俺の指圧がチートすぎるので、クラスメイトをxxxします!

佐藤謙羊

第1章

第1話

 俺は、昼飯を食っていた。

 正確にはパンだ。カレーパン。


 2メートル四方にも満たないくらいの、おひとり様専用、俺だけの食事スペース。

 正確にはトイレだ。個室トイレ。


 食べたらすぐ出せるという、合理的な食事法。

 しかも講堂から離れているこの男子トイレは穴場で、ほとんど人が来ないんだ。


 いつも静かなんだが、今日に限ってはやけに校内放送がうるさい。

 いつからここは軍事施設になったんだ、と思わせるような厳格な男の声が、便所の隅にあるラッパみたいな形のスピーカーを震わせている。


 それだけならまだしも、内容が意味不明なのがムカつく。

 この世界に来てだいぶ経つけど、こんな言語を耳にするのは初めてだ。



「まったく、うるせぇなぁ……メシがマズくなるじゃねーか」



 ひとり毒づいていると、



 バァーン!



 便所の入り口の扉を蹴破る音がした。

 間髪いれず、複数の人間が踏み込んでくるブーツの足音が続く。


 ただならぬ騒音。何事かと俺は、カレーパンを口から離し、息を止めた。

 カレーパンを包む袋が鳴らないように注意しながら。


 キュッ、と床を踏み鳴らす音が止まったかと思うと、



『おい、誰かいるぞ!』



 突入してきた奴らのひとりが叫んだ。声の主は男だった。

 誰かはわからねぇが、どうやら俺が入っている個室のことを言っているようだ。


 俺は耳に、全神経を集中。

 個室の向こうから、足音を殺しながら近づいてくる気配がする。


 そして、しばしの静寂の後、



 バァーン!



