第4話
男は必死の形相で、ゴキブリのように俺から逃げていく。
クーレ先生を襲うときにベルトを外していたせいか、途中でズボンが脱げていた。
実にみっともない姿だったが、それよりも逃げるのに精一杯のようだ。
壁際で、ぶたれるのを怖がる子供のように身体を縮こませているパンツ男。
襲われていた女の子たちと、同じような表情をしていた。
だが、シャラールもクーレ先生も、許してはもらえなかった。
男たちはそんな彼女たちを、笑いながら嬲ろうとしていた。
……だから、俺も許すつもりはねぇ。
俺は男の前まで歩いていき、ウンコ座りをして尋ねる。
「おい、お前らの目的はなんだ?」
「お、俺は何も知ら……んぐふっ!?」
問答も面倒なので、俺は右手の指で男の顎を押し、壁に押さえつけた。
左手の指を、首筋に突き立てる。
「ぐぎゃっ!? ……いっ!? ……いでぇぇぇぇぇぇぇ……!!」
まるで麻酔なしで健康な歯を引っこ抜かれてるみたいに、絶叫する男。
暴れようとしているのだが、身体はピクリとも動いてない。
「痛いだろ? 歯の神経を刺激する『トゥース・ディケイド』だ。でも、抵抗できねぇだろ? 『マリオネット』で頚神経根を押さえてるからな。頚神経根ってのは操り糸みたいなもんで、身体の動きを自由に操ることができるんだ」
「ぎゃ……あああああっ!! うぐぐぐっ……ぎいいいいっ!! いでぇっ……いでえよぉぉぉぉっ!!」
軋むような悲鳴とともに、涙をボロボロとこぼす男。
今のヤツの痛みを簡単に言うと、歯が全部ひどい虫歯になり、オマケに変なところに親知らずが生えてきて、それまで虫歯になっているのに相当する。
正気を失うほどの痛みを与えられているのに、もがけないのはさぞ辛いことだろう。
身体を動かせば痛みはまぎれるもんだが、それができないんだからな。
しかも、俺は指で軽くやっているだけだ。縛り付けたり、力ずくで押さえつけたりしていない。
それなのに動けず、激しい痛みを与えられるのはかなりの恐怖だろう。
「いまはどっちも軽くやってるが……強くしてやろうか? 糸の切れた操り人形みたいに、身体を動かなくしてやって……永遠にこの痛みが続くようにもできるんだぞ?」
「ひぎいいいいいいーーーーっ!? やめっ……やめぎゃあああああああーーーっ!!」
恥も外聞もなく、泣き喚きだす男。
「か、かわいそう……もっと、やさしくしてあげて……」
ふと、俺の隣にクーレ先生がしゃがみこんだ。
コイツにひどい目にあわされていたのに、なんてやさしいんだろう。
「もったいつけてないで、さっさとヤッちゃいなさいよ。動かなくなったらアタシが射的の的にするんだから」
さらに、シャラールもしゃがみこむ。
コイツにひどい目にあわされたわけじゃないのに、なんて容赦ないんだろう。
でも、それがトドメになったようだ。
「ひぎゅうううううううううっ!? ゆるひて! ゆるひてぇぇぇぇぇっ!? いうううううう! にゃんでもおしえるぅぅぅぅぅ! おしえさせてへへぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
男は情けなく破顔し、必死に命乞いをはじめた。
大の男が嗚咽を漏らしながら白状した内容は、こうだ。
この、リンドール学園を占拠する作戦は、『ビューティフル・ドーン』のなかで、数ヶ月前から計画されていた。
作戦遂行上の一番の問題点は、生徒たちが武装していることだった。
授業中は武器や魔法を扱っているので、その時に攻めては抵抗されるおそれがある。
なので、武器や魔法触媒をロッカーにしまっている昼休み時を狙う作戦を立てた。
ただ、昼休みは学食に生徒が集まり、大勢になりすぎるので、四科(戦士科、盗賊科、魔力科、法力科)のそれぞれの分科棟で昼食をとるように仕向けるのが理想だった。
そのために、事前に学食に破壊工作を行い、学食を使えなくした。
狙いは成功し、学食が使えなくなった生徒たちは、自分の所属する分科棟のある講堂内で昼食を取るようになった。
その機を逃さず、四分隊となって講堂内に同時に押し入った。
狙いどおり、生徒たちは武器を持っていなかったので、さしたる抵抗を受けることもなく人質にとることに成功した。
すでにこのリンドール学園は『ビューティフル・ドーン』のメンバーによって占拠されている。
保健室に押し入った男たちの任務は、学園内にまだ残っている生徒がいないか、手分けして調べることだった。
意味不明の校内放送は、放送室を占拠した仲間たちが行っているもので、全隊に対して作戦連絡をする役割を持っている。
内容は暗号化されており、簡単には解読されないようにしてある。
