第13話

「さて……お前の手下は全部、消し炭になっちまったぞ。それに、お前の魔法は俺には効かねぇ。もう、観念するんだな」



 俺は、ワナワナとなっているボスに、トドメの台詞を言い放つ。

 もはや相手はひとりなので、余裕たっぷりだったが……実は問題点がふたつほどあった。


 脚が焼けているので、俺はもう一歩も動けない。

 『アドレナリン・オーバードーズ』が切れて、痛みに悶絶するのも時間の問題だ。


 シャラールの助けを借りて、勝負を決めてやりたいところなんだが、コイツは魔法の防護壁を張っているようで、物理攻撃が効かねえ。

 俺が近づければ、右の手袋で打ち消してやれるんだが……。


 一番いいのは、ボスがこのままビビって降参してくれることだ。

 でも、その願いも虚しく、ボスはまたバッと両手を挙げた。



「ならば、ならば、ならばっ……! 我が最大最強の魔法を……! くらわしてやりますぞぉ……!!」



 詠唱がおこる。ヤツの両手に現れたのは、電流じゃなかった。

 野球のボールのような火の玉が、手の中で回っている。


 回転にあわせて火の玉は、膨張するようにグングンと大きくなっていく。

 野球ボールからサッカーボール、サッカーボールからバランスボールと、どんどん体積を増していく。


 火球を中心に、風が巻き起こる。バックドラフトのような熱風だ。

 風の強さに、ボスが被っていたフードが脱げた。顔が焼けただれたオッサンだった。


 そうこうしているうちに、火球はとんでもなくデカくなる。

 まるで天井にかかる、巨大な太陽みてぇになっちまった……!



「これが……我が最大最強の攻撃魔法……! 『ゾンネ・フラム』……! 我が大いなる力に、ひれ伏せっ……!!!」



 魔力科の生徒たちは、本当にひれ伏しそうな勢いで口々に叫びだす。



「す……すげえ……!? あんなデカイ『火の玉ファイヤー・ボール』、初めて見た……!」



「先生が作るやつよりも、ずっとデカイぞ……!!」



「ケタが違いすぎる……! 魔法陣の炎が平気だったアイツでも、あんなの食らったら、絶対生きてねぇだろ!!」



 生徒たちの畏怖を吸い込むように、さらに大きさを増していく炎。

 見上げた拍子に、奥の座席が目に入る。身を乗り出し、必死の形相で矢を放つシャラールがいた。


 ボスを狙うのはあきらめ、火球のほうを狙っているのだが、撃ち込まれた矢はジュッ、ジュッと音をたてて蒸発している。

 まるで電撃殺虫器に吸い寄せられる、蛾のような儚さだった。


 そしてついに、運命の時が訪れる。

 俺が、ごくりと唾を見込んだ瞬間、



「さあっ……!! 消し飛べえええええええええええっ!!!」



 審判を下すような、両手が振り下ろされた。



 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォッ……!!



 あたりの空気がビリビリと振動する。

 巨大な岩が転がってくるような、すべてを飲み込むプレッシャーが迫ってくる。


 並のヤツなら……いや、相当な手練でも、何もできずに飲み込まれちまうだろう。

 しかし……俺ならばあらがえる。


 なぜなら、すべてのものは大きさに関係なく、経脈が存在するからだ……!

 たとえ恐竜でも、アリンコでも……そう、たとえ太陽であっても……!


 俺なら……! 万物を活かし、殺すことができる、指圧師の俺なら……!


 溶岩の津波に飲み込まれるような灼熱が、俺を包む。

 肌がヒリつくのを感じながら、バレーボールのアタックのように大玉をスパアンと打った。



 ……ゴ……ッ……!!!



 インパクトの瞬間、プロミネンスが吹き出した。

 磁石のように、俺から反発する巨大なファイヤーボール。


 行き場を失った大魔法は、呪詛返しのように持ち主の元へと戻っていく。



「は………ああっ……!? はねはねはね……跳ね返した……だとぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉっ!?!?!?」



 声と一緒に、身体ごと飲み込まれていくボス。



 ……ド……ッ……!!!



 斜めになっている座席に、燃え盛る巨大な鉄球がめりこんだ。

 直後、大爆発がおこる。



 ガァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアーーーーーーーンッ!!!!!



