第8話

 極薄で、肌に吸い付くようにピッタリとした黒の手袋。


 右手側の甲には青い猫の刺繍、左手側の甲には赤い鳥の刺繍が入っている。

 両方ともスナイパー用のグローブのように、ひとさし指の部分だけが切れてるんだ。


 久しぶりに再会した相棒を装着しながら、皆の元へと戻ると、



「ちょっとアンタ! 武器ってまさか、そのペラッペラの変な手袋じゃないでしょうね!? そんなんで勝てるわけないじゃない!? せめてランタスルを使いなさいよ! バッカじゃないの!? そんなだから、いつまでたってもFランクなのよ!!」



 さっそくシャラールが噛み付いてきた。



「そういえばアイツ、Fランクじゃねぇか……」



「それなのにあんな、手袋だけなんて……」



「なんの冗談だよ……一発でグシャグシャにされちまうぞ……」



「シャラールの言うとおり、ランタスルにしとけよ……」



「終わりだ……俺たちゃもう、終わりだぁ……」



 失望を露わにしたような声が、あちこちから聞こえる。



「ああん? テメェ、ナメてんのかぁ!? ……ははぁ、わかったぞぉ。ビビリ過ぎて、とっくの昔にアタマがおかしくなっちまってたんだなぁ? チッ、ひさびさに骨のあるヤツかと思ったのに……期待して損しちまったぜ」



 敵のボスにまで失望される始末だった。



「まあ、いいから打ってこいよ。お前の全力ってやつを見せてみろ、受け止めてやっから」



 俺は左手を前に出し、ひとさし指をクイックイッとやる。

 それがシャクにさわったのか、ボスは片手で担いでいた武器を両手持ちに切り替えた。



「じゃあ……お望みどおり、グッチャグチャにしてやるよぉ!!」



 ブオン、ブオン、ブオン、とヘリコプターのように頭上で振り回したあと、



「ううぉりゃあああああああああああーーーーーーーーーーっ!!!」



 大上段から、兜割りを放つ……!


 雪崩のような轟音をたてて迫りくる、肉切り包丁。

 俺は前に出していた左手をかざし、ソイツを受け止めようとする。



「ば……バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」



「た……タクミくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!!!」



 同時に駆け巡る、ふたりの女の悲鳴。


 その場にいた誰もが思っていただろう。

 あんな自分の身体よりも大きい武器の一撃を、片手で受け止めようだなんて……走っている列車の前で、両手を広げるような自殺行為だ……! と。


 しかし……俺ならばできる。

 人体、物体、流体、気体……ありとあらゆるものを流れる気勢を感じ取り、操る指圧師の俺なら……!


