第7話

 戦士科の講堂。学校の教室みたいに机と椅子が並んでいるんだが、今は掃除をするときみたいに窓際に寄せられていた。

 人質のクラスメイトたちは空いているスペースで、並んで跪かされていた。


 その回りを囲む、チンピラのようなテロリストの男たち。

 見繕ったクラスメイトを四つん這いにさせ、椅子扱いしている。


 ど真ん中では、処刑人のように跪かされた5人のクラスメイトたち。

 髪の毛を掴まれ、倒れられないようにしてサンドバックになっている。


 5人とも、この戦士科で札付きのワルだ。

 おそらく無駄に抵抗したせいで、リンチにあってるんだろう。


 学園内では敵なしだった彼らも、テロリストになるほどの真性DQNには敵わなかったようだ。

 ここからでも、むわっとした血の匂いが感じられるほどボコボコになっている。


 そして奥には……高原族ハイランドのデカブツが、クラスメイト数人を並べてつくったソファの上で横たわっている。

 きっとアイツが、この分隊のボスなんだろう。


 俺は、リンチの輪に近づいていきながら、大声をあげる。



「飯の差し入れを持ってきた! さぁ、お前ら、配れ!」



 俺は奴隷を扱うように、皿を持ったシャラールとクーレ先生を突き飛ばす。

 もちろん芝居なんだが、シャラールは鬼の形相で睨み返してきた。



『アタシを突き飛ばすなんて……いい度胸してるじゃない……! あとで覚えてなさいよ……!』



 と表情で訴えているようだ。



「も……モタモタすんな! さっさとしろ!」



 芝居に徹して怒鳴りつけると、シャラールは舌打ちして給仕をはじめた。

 三段重ねのハンバーガーのような大きなサンドイッチを、テロリストたちに手渡していく。



「へへ! ねえちゃん、いい身体してんじゃねぇか! メシだけじゃなくて、コッチの世話もしてくれよ!」



 男どもは、セクシーメイドにさっそくチョッカイを出してくる。

 俺は、シャラールが暴れ出さないかヒヤヒヤしたが、



「ぐ……っ! あ……あらぁ~ん。アタシ、タフな男の人が好きなの。たとえば、アタシのサンドイッチをいっぱい食べてくれるような……。いちばんタフな人には、あとで特別サービスしてあげちゃうわぁ~ん」



「わ、わたしもぉ~。もりもりいっぱい食べてくれる男の子、だいすきぃ~。ぎゅーってしてあげたくなっちゃう。そのあとはいっしょに、おねんねしましょうねぇ~」



 一応、シャラールもクーレ先生も、事前に教えておいた台詞を言ってくれた。

 でも……棒読み過ぎて、凍りつくレベルだった。



「ひょーっ! マジか!? じゃあいっぱい食っちまうぜぇー!?」



 しかし、チンピラには効果があったようだ。

 こぞって大皿に手を伸ばそうとしていたのだが、



「待てい!!!」



 地を揺らすような声が、部屋の奥から轟いた。びくりと、チンピラどもの手が止まる。

 声の主は、牢名主のように寝そべっていたボスだった。ヤツは、むっくらと起き上がると、



「おい、そこのお前……まずはお前が食ってみろ……!!」



 鬼瓦みたいな厳つい顔で、俺を睨みながら言った。

 ムダに声がデケェ……そんなに大声出さなくても聞こえてるよ、ってレベルだ。



「お……俺ですか? 大丈夫ですよ、俺はつまみ食いしたから、腹は減ってません」



「そうじゃねぇよ! 変なモンが入ってねぇか……まずお前が食ってみろって言ってんだよ!!」



 言われたのは俺なのに、まわりのチンピラが背筋を正した。

 どうやらコイツは、大声で部下を恫喝するタイプらしい。


 俺が大っ嫌いな種類の人間だ。

 普段だったら、死んでも従わねぇが……同じ学び舎の仲間たちと、シャラールとクーレ先生の命がかかってる以上、仕方がねぇ。


 俺は無言でシャラールの側に歩いていくと、大皿のサンドイッチからひとつをむんずと掴んで、大口をあけて頬張る。



「……うん、うんうん。こいつぁイケる。変なモノなんて、何も入ってませんよ。どれ、食べないなら、全部俺が……」



 俺はふたつ目のサンドイッチに手を伸ばそうとしたが、



「よぉし、野郎ども、メシだぁ!!」



 ボスの一言で、いくつもの手がサンドイッチに伸びてきた。

 邪魔だとばかりに俺は押しのけられる。


 よし、やったぞ……! まんまとハメてやった……!

