温羅と猫又 後編

- 温羅と猫又 後編 -

「で、何にするかは決めてるの」

 そう尋ねると宇留志はうーんと唸りながら考え込んだ。

「いや、やっぱ女モン言うたら首飾りとか、耳飾りとかかな思てんけど、円普段そんなん付けへんし興味も示さんし………」

 無欲なのか、ただ単にお洒落に興味が無いのか図りかねてるらしい。確かに普段の円が華美な飾りをしているのは見たことがないから、本当に宇留志は悩んでいるのだろう。

「取り敢えず見てみるだけでも見てみようよ。折角都会に来てるんだし」

 そう笑って言うと、微妙に煮え切らない顔をされつつも、また街に繰り出した。

 街は若者と活気に溢れていて妖の国とは全然違う。何時か、それこそ自分が大人になった頃にはこんな風に、妖の国も様変わりするのであろうか。

「ビルの背、高いね」

 思わずそう呟いて空を見上げる。その空は妖の国とは違って青く澄み渡っている。

 宇留志も同じような事を考えていたようで、隣で空を仰いでいる。

「寂しくなったか?」

 その質問に静かに答える。

「別に。過ぎてくものは僕には止めようがないからね」

「……ブランコや」

 唐突に放たれたその五文字に思わず同じ背丈の猫を見た。それでも猫は空を眩しそうに見上げながら話し続けた。

「寂しくなったらな、ブランコに乗んねん。めっちゃ勢いつけて空見たら、心に青が広がるから」

「心に、あお」

 難しい事を言われている気がする。と言うか難しい。

 そういう所は宇留志らしいとも言えるけど。

「そや。百聞は一見にしかず、また今度やってみ」

 そう言って強く頭を撫でられる。帽子が取れないように強く押えていると、突然宇留志が手をひとつ叩いた。

「龍、家に帰んで。贈りモン決めたわ」

「え?何にするの?」

 そう言って宇留志はニッっと人の悪い笑みを浮かべて人差し指を口の前に持ってくる。

「ナイショや。行ってからのお楽しみ」

 そう言って急かせかと家路につき始めた。

「どういう事!?教えてよー!」

 腕を掴んで幾ら揺すっても宇留志が足を止めることは無かった。


**


 両手に大量の戦利品を抱え込んでもう正直腕が千切れそうだ。何せ五人分。色々入り用なのだ。

 そんな事を考えながら自宅に着くといつも通り円が店番をしていた。相変わらず客という客はいない。この店はこんなにも人が来ないのに何故か経営が出来ている。ある種の七不思議だ。

「はつちゃん、おかえり」

 そう言いながら荷物を持ってくれた。

「ただいま、です。荷物ありがとうございます」

「いいのよ。こちらこそ、ごにんぶんも、ありがとう、ね」

 靴を脱いで茶の間に向かって歩きながら見せるふわっとした笑みには此方まで笑顔になる。其れがこの人の数ある美点の一つであるが、彼女は其れを何時も振りまいているので、宇留志が日々悶々としているのを私は知っている。

「今日の晩御飯はご一緒しますか?今日は焼き鮭にしようかなと思っているのですが」

 すると円は途端に顔を明るくして喜ぶ。

「ふふ、しゃけ、すきよ。ごいっしょしていいかしら?」

「じゃあこのままここで用意させてもらいますね」

 スキップでもしだしそうな足取りで食材を次々冷蔵庫に詰めていく円を見ながら、そう言えばと思い出し、肩を軽く叩いて、振り向いた円に聞く。

「龍はどうしたのですか」

 声は聞こえているだろうに階段を降りてこない同居人を不思議に思い、そう聞いた。

「宇留志とおでかけみたい」

 また人の良い柔らかい笑みを浮かべる。

「薺さんは多分もうすぐ帰ってくると思いますが………宇留志さんは何か言ってましたか?」

「ううん、なにも。でもきょうはぜったい、はやくかえってくるわ」

 私は少し困惑する。何も聞いていないなら現世で泊まりの可能性もある(というのも宇留志は時々誰に何も言わず現世に泊まってしまうことがあるのだ)が、何故円はこうもハッキリと断言出来るのだろうか。

