第9話

「兄貴が便所でカレーパン食ってるときに、扉をガンガン蹴ってすいませんでした!」


「上から水をぶっかけてすいませんでした!」


「隣でくっせぇウンコしてすいませんでした!」


「出れねぇようにチェーンでグルグル巻きにしてすいませんでした!」


「そのうえまわりに火ぃ放ったりして、すいませんでした!」



 口々に謝ってくるワルども。

 アレはお前らだったのか……とちょっとイラっとしたが、文句を言うのは全部終わってからにしよう、と気を取り直した。



「わかったわかった。それよりもクラスメイトたちと協力して、寝ているテロリストの服を奪ってくれるか。それを着れば、講堂の外に出ても怪しまれることはないはずだ。そしたら……」



 俺は、ワルどもに指示を出す。


 テロリストになりすまして本物のテロリストたちに近づき、倒すこと。

 それを戦士科の棟内すみずみまで行い、講堂を制圧すること。

 途中、家庭科室にいる女の子たちの保護をすること。


 以上の作戦遂行を頼んだ。


 すでにコイツらも武器を取り戻しているから、テロリストの残党くらいだったら対抗できるだろう。

 保健室や家庭科室みたいに、まだ取り残されている先生や生徒がいるかもしれないから、それを探してもらうとしよう。


 あと、講堂から一時間ごとに放送室に鏡で合図を送って、定時連絡のフリをさせるのも忘れなかった。


 ワルどもは「うぃっす!」と体育会系な挨拶を返したあと、「兄貴はどうするんスか!?」と聞き返してきた。



「俺か? 俺は……盗賊科の解放に向かう」



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ……と、いうわけで、俺はクラスメイトに見送られたあと、渡り廊下を通過し、盗賊科の講堂へと足を踏み入れていた。


