第2話
シャラールは、ひとのワイシャツで思いっきり鼻をかんだあと、
「ちょっと、いつまでくっついてんのよ!」
と俺の身体を突き飛ばしてきた。
なんだコイツ……と思ってしまったが、シャラールは本当に何事もなかったみたいな澄まし顔をしていたので、本当にこっちが悪いんじゃないかとつい錯覚しそうになっちまった。
しかもコイツ、こうして見ると息を呑むような金髪碧眼の美少女なんだよな……
だから……ちょっと気後れしちまうんだよな。
シャラールは変質者でも見るようなジト目を俺に向けると、
「アンタ、この事は誰にも言うんじゃないわよ。言ったら承知しないからね」
「……? なにを気にしてるんだ?」
「Aランクのアタシが、Fランクのアンタなんかに助けられたと知られたら、学園じゅうの笑いモノになっちゃうからよ! そんなこともわかんないの?」
「さっきまで涙と鼻水まみれになってたクセに、今更なに言ってんだよ」
「うがぁーっ! そっちはもっと言うんじゃないわよぉっ!! 言ったら許さないんだからぁーーーっ!!」
猛獣のように掴みかかってくるシャラール。俺は襟首を掴まれ、ガクガクと揺さぶられる。
シャラールはまた涙目になっていたので、俺はやれやれと頷いた。
「わかったわかった、誰にも言わねぇから安心しろ。それよりも、この学園にはテロリストがいるみてぇなんだ。ここも危険かもしれねぇからとっとと離れようぜ」
よく考えたら、こんな所でジャレあってる場合じゃなかった……と思いながら、俺は地べたから立ち上がる。
シャラールが当たり前みたいに、「立たせて」と手を出してきたので、引っ張り起こしてやった。
「あいたっ」
立ち上がるなり、よろめくお嬢様。
両ヒザから血が出ていた。健康的な向こう脛に、つぅと血が垂れ落ちている。
どうやら乱暴されかかったときに擦りむいたみたいだ。
「ちょっとタクミ、このケガは『ツボ』とやらで治せないの?」
「指圧は外傷には即効性はないからなぁ……でも、止血だけなら……ちょっと待ってろ」
俺はしゃがみこんで、シャラールのミニスカートの中に手を突っ込んだ。
「ちょ、何やってんのよ!?」
慌ててスカートを抑えようとするシャラール。
後ずさろうとしていたが、俺は腰に手を回してそれを抑える。
「落ち着け、『シルフ・シルフ』で血を止めてやるから、ちょっとじっとしてろ」
そう言うと、スカートを引っ張っていた手が渋々と離れていく。
それでいい、と俺は頷き、そのままスカートの中をまさぐってツボを探した。
本当はスカートをめくって視認しながらのほうが探しやすいんだが、それはちょっと刺激が強すぎるのでやめておいた。
俺の手が、スカートの中をもこもこと蠢くたびに、裾が風になびくように揺れる。
いつもは見えない、まぶしい太ももがチラチラと見えて……気が散らないようにするのが大変だ。
下腹部を覆う、フリルのついた布地を撫でるたび……シャラールはおしっこを我慢するみたいにモジモジと太ももを擦り合わている。
「は……はやくっ……しなさいよっ……!」
声のほうを見上げると、うつむいたシャラールと目が合う。
顔は茹でたみたいに真っ赤っ赤で、変な所を触ったらブッ飛ばすとばかりに構えた拳を震わせていた。
「ま、待て、あとちょっとだ……よし、ここだ」
俺は、鼠径部のあたりをグッ、と押す。
「んうっ!?」
途端、ヒザをガクガクと震わせはじめるシャラール。
腰砕けになっていたが、腰に回した腕で支えてやる。
「よし、これで血は止まった」
終わりとばかりに立ち上がると、脚の震えがおさまらないシャラールが背中をあずけてきた。
守ってあげたくなるような華奢な身体だ。こうして黙っていると、可愛いのに……なんて思っていたら、
「いつまでも、くっついてんじゃないわよっ!」
ドスッ! と脇腹に肘打ちを入れられた。
突き上げるような痛みに、俺は「ぐふっ!」と肺から息を吹き出す。