 俺のいる個室の扉が蹴破られた。


 いままで食事を邪魔されたことは何度かあった。

 だが、このパターンは初めてだ。


 外れかけた扉の向こうには、ピストルのようなものを構える、いかにもガラの悪そうな二人組の男がいた。


 DQN丸出しのイキった表情と、派手な柄シャツ。

 ピストルのようなものは『リピーター』という、ダーツっぽい弾を発射する武器だ。



「我らは武装集団『ビューティフル・ドーン』! このリンドール学園は、我らの支配下に置かれた! 抵抗しなければ、殺しはしない! さぁ、手を後ろに組んで、跪け!」



 赤いシャツの男が、便座に座る俺の頭に、リピーターの銃口を押し付けてくる。

 血のニオイがした。オモチャではなく、本物のようだ。しかも、だいぶ殺し慣れている得物エモノ


 ……ならば、容赦はいらないな。

 俺はそう思いながら、ひたすらふたりの男を品定めしていた。ピクリとも動かず。



「聞こえないのか! さぁ、跪け! でないと、頭に穴があくぞ!」



 押し付けられていた銃口が、ゴリッと捻られる。痛ぇ。

 少し離れていたところでリピーターを構えている、青いシャツの男が口を挟んできた。



「なぁ、コイツ、ビビっちまってるんじゃねーの?」



「そうみてぇだな……」



 舐め回すようだった赤シャツ男の視線が、俺のブレザーの胸ポケットにある、刺繍のところで止まった。



「あっ、コイツ、最低のFランクじゃねぇか! リンドール学園みてぇな名門校にも、ひでぇ落ちこぼれってのはいるもんなんだな!」



「でもなんでコイツ、便所でメシ食ってんだ?」



「きっと落ちこぼれすぎて、人前じゃメシも食ぇねんだろ!」



 テロリストと名乗る男どもは、俺がビビってるんだと思い、しかもFランクと知ってナメだした。

 ギャハハハハハハ! と顔を見合わせてバカ笑いしている。


 響いた笑い声は、ふたつだけ。

 それを確認し終えた俺は、口を開いた。



「……なんで俺がFランクなのか、教えてやろうか?」



「あぁん?」



 俺は左手で、突きつけられているリピーターを、のれんをくぐるように軽く払いのける。

 そして、立ち上がるついでのような動きで右手を伸ばし、奥のほうにいる青シャツのヘソのあたりを、ひとさし指で突く。


 俺の動きがあまりにさりげなかったので、男たちはキョトンとしていた。

 少しあって、俺に腹を突かれた青シャツ男が我に返る。



「てめぇっ! ブッ放されてぇのか……!」



 直後、男の鼻から、蛇口をめいっぱい開いたみたいに、ドバッと鼻血が噴出した。

 その勢いはすさまじく、眉間をマグナム弾で撃ち抜かれたみたいにガクンと、首が後ろに倒れる。


 赤い鼻血とは対照的な、剥いた白目で崩れ落ちる男。

 青いシャツが鮮血に染まり、赤シャツに変わっていた。


 まだ生きているほうの赤シャツは、何が起こったのかまだわかっておらず、血の海に沈む仲間を呆然と見下ろしていた。

 俺は種明かしと、Fランクである理由を話してやる。



「いまのは腎臓の機能を低下させ、血圧を急上昇させる……『フレンジー・ブラッド』のツボを突いてやったんだ。こんな風に、コツさえあれば人の身体ってのは簡単に壊せちまうんだよ。でもこんな技、先生やクラスメイトには使えねぇだろ? だから俺は、実技試験がマトモに受けられねぇんだ」



 そう言いつつ、俺はすでに赤シャツの処置を終えていた。


 『ドロップ・ダルマ』……首筋を突かれた赤シャツは、頚椎がダルマ落としみたいに外れてカックンと頭を垂れていた。

 ありえない方向に首が曲がっている。


 それはすでに、コイツが生きていないことを表していた。


 ……あ、そうだ、俺がFランクなのは、もうひとつ理由があったんだ。

 今更ながらに思い出したので、赤シャツの肩に手を置きながら、冥土の土産がわりに教えてやる。



「あとな、俺は『指圧師』って職業ジョブなんだけど、聞いたことねぇだろ? この世に俺しかいねぇんだってさ。だから、誰も評価できねぇんだと」



 頷くように、ぐらり、と前に倒れる赤シャツ。

 かつて青シャツだった仲間と、折り重なるようにして倒れた。


 俺は、さて、と顔をあげる。


 ……武装集団『ビューティフル・ドーン』だと?

 しかも支配下にある、ってことは、こんなのがまだ他にもいるってことか?


 学校にテロリストなんざ、俺が元いた世界のマンガみてぇじゃねぇか……!

 だいいち守衛がいるはずなのに、ソイツらは何をやってんだよ……!


