第5話

 このリンドール学園は、中央に城みたいな建物があって、その周囲に四つの分科棟があるんだ。


 俺たちが今いるのは、戦士科の棟。すぐ近くには盗賊科の棟があり、城を挟んだ反対側に魔力科と法力科の棟がある。


 まずは、この戦士科の講堂に捕らわれている生徒たちを救い出すのがいいだろう。


 俺は、保健室内にある武器になりそうなものを見繕って、シャラールとクーレ先生に持ってもらった。

 そして昔のロールプレイングゲームみたいに、みんなで一列に並んで保健室を出発する。


 廊下をコソコソと、忍び足で歩いていく。


 この廊下は盗賊科の棟への渡り廊下とも繋がっているので、一直線にずーっと長い。

 もしテロリストが遠くに現れた場合、すぐさま隣接の部屋に飛び込めるようにと壁際を進んでいく。


 じりじりと進んでいると、通りがかった部屋のガラスの向こうに、人の気配がしたのであわてて伏せた。

 そーっと部屋を覗き込んでみると、そこは家庭科室だった。


 メイド服姿の小さな女の子たちが、踏み台に乗って懸命に料理を作っている。

 いや、まわりにテロリストたちがいるので、無理矢理作らされてるんだろう。



「……調理術部の女の子たちね」



 俺の隣で覗き込んでいたシャラールが、鋭くつぶやく。



「みんな地底族ロウキャスの子よ。この時間になると、お昼ごはんを手作りしてるところをよく見るわ。たまに包丁で指を切った子が泣きながら保健室に来ることがあるの。かわいそうになって、いっぱいギュッてしてあげるの」



 シャラールの隣で覗き込んでいたクーレ先生が、おっとりとつぶやく。


 小さな子供のように見えるのが、地底族ロウキャスの特徴だ。

 大人になっても成長せず、背も1メートルくらいしかない。


 身長だけでいえばホビットのような感じだが、歳をとっても顔つきは小学生みたいな外見のまま変わらないんだ。

 だから家庭科室内は小学校の調理実習みたいな風景なんだが、中には俺と同い年の子もいるかもしれない。


 もしかしたら調理術の先生も混ざっているかもしれないが、外見では全く見分けがつかない。

 小さな調理師さんたちは健気で、一生懸命に料理を作っているのだが、「さっさとしろ!」とテロリストたちから蹴飛ばされている。


 彼女たちの身体はテロリストの半分くらいしかないので、蹴りを受けただけで紙切れのように吹っ飛んでいた。



「おらっ、モタモタすんじゃねぇ! さっさとメシを作れ!」



 ドカッ!



「ふぎゃっ!? い、痛いよぉーっ!」



「やめてくださぁい、この子はお料理が美味しくなるように、ひと手間加えようとしただけで……!」



「てめえっ! 持ち場を離れんじゃねぇーよ!」



 ドスッ!



「うきゃんっ!? ……お、お願いだから、蹴らないでぇ……」



「口答えすんじゃねぇっ! いいか、俺たちゃお前らみたいなメスガキに興味ねぇから、蹴りくらいですませてやってんだ。蹴られるのが嫌だったら、ロリコンの仲間を呼んできてやろうかぁ?」



「ギャハッ、そりゃいい! お前ら全員、あっという間に穴だらけにされちまうぜぇ? ギャーッハッハッハッハッ!」



 ドカアッ!



「ふみいっ!?」



「おい、見ろよコイツ、腹を蹴ってやるだけで、ボールみたいに飛んでいきやがるぜ! ヘイ、パース!」



 ドスッ!



「きゃはあっ!?」



「ナイスパス! こりゃ面白れぇ、サッカーできるじゃねぇか! メスガキサッカーが! そら、シュートだ!」



 ドシュッ!