この女……! と殺意が沸いたが、まだ生まれたての子鹿みたいにフラフラしてやがったので、怒りにまかせて抱きかかえてやった。
「きゃあっ!? ……な、なにすんのよっ!?」
俺の腕の中にいるシャラールは、いきなり抱っこされた赤ちゃんみたいに身体を縮こませていた。
相当びっくりしたらしい。サファイヤみたいな瞳が真ん丸になっている。
「血は止めたけど、歩くのはキツそうじゃねぇか。だから、このまま保健室に……って、やめろ! 保健室に連れてってやるだけだから、手ぇ出すんじゃねぇよ! ちょ、やめろって! マジやめて!」
お姫様抱っこのシャラールは、王子様どころか山賊に抱えられているかのように激しく暴れだした。
ケガしてるはずの脚をバタつかせ、自由になった両手でグルグルパンチをしてくる。
「バカッ! 見られたらどうすんのよっ!? Fランクのアンタなんかが付き添いだなんて、一生の恥よっ!! バレたらどーしてくれんのよっ!?」
俺は、さっきからランクばかり気にするこのお嬢様にイライラしていた。
助けてやっても、何をしてやっても、出てくるのはランクのことばかり。
人として間違っているコイツを、ちょっと注意してやるつもりだったんだが……それまでの鬱憤がたまっていたのか、俺の声は自然と大きくなっちまった。
「……うるせえっ!!!」
怒鳴り声に、ビクッ! と身体を強張らせるシャラール。
「他のヤツがいるならまだしも、誰もいねぇこんな所にケガ人をほっとけるかよっ! それともお前は、ランクを見て人助けすんのか!? ケガ人にはなぁ、AランクもFランクもねぇんだよ! まったく、ランクなんか糞くらえだ!」
俺は、自分の息が荒くなっていることに気づく。
ああ……しまった、つい、声を荒げちまった。ちょっとした自己嫌悪にさいなまれる。
シャラールはというと、腕を組んで、ふてくされたように顔をそらしていた。
表情はわからないが、もうパンチはしてこなかった。俺の腕から降りようともしていない。
よくわからんけど、まぁ、大人しくなってくれたから、いいか……。
俺はシャラールを抱えたまま歩き出し、廊下に出る。
女子トイレからの去り際、ちらりと中のほうに目をやると、手前の手洗い場にはふたつの死体、奥の個室のほうにはぶちまけられた弁当箱があった。
もしかしてコイツも、便所飯だったのか……? と思ったが、それには突っ込まず、アイツの泣き顔と同じく心の中にしまっておくことにした。
俺は、シャラールをお姫様抱っこしたまま、戦士科棟のはずれにある廊下を歩いていた。
もうじき初夏を迎えようとしているので、外のほうは暑いんだが……
テロリストの支配下におかれているとは思えないほど、静謐な廊下。
建物が石造りなので、まるで神殿のなかを歩いているみたいだ。
シャラールは思ったより軽いし、保健室はすぐ近く。
このまま何事もなくお嬢様を送り届けられたなら、学園から逃げだして、街に助けを求めるなりしてみよう。
なんて思っていたら、
『あぁ~れぇぇぇぇぇ~~~っ!!』
目前まで迫った保健室から、女性の悲鳴がした。
悲鳴なのになぜかノンビリとした感じがするのは、声の主の性格によるものだろうか。
「あれはクーレ先生の声!? タクミ、急いで!」
言われるまでもなく、俺はシャラールを抱っこしたまま駆け出していた。
ノックはせずに、テロリストたちがしていたみたいに扉を蹴破る。
するとそこには、保健医であるクーレ・メディケ先生を五人がかりで床に押さえつける男たちがいた。
クーレ先生は
俺は、側にあったベッドにシャラールの身体を放り投げ、男たちに向かっていく。
相手は五人もいるので、今度は両刀だ。俺は両手のひとさし指を、ジャキンと構える。
手前にいる、クーレ先生の足を押さえつけているふたりの男。そのうなじめがけて両の指を突き立てる。
頚椎にある、頚神経根への刺激。ここをやられると、
「……がはっ!? い、息が……!? す、吸えねぇ……!?」
