第6話
テロリストからいちばん蹴られていた女の子は、キュイ・ジーヌという調理術の先生だった。
おだんご頭でメイド服を着ていて、小学生にしか見えないあどけない顔つき。
蹴られたアザがまだ残っていたが、クーレ先生が回復魔法をかけたらすっかり元通りになった。
それからキュイ先生は、トテトテと俺のところにやってきて、
「ご主人さま、だっこー」
と、何の屈託もなく抱っこをせがんできた。
生徒である俺が先生から、『ご主人さま』呼ばわりされるとは……しかも、抱っこをせがまれるとは……。
複雑な気持ちではあったが、まあいいか、と思って抱きかかえてあげた。
俺の腕の中で、キャッキャと喜ぶキュイ先生。
側にいたシャラールは、それを呆れた様子で見つめている。
そしてなぜか、クーレ先生がウズウズしだした。
「わたしも、抱っこしたぁい!」
たまらない様子で飛びかかってくるクーレ先生。
てっきりキュイ先生を抱っこしたいのかと思ったが、クーレ先生は俺ごと抱きあげた。
どうやら、誰でもいいから抱っこしたかったらしい。
俺はクーレ先生に抱っこされながら、キュイ先生を抱っこするという、変な状態になる。
せっかくなので、このままキュイ先生に話を聞いてみることにした。
「先生たちは、脅されて料理を作らされてたんですか?」
「うん。みんなでお昼ごはんを作ってたら、いきなりやって来て……仲間たちが食べるごはんを作れって、力ずくで……」
「……それは、何人前くらいでした?」
「えーっとたしか、千人ぶん……そんなにたくさんは無理だ、って言ったら、生徒を殺すぞ、って脅されて……」
キュイ先生はその時のことを思い出して怖くなったのか、俺のシャツの胸元をキュッと握りしめていた。
ちょっとかわいそうになったので、質問はここまでにしておく。
でも、敵の規模がわかった。千人か……。
テロリストだったらたいした数はいねぇだろうと思ってたのに、軍隊なみじゃねぇか……。
どうやって相手をするかなぁ、と考えていると、
ぐぅ~
と俺の腹が鳴った。
……しまった……昼飯のカレーパン、ひと口しか食ってなかったんだ……。
するとキュイ先生は、俺の腕からピョンと飛び降り、
「みんな~、ご主人さまのごはん、つくろ~!」
メイド先生の掛け声にあわせ「おーっ!!」と拳を掲げ、ちょこまかと動きはじめるメイド生徒たち。
俺、シャラール、クーレ先生は、複数のメイド生徒から背中を押されてテーブルに着かされる。
そして当たり前のように、皆のヒザの上にふたりのメイドっ子が腰掛けた。
俺の右ヒザにはキュイ先生と、左ヒザにはもうひとりの生徒。ふたりとも、小鳥が止まってるみたいに軽い。
どうやら俺は、キュイ先生に気に入られてしまったようだ。
「はい、どーぞ!」
運ばれてきたメニューはオムライスだった。
黄金色に輝く卵の上に、ケチャップでハートマークと、『ありがとう ご主人さま』と書かれている。
「アタシ、お弁当ひと口しか食べてなかったのよね、ありがたく頂くわ」
便所飯仲間のシャラールが、さっそくフォークを突き立てようとしたが、
「あ、まってー! 仕上げに、愛情を入れるのー!」
テーブルの前に勢揃いしたメイドさんたちは、小鳥のように合唱する。
「美味しくなぁれ、美味しくなあれ、もみもみキューン!」
もみじのような手で自らの胸を揉んだあと、テーブルのオムライスに向かってパアッ、と両手を広げるメイドさんたち。
「これはね、美味しくなるおまじないと、お胸が大きくなるおまじないがひとつなった、調理術部の伝統のおまじないなの」
と、俺のヒザの上にいるキュイ先生が教えてくれた。
クーレ先生なんかは、一緒に真似してスイカみたいな胸を揉み込んでいた。
両手にありあまるボリューム感に、つるぺたメイドさんたちのうらやましそうな視線が集中する。
「じゃあ、せっかくだから……いただきます」
テロリストがいるので気を抜くわけにはいかなかったんだが、こんなに可愛らしいメイドさんたちが愛情をこめて作ってくれたオムライスを食べないわけにはいかない。
俺はスプーンに手を伸ばしたが、それより先にキュイ先生がスプーンをさらっていった。
キュイ先生は、オムライスをスプーンですくって、ふぅ、ふぅ、と息を吹きかけたあと、
「はい、ご主人さま、あーん」
と俺の口に運んでくれた。
これはさすがに恥ずかしかったので、「いや、自分で……」と断ったんだが、
