第14話

 残るは、法力科の講堂のみだ。

 今いる魔力科の講堂からだと、渡り廊下で行けるので楽だ。


 魔力科の戦いではかなり大きな音をたててしまったので、音を聞きつけたテロリストがいるかと思ったんだが、廊下は静かなものだった。

 悩んでいてもしょうがなかったので、俺、シャラール、クーレ先生、スジリエの4人で一気に走り抜ける。


 法力科の講堂は、この世界では『聖堂』と呼ばれる、いわゆる礼拝堂みたいな作りになっている。

 前の世界で俺が死んだときに、あの世で会った女神『イラーハ』の像が祀られてるんだ。


 この世界の魔法は『魔力』と『法力』のふたつに大別される。

 『魔力』は学問の一種で、頭の良さがモノをいうんだが、『法力』は女神イラーハへの信仰心によって威力が変わる。

 なので、『法力』を学ぶ講堂は教会みたいになってるんだ。


 講堂の入り口にたどり着いた俺たちは、開けっ放しになっている扉から、こっそりと中の様子を伺っていた。


 一番奥にある壁にしつらえられているイラーハ像。

 手前はステージのようになっている祭壇で、さらにその下では生徒たちが跪いている。


 たしか、授業でも同じような体勢で祈りを捧げているのをよく見るんだが、今日はだいぶ様相が違っていた。


 神聖なる祭壇はメチャクチャに荒らされており、かわりに別の偶像が立てられていた。

 イラーハでなく、ある女の肖像画が掛けられている。


 その女の顔に、俺は見覚えがあった……!


 祭壇のテロリストたちは喧伝する。



「お前らが崇めるのは、イラーハではなく……アケミ様だ!」



「さぁ、捨てよ! イラーハを! 心より信仰せよ! 我らが大天使、アケミ様に!」



 しかし、生徒たちは従おうとしない。前の列にいた生徒たちが立ち上がった。



「いいえ! 私たちが信じるのは、女神イラーハ様、ただひとり! 力で信仰を踏みにじることは……ぎゃあっ!?」



 生徒たちの抗議の言葉は、ランタスルの銃床によって強制的に中断させられる。

 倒れたところを踏みつけられ、焼印のようなものを突きつけられていた。



「これがなんだかわかるか? アケミ様の焼印だ! これを押されたら、どんなに拒否してもアケミ様の信徒となる!」



「アケミ様を崇めなければ、焼印が疼きだし、灼熱の痛みにさらされる身体になっちまうんだ!」



「痛みは強烈だから、どんなに我慢強いヤツでも三日もすりゃ、『アケミ様~』って尻尾を振るようになるぜぇ!」



「じゃあ、さっそく入信といくかぁ! ギャーッハッハッハッハッハッハッハッ!」



 踏みつけられている生徒は、今まさに焼印を押されようとしていた。



「ううっ……! お……お助けください……! イラーハ様……! 信仰を踏みにじる者たちに、イラーハ様の裁きを……!」



 しかし、奇跡は起きない。かき消すようにテロリストどもの笑い声が響きわたるだけだ。



「ギャーッハッハッハッハッハッ! なぁ~んにも起こらねぇなぁ!」



「いくら祈ったところでムダでちゅよぉ~! それとも何かい? 今まさにイラーハちゃんがこっちに向かってる途中なんでちゅかぁ~!? ギャーハハハハハハハハハハ!」



 ……ドンッ!



 次の瞬間、ふたりのテロリストの首が、シャンパンの栓のように吹っ飛んでいた。



「……すまねぇな。今の俺は……手加減とか、キレイに殺すとか……そういう器用なことはできそうにねぇ」



 悲鳴と血しぶきが舞うど真ん中に、俺は立っていた。


 ……シャラールは俺のことを「鼻持ちならないくらい落ち着いている」と言った。

 でも、今の俺は、我を忘れかけていた。


 いつもなら立てるはずの作戦も忘れ、敵のど真ん中に突っ込んでいて、敵をブチ殺していた。


 絶対に忘れやしねぇ、アイツの姿が脳裏にチラついたからだ……!

 テロリストが喧伝した名前、肖像画に描かれた顔が、アイツだったからだ……!


 人生をナメきったギャル……雅桜がおうカンパニーの専務取締役……!

 雅桜がおう暁美アケミ……!


 俺を……トラックで轢いた張本人……!



「な、なんだコイツっ!?」「仲間をやりやがって!」「かまわねぇ、やっちまえっ!」



 怒声が押し寄せてくる。

 講堂にアケミの像を建て込むためだったんだろう、敵の数はかつてないほどの大勢だった。


 そんな大事なことに、今更ながらに気づいてしまうほどに……俺は頭に血が昇っていた。


 誤射を恐れているのか、テロリストたちは剣や棍棒などの近接武器を構え、槍ぶすまのようにして俺に向かってくる。


 走って迎え撃つ俺は、スライディングで滑り込んで『フロッグ・ベリー』のツボを突く。最大の威力で。


「ごええええええええっ!?」「ぐああああああああああっ!?」「ぶぎゃああああああああっ!?」



 限界まで石を詰め込まれたみたいに腹が膨らみ、爆発。

 臓物を撒き散らしながら吹っ飛び、仲間を巻き込んで将棋倒しにしていく。



「死ねやぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!」



 デブが振り下ろしてきた斧を左手で受け止め、カウンター気味に『ダンシング』のツボを突く。



「なっ!? なんだぁ!? 身体が勝手に……!?」



 デブはハンマー投げでもするかのように、勢いよく斧を振り回し始める。



「わあっ!?」「や……やめ……!」「ぎゃあっ!?」



 まわりの雑魚を巻き込んで、コマのように高速回転。



「とまっ……! とまとまとまとまとま……! とまらねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!?!?」



