第10話

 親を殺された子供のように、土煙をあげて暴れまわる猛獣たち。

 テロリストたちの喉笛を食いちぎり、踏み潰し、鋭い爪で引き裂いていた。


 運良く逃げ延びたテロリストたちは仲間を呼ぼうとしていたが、シャラールの援護射撃によって、もれなく眉間を撃ち抜かれていた。


 飛び交う矢と、動物の間をぬって、俺は戦場を馳せる。お姫様をお姫様だっこしたまま。


 途中、マントの中に投げナイフを大量に仕込んだ高笑いする男が、露出狂のように立ちはだかったが、指先ひとつでダウンさせた。


 ……しばらくして、勝負は決した。

 こちらの被害は動物たちがケガをしたことと、スジリエの首に縄の跡が残ってしまったことだが、いずれもクーレ先生の回復魔法ですっかり元通りになった。


 そして、そこかしこで繰り広げられる、飼い主とペットの熱い包容。

 スジリエも、愛馬パルドゥに泣きながら頬ずりしていた。


 その様子にもらい泣きしていたクーレ先生は、自分も頬ずりしたくなったのか、俺のエレメンタルハンドをスリスリしていた。

 シャラールは俺の隣で、「アンタのへなちょこ作戦のおかげで、一時はどうなることかと思ったわ、まったく……」とブツクサ言っている。


 すると、スジリエが俺のところにやって来た。



「タクミ様。助けていただいて、本当にありがとうございました」



 スジリエは制服のスカートの裾をつまんで、上品に頭を下げる。

 ペチコートのような白いフリルがチラ見えして、ちょっとドキッとした。


 こうして見ると、お姫様と呼ばれるに相応しい可憐な美少女だ。

 頭にチョコンと乗ったティアラと、切りそろえられたセミロングの髪を包むベール。

 百カラットのダイヤみたいに輝く、大きな瞳。


 思わず跪きたくなってしまうような、清廉で高貴なオーラをこれでもかと放っている。


 それにわざわざ二回もお礼をしてくれるなんて、王族であることを鼻にかけない良い子のようだ。

 助けてやったのに肘打ちしてくる誰かさんとは大違いだな……と思っていると、



「それではタクミ様、こちらをお持ちください」



 スジリエはチョーカーをしているんだが、そこに繋がっている鎖のようなものを、おもむろに取り出す。

 鎖は胸元にしまってあったようで、かなり長い。1メートルくらいある。


 俺は意味がわからなかったが、この子なら変なことはしないだろうと、差し出された鎖を素直受け取った。

 スジリエのチョーカーは首輪みたいなデザインだったので、それに繋がるチェーンを持っていると……なんだかイケナイことをしている気分だ。



「お持ちになりましたね。では、わたくしの目を見つめながら、こうおっしゃってください。……『リープリングスティーアの盟約に誓う。この者、スジリエ・ウォーレン・ハイラウトを我が愛玩とする』と……」



「えーっと、リープリングスティーアの盟約に誓う。この者、スジリエ・ウォーレン・ハイラウトを我が愛玩とする……」



 言われるがままに言葉を口にしていると、何かに気づいたシャラールが急に割り込んできた。



「ちょ、バカッ! それってペットの盟約じゃない!? やめなさいっ! 何考えてんのよっ!?」



 ヒステリックに叫びながら、俺とスジリエを繋ぐ鎖を乱暴に跳ね飛ばす。



「お、おい、なにすんだ!? ペットの盟約ってなんだよ!?」



「スジリエがアンタのペットになるってことよ!」



 俺は「ええっ!?」っとなって、スジリエのほうを見た。

 お姫様は悪びれる様子もなく、こくり、と頷くと、


「わたくしのお父様が治めるハイラウト王国では、どんな立場でも必ずペットを持たなくてはならず、また誰かのペットにならなくてはなりません。タクミ様こそ、わたくしのあるじにふさわしいお方」



 何の穢れも知らなさそうな澄んだ瞳を、まっすぐに向けてきた。

 その輝きに負けないほどに、彼女の首にあるものが光を放ちはじめる。



「ご覧になってください、わたくしの『隷属の輪』が輝いております。これは、ペットの盟約が完了したという意味です。……はふぅ……わたくしは、タクミ様に調教テイミングされてしまいました……」



 恍惚とした溜息を漏らすスジリエ。

 自らの首に嵌まっている鈍く光る輪を、まるでお腹の赤ちゃんのように愛おしそうに撫でている。


 その様子を、俺は異星人のように見つめていた。

 逆に冷静になって、自分を客観視してしまうほどに俺は困惑している。


 だ……だめだ、思考が追いつかない。この子はさっきから何を言ってるんだ?