なお、一時間ごとに各講堂から鏡をつかって光を反射させ、放送室に向かって定時連絡をする必要があるとのこと。
パンツ男がさめざめと話した内容は、こんなところだった。
残るは、肝心の目的だ。
「お前らの計画は大体わかった。で、そうまでしてこの学園を占拠して、いったい何が目的なんだ? 身代金か?」
この『リンドール学園』は名門だけあって王族や貴族の人間もちらほらいる。
金を要求すれば、かわいい子供のためにいくらでも払ってくれることだろう。
しかし、男は首を左右に振った。
「……いや、理由は知らねぇよぉ……俺たちはボスから、ある男を探せと言われてるだけなんだよぉ……」
「ある男? 誰だ?」
「ほ……火串タクミっていう生徒がいるらしいんだよぉ……ソイツを生け捕りにしろって命令で……」
「「「えっ!?」」」
思わず、俺とシャラールとクーレ先生でハモってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その後、
『なぜ俺を探しているのか』
『お前らのボスは誰なのか』
『ボスはどこにいるのか』
『どうやって誰にも見つからずに、分隊ほどの大勢で奇襲できたのか』
などを問い詰めたのだが……知らない、わからない、の一点張りだった。
どうやら本当に知らないらしい。まぁ、末端の人間のようだし、こんな風に尋問されることを考慮して教えられてないんだろう。
もう聞けそうなこともなかったので、男には再び眠ってもらった。
そして俺は、お嬢様に向かって言う。
「……よし、シャラール、クーレ先生を連れて街のほうまで逃げろ。ついでに助けを求めてくれ」
このリンドール学園は高原にある。まわりにはなんにもない。
山を降りてふもとの街までいけば、衛兵に助けを求められるだろう。
シャラールは腰に手を当てた仁王立ちで、俺の話を聞いていたが、
「アンタはどうすんのよ?」
途中で訝しげに口を挟んできた。
「俺は、講堂に捕まってるみんなを助けに行く」
「ハァ!? アンタなに言ってんの!? ついに狂ったの!? 相手はテロリストよ!? それも5人や6人じゃないのよ!?」
「大丈夫、敵は俺を捕まえようとしてるんだ。たとえヘマをやっても、殺されることはないさ」
最初はシャラールたちと一緒に逃げるつもりだったんだが、男の話を聞いて気が変わった。
テロリストどもの標的が俺なんだったら、みんなは俺のせいで人質になってるってことだ。
そんな状況で……逃げるわけにはいかねぇよなぁ。
「い、いやぁっ。タクミくん、行っちゃだめえぇ」
俺とシャラールが話していると、よろよろとクーレ先生が寄ってきた。
たいして離れてもなかったのだが、俺の手前でべしゃっ、と転んでいた。
「いっちゃやだ……わたしといっしょに逃げてぇ……」
目に涙をいっぱいためて、俺の脚にすがりついてくる先生。
なぜそうまでして引き止めてくるのか、俺には全然はわからなかった。
でも、いくら先生の頼みであっても、こればっかりは聞くわけにはいかない。
「大丈夫ですよ、無理はしませんから。それよりも先生、大丈夫ですか? さぁ、立ってください」
俺は助け起こそうとしたが、先生は駄々っ子みたいにイヤイヤをするばかりで、立ち上がろうとしなかった。
「いや、いや、絶対いやぁ……。わたし、タクミくんがいないと、もう生きていけない身体になっちゃったぁ……。あんなに気持ちいいの……タクミくんが初めてだったんだもん……。なんでもしてあげるから、行かないでぇ……」
誤解を受けそうな表現だったが、どうやらマッサージのことを言ってるらしい。
帰ったらまたしてあげますよ、となだめたのだが、先生は今生の別れになるかのように、しがみついて離してくれなかった。
「しょうがないな……おい、シャラール、クーレ先生を頼む。俺は行くから」
しかしシャラールはなぜか、ぶんむくれていた。
「……ハァ? なにFランクのクセして、Aランクのアタシに命令してんのよ」
「お前、まだそんなこと言って……!」
俺はキレそうになっていたが、シャラールは毅然と、俺の言葉を遮る。
「アタシも行く!!」
「……なに?」
「Fランクのアンタが戦うって言ってんのに、Aランクのアタシが逃げ出すわけにいかないでしょ!!」
「な……なにを言ってんだ?」
「アンタがへなちょこだから、ついてってあげるって言ってんのよ!!」
ビシイッ! と面と向かって指をさしてくるお嬢様。
「わたしも、わたしも行くぅ……連れてってぇ……」
下のほうからも、声がした。
「え、ええ……っ」
まさか、こんなことになるなんて……と、俺は思っていた。
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