第3話

 クーレ・メディケ先生。このリンドール学園の保健医だ。

 先生だけど、俺やシャラールと歳はたいして違わないというお姉ちゃん先生だ。


 高原族ハイランド特有の身体の大きさで、ナイスバディ。

 でも、顔は人の良さそうなメガネっ娘。ゆるふわに編んだロングヘアとあわさって、ギャップが半端ない。


 さんざん俺のことを抱きしめたというのに、まだ不安なのか、今にも泣きそうな顔をしている。

 とりあえず落ち着いてもらおうと、俺はまた先生に近づく。


 クーレ先生は、最愛の人形を与えられた少女のように、「あぁん」と鼻にかかった甘え声とともに、俺の首に手を回してくる。

 俺は、抱き寄せられる前にひとさし指を準備した。


 ギュッとされるより早く、先生の胸の谷間に指を滑り込ませる。

 が、爆乳すぎて指が奥まで届かない。


 しょうがないので拳ごとめり込ませると、バケツ大の白桃プリンは押し広がり、たゆゆんと波打った。


 一度中に入ると、逆に歓迎するように包みこんでくる柔肉。

 どこまでも柔らかく、そして温かったので、まるで胎内に手を突っ込でいるような気分になった。


 手首が埋まるくらいまで飲み込まれたところで、ようやく膻中だんちゅうにたどり着く。



「……はんっ!?」



 息を呑み、ブラごしの胸をぶるんと大きく揺らしながら、のけぞるクーレ先生。

 ボタンの引きちぎられたブラウスが、勢いあまってしゅるりとはだける。


 色っぽい首筋からはじまり、肩から鎖骨、そして大胆に膨らむ胸の谷間。

 さらにはほっそりとしたおへそまでのラインが、すべて露出していた。


 高原族ハイランドの女性特有の、薄桃色の肌が実に艶めかしい。

 俺は正気を失いそうだったが、ツボ押しに徹する。


 これは治療の一環だ。それにかこつけて欲望を満たそうとするのは最低のヤツのすること。

 俺が指圧師になったときに決めた、掟のひとつだ。


 しばらくすると……先生の素肌ごしに、拳に伝わっていた鼓動のドキドキが、トクン、トクン、と緩やかになっていく。

 俺の首に回された手の力が、ゆるくほどけたかと思うと、



「は……! ふぅ……うぅ……ん……」



 とろけそうなほどに力の抜けた肢体が、ゆっくりと床に横たわる。

 覗き込むと、うっすらと瞼を開けている先生と、目が合った。



「はぁ……なんだか、不思議……お風呂に入っているみたいに、ほっとしちゃったぁ……」



 いつも先生がしている、日差しのようなあたたかい笑顔が戻ったので、つられて俺の顔もほころんでしまった。



 先生が落ち着いたところで、シャラールのケガを治してもらうことにした。

 先生は快く引き受けてくれて、床から立ち上がろうとしたのだが、



「……あいたっ! いたたたたた……!」



 どうやら、男たちに床に押し倒されたときに、腰を痛めてしまったようだ。

 クーレ先生は回復魔法を使って治療をするのだが、身体に痛みがあると集中できず、魔法をうまく使えないらしい。


 しかし、この手のトラブルなら指圧の出番だ。

 保健室ならベッドもあるし、ちょうどいい。


 俺は床のクーレ先生を持ち上げて、お姫様抱っこをした。

 高原族ハイランドだけあってかなり重かったが、なんとか踏ん張って、えっちらおっちらとベッドまで運んだ。



「ちょっと、アタシを放ったらかしにすんじゃないわよ!」



 と、床に倒れたまんまのシャラールから言われ、俺はお嬢様も持ち上げて隣のベッドに運んでやった。



「タクミくん、わたしはどうすればいいの?」



 ベッドの上のクーレ先生は、近所の子供に接するお姉ちゃんみたいな口調で尋ねてくる。

 特に警戒心もないようだ。人を疑わない性格のようなので、たぶんテロリストに対しても同じ感じだったんだろう。



「うつ伏せに寝てください。先生の腰をマッサージします」



「まっさーじ?」「まっさあじ?」



 ハモる、シャラールとクーレ先生。

 そうだ、この世界にはマッサージもないんだよな。



「えーっと、身体を揉むことにより筋肉をほぐしたり、痛みを和らげたりすることです」



「先生にイヤらしいことするんじゃないでしょうね」



