるのだろう。一人でゆっくりしたかったのに。

 ひとりでも大丈夫です、は……。


「ワラビ、私一人よい、ジャマ」


 ちゃんと言えた、と思ったら、いきなりワラビが泣きだした。滂沱の涙だ。引く。周りもドン引きだ。どこに鳴く要素があった?大人として一人でご飯を食べたいというのはこの国では異常なことなのか?

 そうだ、前泣いている子供が言われていた言葉があった。それを言われたら確か泣き止んでいた。歌うような感じで軽く言っていたはずだ。頭の中から引っ張り出す。


「ワーラービ、泣き虫だー」

「ハル、ハル」


 さらに泣き出した。なぜだ!慰めたのに。店中から責めるような視線が突き刺さる。

 この世界は理不尽だ。

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