 自ら進んで服従したがるなんて、どうかしてる。しかも、会ったばかりの俺に……!


 異星のお姫様は再び鎖を手にすると、ずい、と俺に迫る。

 いたいけな手で俺の手をぎゅっ、と包みこみ、鎖の端を握らせてきた。



「さぁ、どうぞ、わたくしをお好きなようになさってください。もちろん、わたくしだけでなく、わたくしのペットである150万人の民も、タクミ様の思いのままです」



 などと言いながら四つん這いになると……人懐こい犬のように、俺の脚に頭を擦り付けてくる。


 俺はひたすら戸惑うばかりだったが、シャラールの怒りのタイキックと、クーレ先生の操るエレメンタルハンドでひっぱたかれ、ようやく正気に戻った。

 俺が召喚したはずのエレメンタルハンドが、なんでクーレ先生の言うことを聞いたのかは疑問ではあったが……。


 ペットの盟約については、詳しく確認しておきたかった。盟約の解除方法についても。

 今すぐにでも取り掛かりたいところだったが、当面の問題がある。全てが片付いてから調べることにしよう。


 気をとりなおした俺は、戦士科を解放したときと同じように、盗賊科の生徒たちに指示を出す。

 戦士科の生徒とも合流すれば、テロリストに遅れをとることはないだろう。


 その後は作戦会議を開く。

 残る棟は「魔力科」と「法力科」のふたつだ。


 戦士科から今いる盗賊科への移動は渡り廊下があったので、人目につくこともなかったのだが……魔力科と法力科へは中庭を通る必要がある。


 順序的には近いほうの魔力科へ行くとして……テロリストに見つからないように行くためには、どうしたらいいだろうか?

 俺、シャラール、クーレ先生の三人で頭を捻っていると、俺の側に寄り添っていたスジリエが口を開いた。


「タクミ様。わたくしに、いい考えがございます!」


 スジリエの名案。

 それは、盗賊科の備品としてある、樹木の着ぐるみを着て移動することだった。


 近づくのに難しい動物などを、テイミングする際に着るものらしい。

 着ぐるみとはいえかなり精巧にできていたので、これを使わせてもらうことにした。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ……というわけで、俺たちは中庭を移動中だ。


 大きな木が一本、クーレ先生。

 中くらいの木が二本、俺とシャラール。

 低木が一本、スジリエ。


 あわせて四本の樹木が、緑の芝の上を、カルガモ親子のようなよちよち歩きで進んでいく。

 この着ぐるみは動きにくくて、自然とこんな歩き方になっちまうんだ。


 だが中庭には木々が多くあったので、カモフラ効果はじゅうぶんに得られた。

 俺たちから向かって左手には城、右手には校門があるんだが、ちらほらと見張りのテロリストの姿が見える。

 たまに俺たちのほうを見るヤツがいたが、正体に気づかれることはなかった。


 どうやら、うまくいっているようだ。

 このままバレずに、魔法科の棟へ……と思っていると、



「ああ……それにしてもコレ、暑っついわぁ……アタシなんでこんなことしてんのかしら……ねぇ、タクミ」



 俺の隣にいた中くらいの木がしゃべった。

 幹にあいた穴から、汗だくの顔を覗かせるシャラールが、流し目で俺を睨んでいる。



「別に無理して付いてくることはなかったんだぞ」



「何言ってんの。アタシという保護者ナシでアンタがやってけるわけないでしょ。……ところでぁ、アンタってなんでそんなに落ち着いてんの?」



「なんだよ、急に」



「会ったときから気になってたのよね。テロリストを相手にしてるってのに、なんだか落ち着き過ぎじゃない?」



 俺は、藪から棒になにを言い出すんだと思っていたが、クーレ先生とスジリエも話に食いついてきた。



「うん、わたしもそう思った! おっきな人から剣を振り降ろされても、ぜんぜんびっくりしてなくて……わたしなんて、腰をぬかしちゃったのに」



「どんなときでも動じないだなんて、素敵です、タクミ様! その秘訣を教えてください!」



 俺は、少し言葉に詰まった。

 冷静沈着だなんて、自分自身では思ってもいなかったからだ。



「……さあな、なぜかは俺にもわからねぇよ。でも、考えるとしたら……いちど死んだ人間だからかもしれんな」



 三人が聞きたがったので、俺はこの世界に来るまでのことを話した。


 かつての世界で38年間生きていたことと、営業職のサラリーマンをやっていたこと。

 超がつくほどのブラック企業で、連日の接待に駆り出され、精神肉体ともにすり減っていたこと。



「なんだ、アンタ異世界人だったんだ。どおりでタクミなんて変な名前だったのね」



 この世界では異世界人というのは珍しくないので、さしたる驚きもないシャラール。



「ご苦労なさっていたのですね……でもなぜ、お辞めにならなかったのですか? お伺いしていると、とてもタクミ様がすすんでなさっていたようには思えませんでした。なぜ嫌々なのに激務をなさっていたのでしょうか?」