 お供は、ふたりのセクシーメイド。

 ふたりとも俺と別れて戦士科のクラスメイトに合流するかと思ってたんだが、もはや固定メンバーであるかのようについてきた。


 シャラールは自らのウェポンロッカーから持ち出した、アーチェリーみたいなロングボウを背負っている。

 ゴテゴテと飾り立てている派手な得物エモノだったが、これがかなりの活躍を見せてくれた。


 遠目にいる、巡回中のテロリストをワンショットで倒してくれるんだ。

 しかもリピーターやランタスルと違って、発射音が静かなのもありがたい。


 さすがAランクだけあって、かなりの腕前だな……と素直に感心していると、俺の視線に気づいたシャラールはフフンと得意気に片笑んだ。



「アタシは世界中を旅しながら、こうやって賊狩りをするのが夢なのよね」



 この世界は、俺がかつていた所ほど平和ではない。

 高原にあるリンドール学園や、ふもとの街はまだ治安がいいが、そこから一歩外に出るとモンスターや賊であふれている。


 いまこの学園を支配してるようなテロリストみたいなのが、うじゃうじゃいるんだ。

 だから、己の身は己で守らなくちゃいけない。それができないヤツは、街のなかで暮らすしかないんだ。



「ねぇタクミ、別に一切興味ないんだけど、ついでだから聞いてあげる。アンタの夢はなんなのよ? この学園を卒業したらどうするつもり?」



 シャラールはちろりと、横目で俺を一瞥しながら言った。

 本当に興味なさそうな素振りで。



「俺か? そうだなぁ、街でマッサージ屋でも開業するかなぁ……」



 実をいうと前世で指圧を勉強していたのも、マッサージ屋を開業するためだったんだよな。


 俺の将来の抱負に対してシャラールは、「つっまんない夢ねぇ」と一蹴する。

 クーレ先生は、「タクミくんがお店を出したら、わたし毎日行くね」と嬉しいことを言ってくれた。



 そうこうしているうちに、俺たちは盗賊科の講堂に来ていた。


 ちなみに『盗賊』科といっても、テロリストみたいなヤツらを育成している科ではない。

 強盗や空き巣ではなく、地下迷宮ダンジョンなどにある鍵のかかった扉や宝箱を開け、罠を外すのを生業にしているほうの『盗賊』だ。


 それにこの学園では便宜上、レンジャーやペットテイマーなどもひっくるめて盗賊科の所属となる。

 ようは戦士科のように戦闘メインではなく、魔法を使う職業ジョブではないのが全部当てはまるといっていい。


 講堂は、完全室内の戦士科と違って半屋外になっている。

 ペットテイマーの生徒が大勢おり、使役している動物を入れておく檻が併設されているためだ。


 室内側にある講堂入り口を通り過ぎ、屋外側に回り込んだ俺とシャラールとクーレ先生は、茂みの中に隠れて様子を伺っていた。


 屋根つきドッグランのような芝生の上で、並んで跪かされている盗賊科の生徒たち。

 その前には、芝生に大の字で縛り付けられている地底族ロウキャスの少女。

 首に縄を巻かれていて、縄の先は少し離れた場所の白馬に繋がっていた。


 白馬の胴体には、射的の的のようなものが付けられている。

 テロリストたちはその的めがけてナイフを投げて遊んでいた。


 ナイフが胴体に刺さるたび、白馬は激しくいななく。もう胴体は血まみれだ。



「チッ! ド真ん中に当たってるってのに、ぜんぜん走り出さねぇよ、アイツ!」



「へへ、いくら命中しても、走りださなきゃ勝ちにならねぇからな! 次は俺の番だぜ!」



「いやいや、走り出しただけじゃ勝ちじゃねぇぜ! お姫様の首を、愛馬に引きちぎらせたヤツの勝ちだ! ……おっ、次はボスの番ですぜ、どうぞ!」



 女の子の愛馬で、馬引きの刑をやろうとしているのか。

 信じられねぇ外道どもだ……!!