 毒味させられることを想定して、眠り薬の入ってないサンドイッチも念のため用意して、目印をつけておいたんだ。



「うん、こいつぁうめぇ!」



「こりゃいいな! 力がわいてくるぜぇ!」



「こんな可愛い姉ちゃんが作ったと思うと、なおさらだぜ!」



「へへっ、このサンドイッチみてぇに、あとで食ってやるとするかぁ!」



 サンドイッチは大好評だった。

 調子に乗ったチンピラどもは、食欲のあとは性欲とばかりに、絡みつく視線をメイドや女生徒たちに向けている。


 俺は心配していた。手のひらに爪が食い込むほどにこらえている、シャラールのことを。


 殴りたいのは俺も同じだが、今それをやったら、全てが水の泡だ。

 悔しいのはわかるが、堪えてくれ……!



「へへっ、先にちょっと味見しちゃおっかなぁ~?」



 ついにシャラールの胸に、手を伸ばすチンピラが現れた。

 俺は、そろそろ我慢の限界か……!? と覚悟を決めていたら、



「てめぇら、女に手ぇ出すのはナシだって言っただろ!! 我らが『女王』のお言葉を忘れたかぁ!!」



 ボスの一喝が飛んできた。

 「ひいっ、すいませんっ!」とチンピラたちは直立不動になる。


 意外な展開に、俺はちょっと拍子抜けしていた。。


 ボスの見た目は脂ぎったマッチョで、欲望のカタマリみてぇな印象だった。

 たとえ上からの命令であっても、性欲に負けて真っ先に女を襲いそうなヤツなのに……。


 ボスは見た目よりも人格者なのか?

 それとも大ボスであろう『女王』ってヤツに、多大なる忠誠心でもあるのか?


 なんにしても、分別があるというのは敵としては厄介かもしれねぇな……と思っていたら、俺はさらに呆気に取られることになる。


 ボスもサンドイッチを食べていたのだが、その食べ方が問題だった。

 なぜかパンを外し、中身の具だけをチマチマとつまんでいたのだ。



「あっ……あの! パンは召し上がらないんですか? パンが美味しいのに……!」



 俺は怪しまれるのもいとわず、つい尋ねてしまった。

 するとボスは、ニヤリと笑って、



「俺ぁ今、糖質制限中なんだ。そんなにうめぇんだったら、お前にやるよ。ホレ、取りに来い」



 なんでテロリストのクセして……2メートルごえのデカい図体して……糖質制限なんてやってんだよ……!!

 お前はメタボのサラリーマンかっ……!!



「おら、パンをくれてやるって言ってんだ。さっさと来ねぇか! それとも何かぁ? 俺のパンは食えねぇってんじゃねぇだろうなぁ!?」



 しまった……ヤブヘビになっちまった……!!

 断るとヤバそうだったので、俺はゆっくりとボスに向かって歩きだす。


 しかし、ヤバいときはヤバいことが重なるもんだ。

 サンドイッチを食べ終えたチンピラどもが、次々と崩れ落ち、眠りこけてしまったからだ。


 俺以外の部下が全員、倒れてしまった。それを見たボスは、



「ああん!? てめえっ!? メシになんか入れやがったなぁーーーっ!?!?」



 当然の結論にたどり着く。

 人間ソファを踏み潰す勢いで立ち上がり、側に立てかけておいた大剣を手に取った。


 いや、大剣というにはデカすぎる。サーフボードみてぇな鉄のカタマリだ。

 血がびっしりとこびりつき、変色しているその武器は……さながら巨大な肉切り包丁のようだった。


 まるで屠殺人ブッチャー……!!