 スジリエはさも不思議そうだった。

 まぁ、そう思うのも無理もないよな。



「俺が前にいた世界は、生まれて間もない頃から集団に所属させられるんだ。そして、集団の和を乱すことは悪だと教え込まれる。みんなで苦しんでいるときに、抜け出すなんてとんでもない、一緒に苦しめ……ってな。頭のイイやつは、その仕組みの正体に気づいて利用するんだが、俺は気づけなかったんだ……この世界に来るまでな」



 俺はなるべく、わかりやすい言葉で説明したつもりだった。

 でもまぁ、個を重んじるこの世界の人間には、わからねぇだろうな……と思っていたが、みんな想像以上にリアクションが薄かった。


 シャラールなんかは、クシャミの途中みたいに腑抜けた顔をしてやがる。



「ほーん。要はアンタがバカだったって話よね。で、死因は何だったの? 『セッタイ』のしすぎ?」



「得意先の専務が運転するトラックに轢かれちまったんだ。まぁ……接待での事故だな」



 得意先の専務が、大好きな海外ゲームをリアルでやりたいって言い出しやがったのが事の発端。


 鶴の一声で何社もの大企業が協賛し、『リアルGTA』と称された一大イベントとして計画された。

 巨額の費用が投じられ、ゲーム再現用の街まで作られたんだ。


 俺は休日返上で参加させられ……そこで一般市民の役をやらされた。


 ゲームそっくりに再現された街の中で、好き勝手する主人公役の専務。

 銀行強盗したり、盗んだバイクをブッ飛ばしたり……暴走は誰にも止められねぇ。


 当たり前だ。出動する警官や軍隊すらもエキストラで、やられ役なんだからな。

 どんどんエスカレートしていく専務は、ついにガソリンタンクを積んだトラックを出してきたんだ。


 予定になかった危険車両の登場に、みな接待を忘れて逃げ出した。

 普段から専務に目を付けられていた俺は、見つかったが最後、まるでハリウッド映画の主人公みたいに執拗に追い回されたんだ。


 車相手には逃げるのも限界があり、俺は行き止まりに追い込まれた。

 さすがに寸前で止まってくれるだろうと思ったのに……そのままフルブレーキで突っ込んできやがったんだ。


 ……それが、俺の最期。



「『セッタイ』というのは、とっても大変なことなのね……命がけだなんて……。タクミくん、かわいそう……ギュッってしてあげる」



 我が子を心配するような、痛ましい声をあげるクーレ先生。

 俺を抱き寄せようとしているのか、着ぐるみの腕に相当する枝を、懸命に揺らしている。



「俺がやっていた接待は、俺の世界でも特殊だったかな。得意先の専務が、跡取りの女子高生だったんだ。とんでもないドSでな、俺たち取引先の営業に無茶させることが、何よりも好きなヤツだった」



「ど……どんなことをさせられたのですか?」



 楽しい話でもないのに、なぜかスジリエは興味津々だった。

 おおきな目をことさら大きく見開いている。



「カンボジアで専務の撃つバズーカの的にさせられたり、専務が艦長をする駆逐艦に海で追い回されたり……あとは、専務率いる特殊部隊相手に、テロリスト役として立てこもりとかもさせられたなぁ」



 シャラールが相槌をうつように「ふん」と鼻を鳴らした。



「なるほどね……だからアンタ、こんな状況だってのに鼻持ちならないくらい落ち着いてんのね」



「まぁ……そうかもな。接待で鍛えられた経験が、活きてるのかもしれねぇ」



 最初に立てこもりの接待をやらされたときは、専務率いるバリバリの特殊部隊相手に何もできなくて、号泣しつつウンコ漏らしながら逃げ惑ってたんだよな。

 その後も何度かやらされたんだけど、何もできないのは変わらなかったし、ションベンも毎回漏らしていた。


 でも……ウンコはだけは漏らさなくなった。

 もしかしたらあの異常な状況に、「慣れ」ていたのかもしれない。


 前世で俺が死ぬ原因になった『接待』が、こんな形で役に立っているとは……皮肉な話だな、と思った。

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