息を吐くのみで、吸えなくなるんだ。
ふたり同時に首筋をかきむしり、苦しみはじめる男たち。
俺はクーレ先生の股の間に入っていた男を踏み台にし、跳躍する。
新体操のように空中で身体をひねり、クーレ先生の手を押さえている男たちの背後に着地する。
すでに、頚椎への刺激は終えていた。
「ぐえっ!? ぐえええーーっ!?」
「い、息が、息がぁぁぁーーっ!?」
「うぐうぅぅ……! 苦しい! 苦しいよぉ!!」
「た、助け、助けてぇぇぇぇ!!」
クーレ先生に取り付いていた男たちは、床をのたうち回り、怪鳥みたいな雄叫びをあげていた。
『ディスプニア』……呼吸困難にするツボを突いてやったんだ。
背後のベッドから「すごい……男四人を、一瞬で……!」とシャラールの声がする。
残されたひとりの男は、仲間たちが急に苦しみだしたのでアタフタしだした。
ズボンのベルトを外し、チャックを降ろそうとしていたところだったが、もうそれどころではなさそうだ。
俺は近くにあった椅子を持ち上げると、生き残った男の頭を思いっきりブン殴った。
派手にブッ飛んだあと、大理石の床をツーッと滑っていく。
これで、クーレ先生の貞操の危機は守られた。
「大丈夫ですか、先生?」
男たちの拘束が外れた先生を、俺は助け起こす。
すると、まるでヘッドロックするみたいにガッ、と抱き寄せられた。
ぼいいぃん!
と音がするくらいの弾力が、俺の顔に押し当てられる。
明らかにメートル超えしているふたつのデカメロン。
俺の頭くらいあるボインボインの間に、俺の顔がズボッと埋没した。
「……こ、こわかったぁ……! あ、あなたが助けにきてくれなかったら、どうなっていたか……! ああっ……! ありがとう! 本当にありがとう!!」
クーレ先生は、あらあらうふふ、な保健医さんだ。
やさしくておっとりした性格で、名実ともに生徒たちを癒やしている。
いつもお日様みたいな笑顔を絶やさない先生が、こんな涙声になるなんて……男たちに襲われたのがよほど怖かったんだろう。
不安を紛らわすように、ぎゅうぅ~っ! と俺を爆乳ごとハグしてくる。
先生はみんなのお母さんみたいに母性あふれる人なんだけど……押し付けてくる肌の匂いも、赤ちゃんを育てているような甘いミルクの香りにあふれていた。
嗅ぐだけでもう、幼児退行してしまいそうなほどにクラクラする。
しかも、半端ないボリューム感は、ひとり叶姉妹のような迫力を兼ね備えている。
俺の頭は、満員電車で叶姉妹と隣り合わせたみたいな圧迫感を受け続けていた。
俺を取り合いするような姉妹乳に挟まれた顔が、むぎゅうと圧迫される。
頚神経根を突かれたわけじゃないのに、息苦しい……!
このまま窒息してもいいかと思ったが、さすがにヤバいと思ってクーレ先生の背中を叩いてタップを知らせる。
しかし先生は生き別れの肉親に会ったかのように、「ありがとう、ありがとう」を涙ながらに連呼し続け、俺を抱きしめたまま離そうとはしなかった。
そうだ、先生は俺を圧殺しようとしているわけではない。
俺に授乳しようとしているわけでもなくて、ましてや色気でトリコにしようとしているわけでもない。
ただただ、全力で感謝の気持ちを表しているだけなんだ……!
クーレ先生って、とんでもない天然だったんだ……!
天然の乳に、殺される……! と思っていたら、
「いつまでぇ、くっついてんのよぉーーーっ!!」
聞き覚えのある怒声とともに首根っこを掴まれ、ずるりと引き剥がされた。
ピンクの底なし沼から引き上げてくれたのは、他ならぬシャラール。
力任せに引っ張ったせいか、俺とシャラールは勢いあまって、ごろんっ! っと開脚後転みたいに後ろに転がった。
「こ……これで、借りは返したわよ……!」
シャラールは、ま○ぐり返しみたいな体勢のまま、そう言った。
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