 見上げるほどの大男は、のし、のし、と俺に向かって歩いてきた。


 そして、猛獣のような咆哮とともに、振り下ろされる鉄塊。



「こざかしいマネしやがってぇぇぇぇぇっ……!! 潰れろやぁ!! このチビがぁーーーーーーーっ!!!」



 ドゴォォォォォォオオオオオオオオオオオオーーーーーーンッ!!!



 切っ先が俺の鼻先をかすめ、ハの字に開いていた足の真ん中に着弾した。

 インパクトの瞬間、地面が噴火したみたいに石片をばらまく。


 地面には落雷のような亀裂が入り、講堂じゅうが地震のように激しく揺れた。

 まるで隕石が落ちたみてぇな、すさまじい破壊力……!



「きゃあああああああああああああああーーーーーっ!?」



 衝撃のあまり、将棋倒しになるクラスメイトたち。



「キャアッ!?」「ああんっ!?」



 シャラールとクーレ先生は立っておられず、尻もちをつく。



「うわああっ!?」「ひいっ!?」「ぎゃあっ!?」「ひいいいいいーーーっ!?」「あわわわわわわ……!?」



 叩きつけられた鉄塊の側面にいたワルどもは腰を抜かし、揃って失禁していた。


 この講堂で、眠りこけたテロリスト以外では、俺だけが動じていなかった。

 ボスは「ほほぅ」と割れたアゴをさする。



「……てっきり、このワルガキどもみてぇにションベンもらすかと思っていたが……俺様の太刀筋に、眉ひとつ動かさねぇとは……テメェ、何者だぁ?」



「名前は明かさねぇよ。つまんなくなっちまうからな」



 俺がタクミだとわかったら、生け捕りにするためにこの太刀筋も鈍ることだろう。

 それじゃあお互い、やり甲斐がなくなっちまうよなぁ。



「ああん? 何言ってだテメェ?」



「でも、ひとつだけ教えといてやるよ。俺はな、この鉄のカタマリの何百倍もの破壊力のあるヤツを、同じように足元に突き立てられたことがあるんだ。だからこんなチンケなのじゃ、アクビも出ねぇよ」



 ……忘れもしねぇ。


 生前の俺は、接待で……得意先の専務が遠隔操作するジェット戦闘機と、竹ヤリで戦わされたことがあったんだ。

 専務が操作をミスって、戦闘機が俺めがけて突っ込んできたことは、今でも夢に出る。


 俺の挑発に対してボスは激昂するどころか、ニヤリと口を歪めた。


「そうかい……俺も、かる~くやったところだ。久しぶりに、マジでやらせてもらうとするかぁ……!!」



 半分くらい地面に埋まった鉄塊を引き抜き、肩に担いで構えるボス。

 どうやらコイツは、ガチの戦いが好きなタイプらしい。高原族ハイランドによくある気質だ。


 だが、それなら交渉の余地があるかも……と思い、俺は提案する。



「なぁ、全力で相手してやっから、俺も武器を使っていいか? 後ろのロッカーにしまってあるんだ」



 俺は、背後にあるロッカーを親指で示す。

 ひとりにひとつ割り当てられているこのロッカーは、武器をしまうウェポンロッカーなんだ。



「いいぜぇ……だが、少しでも変な動きをしてみろ。俺はここにいるガキどもを、ひと太刀で真っ二つにできるんだからな」



 睨み下ろされて、「ひいぃ……!」と震え上がるクラスメイトとワルたち。

 俺は踵を返し、ロッカーへと向かった。


 この学園は何事も、ランクによって優劣をつけられる。

 ロッカーの配置は、高ランクほど出し入れしやすい上のほうになるんだが、Fランクの俺のロッカーは這いつくばらないと取り出せないような位置にある。


 ベッドの下に潜り込んだものを取り出すようにして、俺が掴んだのは……ひと組の手袋。


 よし、ついに取り戻した……!

 コイツこそが、俺をさらにパワーアップさせる相棒なんだ……!

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