 なんて思っていると、



『キャアアアアアアアアアアアーーーーーーーーッ!!!』



 絹を裂く、と呼ぶに相応しい悲鳴が聞こえた。


 俺は早足に、男子トイレの出口まで向かう。

 いきなり飛び出すのはマズイと思い、顔だけ出して廊下の様子を伺う。


 奥が霞むほど長く続く廊下は、誰の気配もなかった。

 壁に張り付くようにして男子トイレを出ると、隣の女子トイレに忍び寄る。


 女子トイレの扉は蹴破られていた。こっそり覗いてみると、



「おい、なにモタモタしてんだよ、早く剥いちまえよ!」



「あわてんなって、こんな役得は滅多にねぇんだ、じっくりといたぶってやって……」



 手洗い場の床の上で、女生徒を押さえつける男ふたりと、



「いやっ! なにすんのよっ! 変態! ド変態! 死ねっ! 消えろっ! 地獄に堕ちないさいよ! 今すぐっ!」



 唯一自由になる脚をバタつかせて暴れる、口の悪い女生徒がいた。



「へへ、行くのは地獄じゃねぇよ、お嬢ちゃん。イクのは天国だよ!」



「さぁて、そろそろ天国の一丁目といこうか!」



 馬乗りになった男が、引っ張るような動きをすると、ビリビリとブラウスの裂けるが響きわたった。



「うっひょー! かわいいブラしてんじゃねぇか!」



「華奢なくせに、イイ乳してんなぁ! もっとよく拝ませてくれよ!」



「い……いやあああああああああーーーっ!! 誰か、誰かぁぁぁぁーーーっ!!」



「ハハッ、泣け! 喚け! いくら叫んでも、誰もこねぇよ! それどころか、みんなお嬢ちゃんみたいな目に遭ってるところだろうなぁ……!」



「お友達も、みんな仲良くブチ込まれてる所だぜぇ……! さぁ、俺たちとも仲良くしようや……!」



 声をかぎりに泣き叫ぶ女生徒と、顔を見合わせて下卑た笑い声をあげるチンピラども。



「「イーッヒッヒッヒッヒッヒッヒ! ……ぐはあっ!?」」



 ドムン! という鈍い太鼓のような音とともに、爆風に吹き飛ばされたみたいに吹っ飛ぶ男ども。

 トイレの両端の壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。



「おい、大丈夫か?」



 すぐ側まで忍び寄っていた俺は、女生徒の肩を抱いて起こしてやる。

 よく見ると、同じ戦士科を専攻しているクラスメイト、シャラール・スパークだった。


 ほっそりした長い耳が特徴的な、森林族フォレスタの女子だ。

 成績優秀のAランクで、俺のクラスでも中心的な存在。


 金髪のツインテールに、学校の制服……なのだが、いまはブラウスもスカートもビリビリに破られていて、お揃いの薄ピンクのブラとパンツが丸見えになっている。

 俺はあわてて上着を脱ぎ、小さな肩にかけてやった。



「な……なに……? アンタが……やったの……?」



 襲われたショックが大きかったのか、それとも男たちの死に様がショッキングだったのか……光のないぼんやりした瞳で、『フロッグ・ベリー』……腹がカエルみたいに膨れた男どもを眺めているシャラール。



「ああ、やったのは俺だ。それよりも、怪我はないか?」



 しかし、シャラールは俺の問いには答えず、かわりに茫洋とした瞳を向けてきた。



「……アンタ、同じクラスのFよね」



 Fっていうのは多分、陰で呼んでいる俺のアダ名だろう。藤子不二雄かよ。

 名前すらマトモに呼んでもらえねぇのかよ……と、不満を感じながらも、俺は頷いた。



「あ、ああ……」



「……アンタ、専攻は戦士科だったわよね。魔法使い科じゃなかったわよね?」



「そうだよ、お前と同じ戦士科だ。格闘術部だけどな」



 ちなみにシャラールは弓術部だ。



「……魔法を使ったわけじゃないなら、なんで大の男ふたりを一発でやっつけられんのよ? Aランクのアタシが敵わなかった相手に、Fランクのアンタが勝てるわけないじゃない……」



「それはまぁ、別にいいじゃねぇか、それよりも怪我はないか?」



「……ゼンゼンよくない……答えなさい」



 瞳に力はなかったが、言葉にはなぜか頑としたものがあった。

 俺がどうやって男どもを倒したのか、気になってしょうがないらしい。


 ……もしかしてコイツ、負けず嫌いなのか?

 ランクが5つも下の俺に助けられたのが、プライドを傷つけたとか?



「えーっと、まぁ、ちょっと頑張ってみただけだ。クラスメイトの女子を助けなきゃ、ってな」



 俺は刺激しないような言葉を選んだ。


 ふと、シャラールの瞳に、光が戻る。

 同時に、水が張ったみたいにウルウルと潤みだし、ついには、



「うわああああああああああああーーーーーーーんっ! あああああああんっ! だったらなんで、なんで、なんで、なんでもっと早く助けに来ないのよぉおおおおおおおおおおおおーーーっ!!」



 せきを切ったみたいに泣き出した。

 人目もはばからず、子供みたいに、大粒の涙をボロボロと落としながら。



「バカッ! バカ! バカァッ! そんなだからアンタは、いつまでたってもFランクなのよぉぉぉぉーーーっ!!」



 俺の胸に顔を埋め「バカ! バカ!」と連呼しながら、ぽこぽこと俺を叩くシャラール。

 ふわっとした髪の匂いが立ち上ってきて、ちょっとドキっとする。


 女に抱きつかれるなんて、前の世界で満員電車が揺れたとき以来だ。

 ちなみにその時は、よろめいた女が勝手に抱きついてきたのに、痴漢扱いされてひどい目にあった。


 そんな苦い記憶もあってか、俺はどうしていいかわからず、罵られるままになっていた。



「あぁん! うわあああん! Fラン! 役立たず! デベソ! ああああっ! 怖かったんだから! 怖かったんだからぁーーーーーーっ!! うぎゃああああーーーーーんっ!!」



