第15話
俺は、風呂に浸かっていた。
正確には「沐浴場」という、身を清めるための場所だ。
血まみれになった俺を見て、法力科の人たちが入浴を勧めてくれたんだ。
本当は風呂になんて入ってる場合じゃないんだが、我を忘れてしまったこともあり、頭を冷やす意味もこめて入らせてもらうことにした。
ただっ広い銭湯みたいなところで、ひとり、思案にふける。
まさか……前の世界で俺をさんざん苦しめてきた専務が、この世界に来てただなんて……!
夢にも思わなかったとは、まさにこのことだ。
他人の空似というのは考にくい。
ギャルの親玉みたいなあの顔と、雅桜アケミという名前がどちらも一致するなんてありえねぇからな。
なぜアイツがこの世界にいるのかは、会って確かめるしかねぇ。
どのみちテロリストの大ボスを見つけ出すつもりだったが、まさか、顔見知りのヤツだったとはな……!
アイツにとって、俺の命は虫ケラ同然だった。
高笑いしながら俺にリボルバーを突きつけ、ロシアンルーレットだ、と何のためらいもなく引き金を引くんだ。それも、二連射で……!
俺がよけた三発目で、リボルバーが火を吹いたこともあった。
そしたらアイツは「よけんじゃねぇーよ!」と舌打ちしやがったんだ……!
俺はいまだにアイツの顔を思い浮かべるだけで、脈が乱れ、取り乱してしまう。
まさしにトラウマ……! 今も湯船に浸かってるっていうのに、震えが止まらねぇ……!
しっかりしろよ、俺……!
理不尽な暴力には絶対に屈しないって、この世界に来たときに決めたじゃねぇか……!
掬い上げた湯を、バシャッ、と顔にぶっかけていると、沐浴場の扉がカラカラと開いた。
そして、肌色の集団がどやどやと入ってくる。
法力科の女の子たちだ……それも、一糸まとわぬ姿……!?
バスタオルすらも巻いていない、本当に、生まれたままの姿……!!
「わあっ!? お、俺が入ってるよっ!?」
俺は慌てて後ろを向いて叫ぶ。
湯船の後ろにある壁画は富士山ではなく、女神イラーハが描かれていた。
しかし、女の子たちは悲鳴ひとつあげない。
俺がいるのを知っているかのように、ひたひたと近づいてくる。
「はい、存じております。タクミ様」
背後から、しっとりした大人の女性の声がした。聞き覚えのある声だ。
俺は、壁画のほうを向いたまま尋ねる。
「え……えーっと、法力科の先生ですか?」
「はい。アリマとお呼びください」
「あの……アリマ先生、俺、出たほうがいいっすか?」
「はい。私たちにタクミ様のご神体をお清めすることを、お許しいただけるのであれば、洗い場のほうにお出になっていただけると……あ、お運びしましょうか?」
なんだか話がすれ違ってるような気がする。
「お……お清め、って?」
「私たちがタクミ様のご神体を、手をつかって綺麗にすることです」
「い……いやいやいや! 何を言ってるんですか先生!?」
「あの……タクミ様。私たちは、まだまだ信心が足りないことは承知しております。ですが、ご神体に触れることお許しいただけませんでしょうか?」
やっぱり、話がすれ違ってる……!
「アリマ先生、何か勘違いしてるんじゃ……俺は別に、神様でもなんでもありません! ただの高校生ですよ!?」
「シャラールさんから伺いました。タクミ様は異世界からご降臨されたのですよね?」
「そ、そうですけど……」
「女神イラーハ様に、拝謁されたんですよね?」
「そ、そうですけど……」
「女神イラーハ様は、異世界人に力を与え、自らの化身とされるのです。タクミ様のお力は、人智ならざるもの……まさに、ご神力……! 間違いなく、女神イラーハ様の化身です……!」
「ええっ!?」
「タクミ様……どうかどうか、ご神体をお清めさせてください……! そうすれば、ここにいる子羊たちの魂も救われます。タクミ様のご神体に触れたという事実で、さらに精進できると思うのです……!」
ざざっ、と動く音がする。女の子たちが、一斉にタイルの床に跪いた音だ。
『タクミ様……どうか、どうか、お情けを……!』と、合唱されてしまった。
なんだかいくら言ってもわかってくれそうもなかったので、俺はお清めとやらを了承することにした。
ただ、ふたつの条件を出した。
女の子は服を着ること、最低でもバスタオルを巻くこと。
触るのは上半身のみで、下半身には触らないこと。
「私たちの身体は、女神イラーハ様より頂いたもの……! タクミ様に、立派に育っているところを見ていただきたいのです……! ありのままを、あますところなく……それを、バスタオルを巻けだなんて、あんまりです……!」