 デカい得物エモノを持っているヤツを見繕って、死のダンスを踊らせる。



「おい……! なにやってる!? 相手はひとりで、素手なんだぞ!? さっさとやっちまえ!」



「こ……コイツ、素手なのに、武器を片手で受け止めやがるっ!? 格闘家か!?」



「こんな流派、知らねぇよ! 魔法だ……! 魔法で援護してくれっ!」



「今やってるぜっ……! これでもくらええええっ!!」



 遠方で魔法を唱えていたヤツらから、一斉に魔法の矢マジック・ミサイルが放たれる。

 ひとりに対しては随分多い、おびただしい量の矢が飛来する。


 俺は右手でまとめて払いのける。



「だ……ダメだっ! 魔法も全部、片手で消されちまう……! うぎゃあああっ!?」



 俺はすでに、返り血によって全身がどす赤く染まっていた。

 それでもなお尽きぬ敵たち。でも最小限の動きで疲労を押さえているから、まだまだいける。


 エンジンが温まった俺は、さらに激しく祭壇の上で暴れまわった。

 テロリストたちの血が吹き出し、骨が砕ける音に混ざって、どよめきが聞こえる。



「す……すごい……! あの人、ひとりで戦ってる……!」



「何百人もいるのに、ぜんぜん負けてないよ……?」



「なんで!? なんであんなに強いの!?」



「もしかして本当に、イラーハ様が遣わされた戦士……?」



「そうに違いないよ! あんなに強い人、見たことない! きっと、イラーハ様の力を得た神の戦士なんだよ!」



「あの、シャラールさんによると、あの方はタクミさんといって、異世界人だそうです……!」



「まぁ、Fランクなんだけどね」



「えっ!? あんなに強いのに、Fランクなの!?」



「Fランクですけど、わたくしの飼い主です」



「えっ!? Fランクなのに、スジリエちゃんのご主人さまなの!?」



「それだけじゃないよ、わたしの身体を天国に連れてってくれんだから! あぁ、タクミくんにまっさあじしてもらえるなら、なんでもしてあげたくなっちゃう……!」



「て……天国に……!? あの人、天国に連れてってくれるの……!?」



「やはりそうでしたか……! 異世界人はイラーハ様の力を得た、神の化身といわれています。……みなさん、祈りましょう! 神の化身である、タクミ様に……!」



「でもでも、法力を使うための触媒は奪われちゃったよ?」



「たとえ触媒がなくとも、祈りはきっとタクミ様に届くはず……! さぁ、みなさん、一緒に……!」



 俺はふと、どよめきが歌声に変わるのを聞いた。

 血が滴り、肉が裂け、骨が砕けるこの場には、どよめきと悲鳴しか起こらないはずなのに……。


 死が降りしきるこの場には似つかわしくない、清らかな歌だったので……俺はついに、殺しすぎて頭がおかしくなったのかと思った。



 いかなる苦難があろうとも 私は祈りを捧げます

 私は歌を捧げます タクミ様のため タクミ様のため


 私のような者を救ってくださる タクミ様

 どうか御許に いさせてください


 タクミ様のお導きこそが 私のすべて

 信じることを お許しください



 俺は清流のような歌声に身ゆだね、殺戮を続ける。


 棍棒と違って、力はいらない。

 剣と違って、刃こぼれすることもない。


 魔力と違って、唱えることもいらない。

 法力と違って、祈りを捧げる必要もない。


 俺はただ、身体に触れさえすればいい。

 それだけで、すべては決する。


 指先で虫を潰すほどの力も必要としない。

 電気のスイッチをオフにするくらいの軽さがあればいい。


 俺は次々に、テロリストの命をオフにしていく。

 横一列に並んでいるヤツらの前の走り抜け、ピアノの鍵盤に指を滑らせるグリッサンド奏法のように、一気に突く。


 後を追うように爆散していくテロリストども。

 それで残りはあと僅かとなった。



「ひいいいいいーーーっ!?!?」



「な……何十人も一気にやりやがった!? こんなヤベぇ魔法、見たことねぇぞっ!?」



「魔法じゃねぇよ! こんなデタラメな魔法、あってたまるかっ!!」



「魔法じゃなかったら、いったいなんなんだよっ!?」



「し、知らねぇよっ……! こ、コイツ、化けもんだっ!?」



「こ、こんなのに、勝てるわけがねぇっ!!」



「に、逃げろ逃げろ、逃げろぉぉぉーーーっ!!」



 俺は、祭壇に建てられたアケミ像の足元に立ち、軽く突いた。

 50メートルほどある邪神像は、突いたところから亀裂が入り……切られた巨樹のようにゆらりと倒れる。


 ずずん、と地を揺らして転がり、這い逃げようとした残党どもをアリのように踏み潰した。



「……これで全部か」



 俺は、ふぅ、とひと息ついて、顔の血を拭う。

 そこでようやく冷静になれて、人質がいたことを思い出す。


 人質の生徒たちのほうを見ると……跪いたポーズのまま、なぜか崇めるように俺を見上げていた。



「タクミ様……あなた様こそが、私たちのしゅ……! 私たちが跪くことを、どうかお許しください……!」



 先頭にいた法力科の先生からそう言われて、俺は「へっ?」と、我ながら間抜けな声を出していた。

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