 でも、友達とかだったらまだわかるけど、話をしたこともない女子に、なんでここまで言われなきゃならねぇんだ……と思ったが、襲われたのがよほど怖かったんだろう、と思って甘んじて受け入れる。



「わかった、わかったから少し落ち着けって」



 俺はなんとか泣き止ませようとするが、それがシャラールにとっては気に入らないのか、逆に火がついたみたいに暴れだす。

 涙と鼻水とヨダレでくしゃくしゃになった顔で、わぁわぁと泣き喚きながら、拳をブンブン振り回しはじめた。


 グルグルパンチみたいなのが、雨のように俺に降りしきる。

 最初は「ぽかぽか」くらいの軽いものだったのだが、だんだん「ぼかぼか」くらいになってしまったので、俺は最後の手段に出ることにした。


 シャラールの肩を持って、俺の身体から引き剥がす。

 すぐさま右手のひとさし指を、ブラに包まれた胸の谷間めがけ、ブスッ、突き立てた。


 襲っていたチンピラどもにも定評のあった、大きな膨らみの間に指が埋没する。

 ぷにゅん、といい感触。赤ちゃんみたいに柔らかくて、すべすべの肌。



「ひうっ!?」



 指が最深部に到達すると、シャラールはしゃっくりみたいな声をあげて、ビクンと肩を震わせた。


 俺は雑念を払いつつ、ぐりぐり、と膻中だんちゅうのあたりを強く押す。


 指を包み込む柔肉は、力の掛かるままにふるふると波打っている。

 まるでプリンに指を突っ込んでるみたいな柔らかさだ。



「ん……ぅ……! あ……んっ!」



 捻り込むのにあわせて、身体を弓なりに反らせるシャラール。


 吐息が色っぽすぎて、俺はドキドキしていた。

 女の子にコレをやるのは初めてだったで、それもあってかなり緊張する。



「ん……! ん……! あっ……!」



 しばらくして、身体をビクビクと痙攣させたかと思うと、



「は……あ……あぁっ……」



 コテン、と俺にしなだれかかってきた。

 達してしまったかのように、はぁ、はぁ、と肩で息をしている。



「……な、なに、やったの……?」



「『チル・アウト』っていう、落ち着かせるための『ツボ』をついたんだ」



「……『ツボ』って……陶器の入れ物?」



 泣き疲れたような、かすれた声のシャラール。

 そういえば、この世界には指圧の概念がなかったんだ。



「人間の身体には、『ツボ』っていう小さな窪みがいくつもあって……そこを刺激してやると、いろんな効果をもたらせるんだ。身体の不調を治したり、痛みを抑えたり……逆に痛みを与えることもできる」



「……そんなの、あるんだ……。でも、あるみたいね……『ツボ』を押されてから、なんだか身体がフワフワしだして、気持ちよくなって……嫌なドキドキがすーっと消えてったわ……」



「そうだ、それが『ツボ』の力だ」



「……ああ……わかったわ。その『ツボ』ってやつで、男たちをやっつけたのね……」



「まぁ……そんなとこかな」



「……ねぇ、アンタ……名前、なんていうの? ツボ夫?」



「そんなわけあるか。タクミだ。火串ほぐしタクミ……」



「……そう……ヘンな名前……」



 前にいた世界の名前をそのまま使ってるから、もしかしたら変かもしれねぇな。

 この世界のネーミングセンスについてはよく知らねぇけど、ツボ夫よりはマシだろ?


 仮に変だとしても、それを面と向かって言うかね……助けてやった恩人に向かって。


 シャラールは、それっきり黙り込んでしまった。

 しばらく俺に身体を預けたまま、息を整えていたかと思うと、



「……助けてくれてありがと、タクミ」



 不意に耳元で、囁きかけられた。

 耳にシャラールの吐息がかかって、なんだかちょっとくすぐったかった。

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