「ぐ……ゲホッ! も、もう……やめなさい! 私を殺すなら、ひと思いに……! 私のパルドゥを使うだなんて、卑劣です!」



 女の子は命乞いなどせず、毅然とした態度を崩さない。

 テロリストからお姫様と呼ばれているから、きっと身分のある女の子なんだろう。

 よく見ると制服姿なのに、ベール付きのティアラを頭に乗せている。



「許せないわ、アイツら!」「な……なんて、ひどいことを……!」



 シャラールもクーレ先生も、今にも飛び出していきそうだったので、俺は手で制した。



「待て、ふたりとも。この状況で闇雲に特攻するのはマズい」



 俺は落ち着くように言ったが、シャラールは俺の手をバシンと払いのける。



「なによアンタ!? あんなひどい目にあわされてるのをほっとけっての!?」「ひどいです、タクミくん!」



 ふたりとも、責めるような目で俺を見た。



「そうじゃない。敵の数が多すぎて、いちどに倒すのは無理だ。ひとりでも残せば、人質を利用されちまう。そうなったら、俺たちは降伏するしかなくなる」



「じゃあ、どうしろっていうのよ!?」



「アレに協力してもらう」



 俺の指さす方向……それは講堂内に併設された、『使役檻』というテイミングしたペットを入れておくための檻だ。

 中には馬やゾウ、狼や虎、大鷲などがひしめきあっており、さながら動物園のようだった。


 どのペットも主人たちのピンチに荒ぶっており、檻を破壊せんばかりにガシャンガシャンと暴れている。

 きっとテロリストに命令されて、閉じ込められたんだろう。

 彼らを解放すれば、間違いなくテロリストに襲いかかってくれるはず。


 それに相手が動物であれば、テロリストも人質を利用しようとは考えないだろう。

 動物に、人質の概念はないからな。


 シャラールは眉間にシワを寄せながら檻を眺めていたが、どうやら俺の意図に気づいてくれたようだ。



「あの檻を開けるってわけね。でもアンタ、ピッキングできんの?」



「いや、できない。だから、見張りのヤツが持っている鍵を拝借する」



 檻の前には見張りのテロリストが立っており、腰に牢屋の鍵らしいものをぶら下げていた。



「アンタ、ピックポケット(スリ)なんてできんの?」



「いや、それもできない。だから、コイツを使う」



 俺は固めた拳を額に当て、念ずる。

 すると呼応するように、ふたつの青白い手が現れた。



「あら、エレメンタルハンドじゃない。アンタ、魔法が使えたのね」



「これは俺自身の力じゃない。手袋に込められた魔力を借りてるだけだ」



 『エレメンタルハンド』……ヒジから先が実体化したような、幽体の手だ。

 呼び出した術者の意思で、自由に動かすことができる。


 用途としては、格子の向こうにあるスイッチを押させたり、軽い物を持ってこさせたりすることができるんだ。



「ようやくわかったわ、コイツで鍵を奪って、檻を開けるのね」



「そういうことだ」



 いつの間にか、クーレ先生がエレメンタルハンドとニギニギ握手を交わしていた。

 手を離してもらって、俺はエレメンタルハンドを遣わせる。



「シャラール、お前はいつでも矢を撃てるようにしといてくれ。女の子の首に繋がっている縄を狙うんだ。もし馬が走り出しそうだったら撃って、縄を切ってくれ。できるか?」



 すると、シャラールは強気に鼻を鳴らした。



「フン、アタシを誰だと思ってんのよ!」



 茂みの中で器用に矢をつがえ、ギギッと弓を引き絞るシャラール。


 俺はプカプカと浮かぶエレメンタルハンドを、ドローンのように操作する。テロリストたちの死角をぬって、前進させていく。

 テロリストたちは皆、残酷な遊びの行く末が気になるようで、見張りも含めて全員がパルドゥのほうに注目していた。


 少しして檻の側までくると、見張りの背後から近づいていって、そーっと鍵を外す。

 将棋くずしをやっているつもりで、音を立てないように注意しながら。


 青白い手が腰のあたりでコソコソやっている様は、なかなかにホラーだ。

 気づかれたら失神させちまうかもしれねぇな。



「ま……まだなのっ!? そろそろヤバいわよっ!?」「い、急いでぇ、タクミくんっ!」



 少女を見守っている、シャラールとクーレ先生が急かしてくる。

 俺は檻のほうに意識を集中してるんだが、馬のいななきがヤバいほどに激しくなっているのはわかった。



「よ……よしっ、鍵は取れた。あと、少しだ……!」



 初めてのお使いのように、鍵をしっかりと握りしめるエレメンタルハンド。

 まっしぐらに、檻のほうへと向かわせる。


 突然、不快な笑い声が講堂じゅうに響き渡った。



「ホーッホッホッホ! ナイフはこのくらいでいいでしょう! 次からは、これを投げつけるのです!」



「ボス、この白い粉はなんですか?」



「ホーッホッホッホ! 塩です! あそこまで傷だらけになっているのなら、ほんの少し掛けられただけでも激痛となるでしょう! この遊びで塩を使うのは久しぶりですが、耐えられた馬はいませんでした! どの馬も全力で走り出すか、痛みでショック死するかのどちらかです!」



「そりゃすげえや! お姫様の愛馬、パルドゥちゃんがどっちになるか、見ものですなぁ!」



「俺は走り出して、首チョンパするほうにビール一本だ!」



「じゃあ俺は、馬が死ぬほうに賭けるぞ!」



 いくらナイフを刺しても走り出さないパルドゥに、テロリストは痺れを切らしたようだ。

 奴らのゲームは賭けに移行した。



「ボス、ボスはどっちに賭けやすか!?」



 戦士科のボスとは違い、盗賊科のテロリストを束ねるボスは細身だった。

 平地族グランドラ……ようは俺と同じ種族だ。


 男のクセに濃いメイクをしていて、甲高い笑い声をあたりかまわず響かせている。

 見た目、思考、立ちふるまい……すべてが背筋が寒くほど悪趣味なヤツだ。



「ホーッホッホッホ! 私は両方! 激痛のあまり走り出したあと、耐えきれずにのたうちまわるでしょう……!」



「それじゃあ、お姫様も馬も、どっちも死ぬってことか! こりゃ傑作だ!」



「おい、せっかくだから一石二鳥を狙ってやれよ! どっちも仲良くあの世の送ってやろうぜ!」



「まだまだ人質とペットはいるんだ! さっさと終わらせて、次の勝負とこうぜ!」



 胸糞の悪くなるヤジが飛び交う。俺は歯を食いしばりながら、檻にとりかかる。

 ……が、鍵穴が小さくて、この遠距離だとうまく鍵が入らねぇ。



「タクミ! 塩を持ってるやつが、振りかぶったわ……! もぉ、限界よぉっ!! ああっ……投げるっ!! 早く……! 早く早く早く早く……早くうっ………!!」



 押しつぶされそうな声で叫ぶシャラール。



「……よ、よし、入ったぞ……!」



 と、俺が応じた瞬間、



「ま……回せええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」



 とシャラールの慟哭が突き抜ける。


 俺はエレメンタルハンドの手首を捻って、ガシャリ! と解錠。


 そして、瞬きを一回だけする。

 ほんの一回、ほんの一回だったのに……世界が大きく動いていた。


 シャラールが放った矢が、塩を投げつけようとしたテロリストを貫いていた。

 我慢できなくなって助けに行こうとしたクーレ先生が、一歩目ですっ転んでいた。

 檻を蹴破るようにして飛び出した猛獣たちが、津波のようにテロリストを飲み込んでいた。


 時が動きだした瞬間、俺は茂みを蹴散らし、戦場へと躍りこんでいく。

 途中、背後から放たれた矢が、風切音とともに俺を追い抜いていき、お姫様の縄を切り裂いていた。


 俺は走る速度をゆるめず、横たわっていたお姫様を掬い、救い出す。

 地底族ロウキャスである彼女は例にもれず、羽根のように軽かった。



「あ……あなたは……!?」



 俺の腕の中のお姫様は、両手で口を押さえて上品に驚いていた。

 俺は名乗ろうとしたのだが、なぜか彼女は「あっ」と声をあげると、俺の唇にちっちゃなひとさし指を当ててきた。



「すみません。お名前をお伺いするのでしたら、こちらから先にお教えするのが礼儀というものですよね。……わたくしはスジリエ・ウォーレン・ハイラウト。ハイラウト王国の王女です」



 ひとさし指が離れていったので、俺は改めて名乗る。



「お……俺は、タクミ。火串タクミだ」



「タクミ様、助けていただきありがとうございます。あなた様は、わたくしとパルドゥの、命の恩人です」



 スジリエと名乗った王族の少女は、こんな状況だというのに、ゆりかごにいる赤ちゃんみたいに安らかな微笑みを浮かべていた。

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