「だめ! 食べさせてあげるの! あーん!」
と譲らなかったので、しょうがなく、スプーンをぱくっと咥えた。
「どお?」と尋ねられたので「すごく、美味しいです……」と答えた。
「よかったー!」と花のが咲いたみたいな笑顔を浮かべるキュイ先生。
でも、お世辞でもなんでもなくて、本当に美味しかった。
「はい、あーん!」
右ヒザのキュイ先生のあとは、左ヒザのメイドさんが口にスプーンを運んできた。
どうやら、交互に食べさせてくれるシステムのようだ。
ふたくち目を食べた後、小さな指が、俺の唇に触れる。
キュイ先生だ。俺の唇の端に付いていたご飯粒を取ってくれたようだ。
ぱくり、とそのご飯粒を食べるキュイ先生、「えへへ」と笑っている。
そして続けざまに、ぺろり、と唇の端が舐められた。
「ケチャップ、ついてたよぉ」
と、左ヒザのメイドさんが、俺の口についたケチャップを舐め取ってくれたようだ。
俺のヒザの上で、手を添えたスプーンで、オムライスを食べさせてくれる、小さなメイドさんたち。
か……かわいいなぁ……! とすっかりやられていると、脇腹に何かが刺さった。
「いってぇ!?」
痛みのあまり、思わず飛び上がりそうになる。
見ると、フォークを突きつけるシャラールがいた。
「……なにデレデレしてんのよ、気持ち悪い」
理不尽なイチャモンをつけてくるお嬢様。俺は抗議しようとしたが、
「アタシたちにはやることがあるんでしょう。これ食べたらさっさと行くわよ」
とぐうの音も出ないことを言われ、俺は黙るしかなかった。
そうだ、すっかり骨抜きにされちまったが、俺たちはテロリストと戦ってる真っ最中じゃねぇか。
目が覚めた思いだ。なんたって相手は千人もいるんだ。
これからどうしていくか、ちゃんと考えなきゃな……。
俺はオムライスを食べさせてもらいながら、思案にふける。
そして、妙案がひらめいた。
「キュイ先生、それとクーレ先生、ふたりに頼みたいことがあるんだが……」
俺はふたりの先生に向かって、思いついた作戦を話した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから小一時間後、俺は廊下をカツカツと踏み鳴らし行進していた。
コソコソせずに、堂々と。
なぜかというと、テロリストから奪った服と装備を身に着け、テロリストの一員のように振る舞っているからだ。
背後に続くは、シャラールとクーレ先生。
ふたりとも、家庭科室で借りたメイド服を身につけている。
シャラールは小柄ではあるんだが、服は子供向けみたいに小さいのでキツキツだ。
スカートはミニスカートどころではなく、動くだけでパンツが見えそうな超ミニになっている。
クーレ先生にいたってはパッツンパッツン。
胸ははちきれんばかりで、キュッと締まった腰と、ヘソ丸出しという超セクシーメイドになっている。
そして手には、サンドイッチの積まれた大皿。メイドさんたちの手作りのやつだ。
このサンドイッチの中には、クーレ先生に頼んで保健室からもってきてもらった眠り薬が入っている。
俺が考えた、講堂奪還作戦。
それは眠り薬を仕込んだサンドイッチを、メイドをこき使って作らせたという設定にして……テロリストに扮した俺が差し入れをし、敵を眠らせてしまうという内容だ。
眠り薬を入れるのでサンドイッチは適当でよかったんだが、メイドさんたちは料理へのプライドがあるのかしっかり作ってくれた。
眠り薬は匂いが強かったので、わざわざパン生地の中に練り込んでバレないようにしてくれたんだ。
しかもマズかったら全部食べてもらえないからと、例の美味しくなるおまじないもキッチリ込められている。
テロリストじゃなくて俺が食べたいくらいの、見事なサンドイッチに仕上がった。
でもこれだけ美味しそうだと、奪い合うようにして食ってくれるかもしれない。
そして仲良くオネンネしてくれることだろう。
しばらく廊下を進むと、この棟のメイン施設である、戦士科の講堂にさしかかる。
中の様子を窓から伺いたかったのだが、カーテンが閉められていた。
しょうがないので、ぶっつけ本番でいくしかない。
いかにも関係者といった風情で、講堂の両開きの扉を押し開け、中に入る。
そこで待っていたのは……クラスメイトたちがリンチにあっている光景だった。
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