「おみ足や、お股ぐらをお清めできないだなんて、そんな……! 私たちはタクミ様の精魂の源に触れ、生命の神秘に近づきたいのです……!」
などと、アリマ先生から涙声で懇願されてしまったが、それだけは譲れなかった。
だって……女子トイレでシャラールに抱きつかれたとき、思ったんだ。
女の子に抱きつかれるのって、何十年ぶりかなぁ……って。
そんな俺が、全裸の女の子から素手で身体を触られるなんて……それも下半身を触られるなんて……。
そんなことをされたら、どうなっちまうかなんて……考えるまでもねぇよな。
何度目かのやりとりで、アリマ先生は渋々納得してくれた。
女の子たちはいったんバスタオルを取りに脱衣所へと戻っていく。
そのスキに俺は湯船からあがり、洗い場のど真ん中でバスチェアに腰掛けた。
腰にはしっかりとタオルを巻いて。
しばらくして、女の子たちがまた沐浴場に入ってきた。
バスタオルと言ったのに、みんな手ぬぐいみたいなのを貼り付けているだけだ。
「ちょ……それは……!」
「はい、みなさん! 人数が多いので、四列に並んでください! タクミ様の身体を、四人ひと組でお清めさせていただきます!」
俺は抗議しようとしたが、アリマ先生の言葉によってかき消されてしまった。
先生は俺に背中を向けているので、お尻が丸見えだ。
俺はこみあげてくるものを感じて、咄嗟にうつむいてしまった。
すると、俺の前に四人の女の子がやってきて、床に正座をした。
「し……失礼します、タクミさま……! ソフィーと申します……!」
「はじめまして、タクミ様。リンダです。ご神体をお清めできるなんて、夢みたいです……!」
「たっ、たたた、タクミしゃま! れれれれ、レイラですぅ! いいっ、いっしょうけんめい、が、がばります!」
「えーっと、タクミくん、楽しそうだから並んじゃった」
口々に自己紹介する女の子たち。ちなみに最後のはクーレ先生だ。
クーレ先生以外は全員緊張している。三番目の女の子なんて、彫像みたいにカチコチになっている。
女の子たちは俺の言葉を待っているようだったので、
「え、えーっと、よ、よろしくね?」
なんとかそれだけ言った。
女の子たちは「タクミ様、ご神体、お清めさせていただきます!」と深々と頭を下げたあと、俺を取り囲む。
どの子も薄いタオル一枚なので、肌に張り付いて胸の形とかハッキリわかるし、濡れてスケスケだし、生地が足りなくていろんなところがはみ出している。
身体の大きいクーレ先生なんかは、普通のタオルもタオルハンカチみたいだ。
大事なところを全く隠せていなかったので、必死に目をそらしてるのだが、先生はわざとなのか何なのか、やたらと俺の目の前に回り込んでくる。
「タクミくん、かゆいところはありませんか~? ……ねぇ、どうしてこっちを見てくれないの~?」
なんて無邪気に言いながら、後ろから覗き込んでくるものだから、胸がむにょんと背中に当たってヤバかった。
それに加えて、女の子の手が俺の身体を這い回るので、くすぐったくてしょうがねぇ。
そんなのが絶え間なく続くんだから、俺は湯船からあがっているのに、のぼせそうなほどカッカしちまった。
特にスジリエを含めた
ぺたんこの胸を四方向からこすりつけられたときは、死ぬかと思った。
俺はずっと行儀よく、内股をピッタリとくっつけあわせ、お清めを受け続ける。
股を開いたら最後、制御できなくなった獣がモグラのように飛び出すと危惧したからだ。
最後にやって来た女の子はひとりで、正座はしなかった。
かわりに仁王立ちで、俺を見下ろしている。
顔をあげると、バスタオルを巻いたシャラールだった。
「どきなさいよ」
と、バスチェアの上にいる俺を、力任せに突き飛ばす。
俺は椅子から落ち、床に尻もちをついてしまう。
シャラールは空いたばかりの椅子に、背中を向けてどっかりと腰かけた。
「アンタが無鉄砲に突っ込んでってる間、誰が人質を助けたと思ってんの? わかったら背中くらい流しなさいよ」
俺のほうを一瞥すらしないシャラール。
俺は溜息ひとつついて、身体を洗うスポンジを拾い上げた。
お嬢様の背中を、スポンジで撫でる。
「ヘッタクソねぇ……! もっと強くしなさいよ! って痛い! もっと弱くしなさいってば!」
俺は、ぽかんとした法力科の女の子たちに見守られながら、シャラールの背中を流す。
なぜかはわからないが、俺はホッとしていた。
実を言うとこのあと、女の子たちと入れ替わりで入ってきた法力科の男子生徒たちからお清めを受けることになるのだが、思い出すのも嫌だったので、ここでは割愛しておく。
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