 押し寄せる爆風。



「キャアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 背後でけたたましい悲鳴が、二次爆発のようにおこる。

 男も女もごちゃ混ぜになった、甲高い絶叫だった。


 戦場の中にいるような、血なまぐさい熱風を感じる。硝煙のようなツンとした匂いが鼻をつく。

 目の前の座席は、タンプトラックが突っ込んだ跡みたいにメチャクチャになっていた。


 すでにボスの姿はなかった。

 まぁ、あの火の玉をマトモに受けたんじゃ、骨すらも残ってねぇだろう。


 魔力科の生徒たちは、みな防空壕の中にいるかのようにしゃがみこんでいた。

 立っているのは俺だけだ。


 別に、動じなかったわけじゃねぇ。

 もう下半身の感覚がなくて、棒立ちのカカシみてぇになっていたからだ。



「な……なんだよ……この人……!」



「大魔法をふたつも、片手で跳ね返すなんて……!」



「絶対、Fランクの生徒じゃねぇよ……!」



「王国直属の、特殊部隊の人か何かだって! 正体を隠して潜伏してたんだよ! でなきゃ、おかしいよ……!」



 たちのぼってくる、ひそやかな声。

 ミューティを筆頭とする海棲族マリネリアの女の子たちは、玄関で三つ指ついて迎える貞淑な妻のように、うっとりと俺を見上げていた。


 それで俺は思い出した。

 そういえば、ファーストキスだったんだよな……。



 ……それから俺は、号泣しながら駆け寄ってきたスジリエとクーレ先生に抱きつかれ、押し倒された。


 「うわあぁぁぁぁん! ご無事で、ご無事でよかったです!」とスジリエから頬ずりされる。

 スジリエの顔は涙と鼻水でぐっちょぐちょだったので、俺の顔はベトベトになってしまった。


 「うえぇぇぇぇん! いたいのいたいのとんでってぇぇぇ~! 屋根の上までとんでってぇ~!」と俺の身体をさすりまくるクーレ先生。

 かなり錯乱していたが、そんな状態でも先生の回復魔法はよく効いてくれた。


 木炭みたいになっていた俺の脚は、ちょっとススまみれだったが元通りになる。

 身体はもうなんともなかったんだが、衣服はもう上も下も焼けてボロボロで、爆発コントをやった人みたいになっていた。


 そんな格好で床に体育座りしていると、講堂に避難している人みたいだなぁ……なんて思いながらひと息ついていた。

 すると、女の子たちが着替えの制服を持ってきてくれた。


 俺が助けた海棲族マリネリアの女の子たちだ。

 どの子もキレイに日焼けしていて、ビーチとかが似合いそうな健康的な可愛さがある。


 魔法使いというと暗くてジメジメしたイメージがあったんだが、この子たちは正反対だ。

 リーダーらしいミューティという子は、水色の髪を貝殻の髪留めでポニーテールにしていて、活発そうな女の子だ。


 女の子たちは俺を立たせると、てきぱきと着替えさせてくれた。

 恥ずかしかったので自分でやりたがったんだが、相手は四人がかりだったので、あれよあれよという間に脱がされてしまう。


 仕上げにミューティが俺の前に回り、ネクタイを着けてくれた。

 普段、俺は制服にネクタイをしないんだが……せっかくの好意なので受け入れる。


 ミューティはキュッ、とネクタイを締め上げたあと、



「はい、できたよ! 旦那様、ふつつか者ですが、これからボクたちをよろしくね!」



 ヒマワリみたいに元気あふれる笑顔を向けてきた。

 俺はその笑顔と、『旦那様』と呼ばれて二重にドキッとしてしまう。



「えっ!? 旦那様って……!?」



「あ、まだちぎりを交わしてないから厳密には違うんだけど……『口移し』したんだから、もう旦那様でいいよね!」



 まわりから、ヒョーッ!? と冷やかすような声。



「おおーっ! すっげえ! 魔力科のアイドルを、いっぺんに四人も嫁にするなんて……!」



「やっぱりアイツは、ハーレム王だったんだ!」



「なんて羨ましい……!」



「ハーレムって、今からでも入れるのかしら……」



「わぁーっ! だめ! だめ! ミューティちゃんが誰かひとりのモノになるなんて! 我ら親衛隊が断固として許すわけには……!」



「じゃあ、アイツに直接言えよ」



「そ、それはちょっと……」



 勝手に盛り上がる魔力科の生徒たちを前に、俺はどういう反応をすればいいのかわからなかった。

 冗談だったら笑ってすませるのだが、ミューティたちはどうやら本気のようだし……でもいきなり嫁なんて言われても……。


 前世では女の子との経験値はゼロだったので、どうしたらいいんだろうと思っていると、



「はーいはい、解散解散! みんなやることを指示したでしょ! いつまでもバカみたいなことで騒いでないで、さっさと始めなさい!」



 とシャラールが手をパンパン叩きながら割り込んできた。

 俺の襟首をガッ、と掴むと、



「ったく、アンタもデレデレしてんじゃないわよ! さっさと次行くわよ」



 俺をズルズルと引っ張って、魔力科の教室をあとにした。

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