「むぎぅぅぅぅぅっ!?」



「先生っ!? うわああああんっ! やめて、やめて! もうやめてぇぇぇぇ!!」



 男たちに蹴飛ばされ、宙を舞い、壁に叩きつけられる少女たち。


 作りかけの料理に突っ込むと、「てめぇ、何やってんだよ!?」と床に引きずり倒され、よってたかってガスガスと蹴りつけられる。

 泣き叫んで許しを請っても、「おら、もっといい声で鳴けよ!」とサディスティックに踏みにじられていた。


 剣と魔法が支配するこの学園において、一番平和だった家庭科室が……暴力が支配する虐待地獄と化していた。


 彼女たちはちゃんと作業していたのに、あまりにも理不尽な扱い。

 俺の心の中に、ふつふつとした怒りが湧いてくるのを感じる。



「ああっ、なんてひどいことを……!」



 覗いていたクーレ先生は、我が事のように涙を流していた。女の子たちが心配でしょうがないようだ。

 こうなったら、することはひとつしかねぇ……!



「……作戦変更だ。講堂に行く前に、家庭科室を解放するぞ」



「いいわ、アタシもひと暴れしたいところだったのよ」



 話の早いシャラールが立ち上がろうとしたが、俺は肩に手を置いて止める。



「待て、お前はここでクーレ先生と待ってろ。俺が行く」



「なによ、またひとりでいいカッコするつもり?」



「そうじゃねぇよ。よく見ろ、中には敵が八人もいるんだぞ? それに武器も『リピーター』じゃねぇ、『ランタスル』だ。しかもバカでかい弾倉を付けてやがる……下手すると、ヒザのケガくらいじゃすまなくなるぞ」