 刹那。今まさに裁きを下そうとしたギロチンは、俺のかざした左の手のひらに包まれ、ぐん……とサスペンションが効いているかのように、ゆるやかにその動きを止めた。


 沈黙が、空間を包む。息づかいの音すらもない。

 皆、呼吸も忘れて固まっているようだ。


 シャラールも、クーレ先生も、ワルたちも、クラスメイトも。

 そして、勝利を確信していたボスまでも、天地がひっくりかえったような顔をしていた。



「ば……ばかなあっ!?!?」



「どんなに鋭く重い太刀でも、うまいこと衝撃を逃してやれば、こうして手で受け止めることができるんだ」



 さりげなく全身のバネを使い、衝撃を羽毛のように受け止めるのがコツだ。

 まぁこれも、物理攻撃の効かない赤い鳥……『アブソーバード』の羽根を編み込んだ、この手袋あってのものなんだがな。



「それに……貴様が……貴様がタクミだったのか……!!」



 俺がタクミだとわかり、驚きのあまり顔が固着したようになっているボス。

 クーレ先生の悲鳴を聞いてたんだろう。



「バレちまったか。だがもう、いいよな?」



 返す刀で、俺は一歩踏み込む。

 右手のひとさし指で、ヤツの胸の中央……膻中だんちゅうを強く突いた。



「なにを……!? うっ……!?」



 ヤツは何事かと、目を剥く。

 だがすぐに、身体の異常に気づいたようだ。



「……『ユーサネイジア』。お前の心臓は鼓動を忘れた」



 膻中だんちゅうには『チル・アウト』などの鎮静の効果があるが、それを強くすると……心臓の動きを、その臓器の意思であるかのように止めることもできるんだ。


 コイツは、いままでのテロリストの中ではマシなほうだった。

 だから、俺なりの手向けだ。


 名前もわからない好敵手は、無言のままゆっくりと両膝を床につけた。

 そして切腹を終えた武士のように、がっくりと頭を垂れる。


 それっきり動かなくなり……それから少しの間を置いて、興奮が溢れ出した。


 クラスメイトたちが「うおおおおおおーーーっ!?!?」っと歓声あげる。

 逆転サヨナラ満塁ホームランを目の当たりにした観客のように、一斉に起立した。


 両手両足を拘束されているが、器用にピョンピョンと跳ねて俺のまわりに集まってくる。



「え……F……! じゃなかった、タクミ! おめえ、すげえ! すげよぉおおおっ!!」



「すごい、すごい、すごい! あんなとんでもない攻撃を、片手であっさり受け止めるだなんて!!」



「それに、指一本で倒すなんて……強すぎだろっ!?」



「なんでそんなに強いのに、隠してたの!?」



 瞳孔の開ききったクラスメイトたちから迫られ、俺はちょっとたじろいでしまった。

 しばらくは俺の賞賛だったのだが、だんだん矛先が別の方に向いていく。



「タクミくんはイザとなった頼りになるのに……」



「それに比べて、アイツらときたら……」



「いつも威張ってるくせに、てんでダメなんだから……」



「オシッコ漏らすなんて、ありえなくない?」



「完全に、見損なっちまったよ……」



 冷たい視線に晒される、5人のワルども。

 いつもオラついていた顔は、見る影もないほどボコボコで……床には黄色い水たまりが広がっている。


 俺はクラスメイトをかきわけ、5人の元へと向かう。

 すると、なかでもリーダー格の男……たしか、コールとかいうヤツが、口を開いた。



「なんだよ、テメェ……俺たちを、笑いに来たのか……?」



 コールは弱々しい瞳で俺を見る。

 いつもは斜に構え、人を食ったような態度なんだが……今はなりをひそめている。



「いや、謝りに来たんだ。テロリストどもの標的は俺だ。おそらく、俺について問い詰められたんだろ? でもお前らは答えずに、わざと挑発して……率先してリンチを受けて、クラスメイトに被害がいくのを防いでくれたんだろ? 本当にすまなかった」



 俺は頭を下げてから、続ける。



「俺がテロリストの所に出ていけば、全ては解決する。でも、今までの非道な行いから察するに、みんなが無事に解放されることはないだろう。だから俺はヤツらに反撃する。お前らの受けた傷の百倍を、ヤツらに返してやる。だから、協力してくれないか? このクラスを引っ張っていたリーダーのお前らを、見込んで頼みたい」



 他のワルどもは、何も言わなかった。コールの言葉を待っているようだ。

 しばらくして「なぁ……」とコールは言った。



「俺たちは、テメーにさんざんチョッカイかけてきた……。ヒデーこともしてきた……それなのになんで、テメーは何もしなかったんだ……? そんなに強ぇクセに、なんでされるがままになってたんだよ……?」



 なんだ、そんなことを気にしてたのか、と俺は思った。



「俺はクラスメイトの身体を壊す趣味はねぇよ。俺がこの力を使うのは、俺や誰かが理不尽な力によって踏みにじられている時だけだ。お前らのチョッカイはかわいいもんだが、ヤツらは違う。武装集団という権力をカサにきて、女を乱暴して、リンチにかけて、それを笑ってるようなヤツらだ。そんなヤツらには、俺は死んでも屈したくねぇんだ」



 俺は前世で、会社組織という歯車に組み込まれ、得意先という権力の理不尽な要求に応えてきた。

 無茶な接待で殺されるまで、歯車であることをやめなかったんだ。


 だから俺は、この世界に転生したときに誓った。

 相手が逆らえない状態で好き放題する、権力や武力には絶対に屈しないと……!


 そんな思いがこみあげていたのか、俺は、知らず知らずのうちに熱弁していた。

 ワルどもは、ざわめいている。



「Fランクだからってさんざんバカにしてやったのに、本当はスゲェ力を持ってて、それを隠してただなんて……」



「……それに、イジめてた俺らを、かわいい、だと……?」



「コイツは俺らなんて、もともと眼中になかったのか……?」



「だけどマジになったら、デカブツ相手でも一歩も退かずに立ち向かっていくなんて……!」



「コイツだ……いや、この人こそ、俺たちがついていくに相応しい、真のオトコ……!」



 ワルどもは、子供みたいに輝く瞳で俺を見つめたかと思うと、



「「「「「あ……兄貴っ!!!!!」」」」」



 と感極まった声で合掌してきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る