 突っかかってきたのはもちろんシャラールだ。

 クーレ先生は「ふぅん」と素直に頷いている。



「違うよ、お前のヒザの血も止めただろ、それと同じようなことをやるんだ」



「ちょっとでも変なことしたら、ブッ飛ばすからね」



 「わかったわかった」と俺は、クーレ先生のベッドにあがる。

 そのまま、うつぶせになっている先生の腰に跨った。


 大きいけど、腰はキュッと締まっている先生の背中。

 胸のあたりにクッションでも挟んでいるのかと思うほどに、上半身が浮いている。


 マッサージは久しぶりなので、腕がなる。

 拳を握って指をポキポキと鳴らしたあと、がっしりと先生の腰を掴んだ。



「あ……っ……!」



 うつぶせになったまま、上半身をわずかに跳ねさせる先生。

 俺は全体重をかけて、腰椎のあたりを親指で刺激する。

 ぐっ、ぐっ、ぐっ、とリズミカルに揉み込んでやると、



「はっ! はっ! はんっ!」



 熱い吐息を絞り出す先生。

 大きな身体が、ぐん、ぐん、と押し引きされるように前後に揺れ、ギシッ、ギシッ、ガタン、ガタンとベッドが軋み揺れる。



「あん! んっ! ひんっ! はっ! ああっ! ああんっ!」



 先生の息が荒くなり、嬌声のようなものが交じりだす。

 しばらく律動を送ったあと、きゅぅぅぅぅ~っと強く押し込むと、



「あはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~んっ!!」



 わななきとともに、ぐぐーっ、とエビ反りになる先生。

 しばらくシャチホコのような体勢で固まっていたのだが、急に糸が切れたみたいにぱったりと、ベッドに突っ伏す。

 額に玉の汗を浮かべており、肩が激しく、ぜい、ぜい、と上下していた。



「はぁ、はぁ、はぁ……か……身体が……アイスクリームみたいに、溶けちゃうかと思ったぁ……こ……こんなの……初めてぇ……」



 息も絶え絶えのクーレ先生。

 隣のベッドで一部始終を見ていたシャラールは、両親の秘密を知った子供みたいに唖然としている。



「す……すご……」



 頬を染め、ぴったりと閉じたミニスカごしの太ももを、もじもじと擦りあわせながら……何度も生唾を飲み込んでいた。


 施術の効果は覿面で、クーレ先生は「わぁ、羽根が生えたみたーい!」と大喜びだ。

 腰の痛みがなくなったとわかるや否やベッドから飛び出し、調子乗りの保母さんみたいにお遊戯を踊りだす。


 俺は園児役として巻き込まれそうになったが、なんとか中断させて、シャラールのケガを治してもらった。



「はぁい、いたいのいたいの、とんでいけ~!」



 手をシャラールのヒザに当て、撫で撫でしながらパアッと空に掲げるだけで、ケガはウソのように消えていた。

 一般的な回復魔法はもっと荘厳で神聖なものなんだが、クーレ先生の場合は例外のようで、こんな冗談みたいな詠唱でも効果を発揮する。


 でも、これでひと安心。

 いろいろあったがミッションコンプリートだ、とひと息ついていると、例の意味不明の校内放送が割り込んできた。


 俺は最初、この放送のことを自分の知らない言語でやってるんだと思っていた。

 だがテロリストと邂逅してから、これが暗号なんじゃないかと思いはじめていた。


 この学園にいるテロリストたちに、指示を下すための放送だと考えれば……意味不明さもしっくりくる。

 共通の言語で放送してしまうと、作戦がモロバレになっちまうからな。


 そこで、俺は床でのびている男に近づく。

 ひとりだけわざとツボを突かずに、椅子でブン殴ったやつだ。


 白目を剥いている男の傍らにしゃがみこんで、口と鼻の間にある溝……人中じんちゅうを押す。



「ひいっ!?」



 と悲鳴とともに飛び起きる男。

 人中じんちゅうは人間の弱点であるとともに、気付けのツボでもあるんだ。


 男は「ここはどこ!?」みたいに周囲を見回していたが、振り返った拍子に俺の姿を認め、



「ひぃーっ!?!?」



 夜道で化物に会ったかのように、腰を抜かしたまま器用に這い逃げていった。

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