 家庭科室にいるテロリストどもは、ライフル式のダーツ発射装置である『ランタスル』で武装していた。

 『リピーター』がハンドガンなら、『ランタスル』はアサルトライフルだ。火力がぜんぜん違う。



「ナメんじゃないわ。戦士科での成績はアタシのほうがずっとずっとずっと上なんだからね」



 保健室から持ってきたメスを俺に突きつけながら、フンと鼻を鳴らすシャラール。

 コイツのことを心配したつもりだったが、どうやら止めても無駄のようだ。



「わかったわかった、じゃあ、ひとつだけ言うことを聞いてくれ。突入後、俺が『伏せろ!』って言ったら、床に伏せるんだ」



「またアタシに命令して……まったく、何様のつもり?」



「まぁ、無理にとは言わねぇよ。ハチの巣になっても知らねぇけどな」



「……ツボとやらで、また何かやるつもりなのね」



 俺とシャラールは、二手に分かれることにした。

 ふたつある家庭科室の扉の前にそれぞれ配置に付き、合図と同時に突入するという作戦だ。


 クーレ先生はというと、邪魔にならないように廊下の片隅に移動してもらった。

 大きな身体を丸めて、所在なさげに体育座りをしている。


 本当は高原族ハイランドは戦闘向きの種族なんだけど、先生はちょっと例外だ。

 温和な性格に加えて天然ドジっ子なので、戦いには向かないんだ。


 それに先生は回復魔法のエキスパートなので、後ろにいてくれるほうが心強い。


 家庭科室の扉の前にしゃがみこんだ俺は、クーレ先生に「いってきます」と目配せをする。

 そして次に、離れた扉の前にいるシャラールに目で合図を送る。


 「よし、いくぞ」と頷きあった直後、シャラールは扉をバーンと開け、豪快に家庭科室に躍りこんでいった。



「さあっ、皆殺しよっ! 死にたいヤツからかかってきなさいっ!!」



 俺はなるべく音をたてないように扉を開け、後に続く。

 シャラールがド派手に行ってくれたおかげで、俺のほうに注目する者は誰もいなかった。


 チャンスとばかりに、俺は手近な敵めがけて飛びかかるように床を蹴る。

 敵は俺に気づく様子もなく、シャラールに向かってランタスルを構えていた。


 無防備なその首筋をひと突き、ひと間もおかずに腰をひと突きする。

 手の動きを操る『マリオネット』と、脚の動きを操る『ダンシング』。ふたつのツボの同時刺激だ。


 でもこれで終わりではない。俺は、自分の鳩尾みぞおちのあたりを突いた。

 そして、めいっぱい息を吸い込み、


「みんなぁあああああああああああああああああーーーーーーーーーーっ!!! ふせぉぉぉぉおおおおおおおーーーっ!!!!!」



 空気を震わせるほどの雄叫びを放った。

 『ベア・ドライブ』……横隔膜を震わせて、いつもよりデカい声が出せるツボだ。


 その効果は覿面で、小さな子供たちは爆発音を聞いたかのように「キャーッ!」としゃがみこむ。

 ちゃんと、シャラールも伏せたようだ。


 テロリストどもは一瞬怯んでいたが、すぐにターゲットを俺に変え、一斉にランタスルを向けてくる。

 俺の側にいた男も、同じように俺を狙おうとしていたのだが、



「あ……あれ? か、身体が……勝手……に……!?」



 片足を軸足とし、フィギュアスケートのようにその場でクルクルと回りだした。

 ダーツ発射のトリガーを、引き絞りながら。



 ドババババババババババババババ!!



 けたたましい炸裂音とともに、おびただしい数のダーツが放たれる。

 高速回転しながらの、全方位掃射。



「や……やべえっ!?」「ぐわっ!?」「ぎゃあっ!?」「やめろおっ!?」「ばかなっ!?」「う……撃つな……ひいっ!?」



 味方からの射撃を受け、テロリストたちの表情は絶望に染まる。


 ランタスルの連射力は半端ない。スズメバチのような黄金色のダーツ弾は、まさに蜂の巣を突いたように飛び出し、男たちの身体に無数の毒針を突き立てていた。


 弾を受け続け、倒れることができない男たちは死のダンスを踊る。

 それは、4桁の弾が入る弾倉がカラになるまで続いた。



「……おい、敵は全部やっつけた。もう大丈夫だ」



 無事テロリストを倒し、家庭科室の奪還に成功した俺は、すっかり怯えているメイド服の少女たちに声をかけてやる。

 するとメイド少女たちは、親を見つけた迷子のように、一目散に俺に向かって駆け寄ってきた。



「うわああああーーーん!」「こわかったよぉ、ご主人さまぁ!」「ご主人さま、だっこしてぇ!」「ご主人さま! ご主人さまぁ!」



 小学生みたいな女の子たちは俺の腰くらいまでしか身長がなくて、自然と俺の腰にしがみついてくる形になる。



「み、みんな、落ち着いて……」



 俺はみんなの頭をかわりばんこに撫でていたのだが、全然おさまりそうになかった。

 ついにはエサを待ちきれない仔猫のように、俺の身体によじ登りはじめる。


 このままだと軍隊アリに襲われたみたいになりそうだったので、ひとりずつ抱っこする。

 焼きたてのパンみたいな甘い匂いを感じながら、『チル・アウト』のツボを押してやった。


 みんな胸が平らだったので、ツボの位置はわかりやすい。

 俺は流れ作業のように、次々と少女の胸にタッチしていく。



「ふにゃ……あん」「みゃ……くすぐった……ふぅ」「んみぃ……きもち……」「はわぁ……なんか、ヘンだよぉ……」



 ツボ押しが終わった女の子は、側にあるテーブルに座らせてあげた。

 『チル・アウトの』効果あってか、みんな夢見心地の表情で、大人しくしている。


 テーブルにチョコンと座る女の子たちは、まるで電線に並ぶ仔スズメみたいだ。

 その可愛らしさを励みに、俺はツボを押しまくった。


 人数が多かったので少し時間がかかってしまったが、全員のツボ押しを終える。

 やれやれ、と額の汗を拭っていると、「せぇーの」と声がして、



「ご主人さま、たすけてくれてありがとーーーーーっ!!!!!」



 メイド服の少女たちが元気いっぱいに、お礼の大合唱してくれた。

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