「また泊まりかもしれませんよ……?」

「だって」

 そう言って言葉を続けた円に、正直私は大変驚いた。でも言われてみれば確かにそうなのだ。それは私でも、更には薺にも当てはまることであった。

「宇留志はね────」


**


 妖の国に帰って、宇留志に連れていかれたのは駄菓子屋だった。

「駄菓子屋……?どういう事なの宇留志」

 そこには宇留志が言っていた様な首飾りや耳飾り、ましてや女性が好みそうな代物は全くと言っていいほどない。いや、強いて言うなら子供が好みそうな、安そうな玩具の首飾りはあるが、これを数に入れていいのか、些か不安である。

 不思議に思いながら後ろに着いていると懐から財布を取り出して「よっしゃ!」とか意気込んでいる。

「おばちゃん!くじありったけ引かせてくれ!」

「はぁ!?」

 かなり大きい声でそう言ったのだが宇留志はくじの入った箱にもう手を伸ばしはじめている。其の手を大慌てで掴んで止める。

「ちょっと!?あの玩具の首飾りにしようとか言わないよね!?」

「いやそうやけど?」

 耳を疑った。幾ら円が着飾らないからと言って玩具でも良いのか。

 考え過ぎて思考放棄してしまったとしか言えない行動にかなり動揺していると、宇留志が堪えきれないというようにぷっと吹き出した。

「龍、アンタそんなおもろい顔せんといてや。一応こうする事にした理由はあんねんで」

「えぇ……どうしたらアクセサリーから玩具って思考になるの………」

 すると宇留志は急に空を指さす。

「ブランコの話、したやろ」

 した、確かにそれはした。空に青が広がる事だ。

「其れを円に教えたげたい思てん」

 そういったきりまたくじの箱に手を突っ込む。記念する一発目は外れたようだ。もう一回、といいながら財布から小銭を出す。

 もうこれ以上聞いても何も分かり合える事はない、と諦めて後ろで待機する。

 5分位たっただろうか。ようやくお目当ての物を当てたようだ。

「よっしゃー!正直俺の財布の金が無くなるんちゃうんか思てんけど!無事に取れたで!見て見て龍!」

「はいはい、すごいすごい」

 それから宇留志は包装用に可愛らしい袋を買って、買い物は終了した。


**


「ただいま」

「ただいまぁ〜」

 結局家に着いたのは夕方頃だった。宇留志の店のシャッターを下ろして、共同玄関から入ると台所兼茶の間から「おかえり」と返事がある。

 その頃には薺は帰ってきていて、茶の間で作業している二人を見ながら自室から持参したのであろう蓄音機で音楽を流していた。

「お!今日は皆で飯かぁ、久しぶりやな!」

 そう言いながら何時も座る定位置に座ったので、自分もそれに習い隣に座る。

 初と円で並んで料理をしているのを見るのも結構久しぶりかもしれない。大体宇留志、円と薺、初、自分で別々に生活をしているから、こういう風に生活リズムが一致する事がそうそうないのである。

 こんな時のご飯は一等美味しい。

「龍、運ぶの手伝って下さい」

 初に呼ばれたので台所に向かう。

「今日は鮭なんだ」

「安かったですし、あと円さんの希望で」

「そうなんだ」

 そう話している横で円はお椀にご飯を盛っている。

 そういえば円が料理をしているのは見たことがない様な気がする。こういうご飯盛るとか、長芋をするとか、炊いてる米の火加減を見るとかしかしてない。

「ねぇねぇ初、円って料理出来ないの?」

「そうでは無いと思いますよ。只宇留志さんが心配だからやるな、って言ってるだけでしょう」

 成程、別に出来ない訳ではないのか。確かに料理は音も使うと言えば使うし、と言っても八割位は宇留志の過保護の様な感じであろうが。

「円の飯は美味いでー」

 話を聞いていたのか、後ろから話しかけてきたのは宇留志である。

「えっ、食べた事あるの」

「そらお前ら来る前は円と二人暮しやったし」

 宇留志がそう言うならもしかしたら薺も食べた事あるかも知れない。初とこの家に来た時には薺はもう宇留志達の世話になっていたからである。

「薺は円のご飯食べた事ある?」

「あるよ」

 なんだ、初が来るまでは円が料理していたのか。ここまで言われると無性に食べてみたい。

「いいなー!僕も円のご飯食べてみたい!」

 円に懇願すると、微妙な反応である。眉を下げて宇留志の方をじっと見ているので、宇留志に聞けということはなのだろうか。

「アカンアカン、危ないやろ」

 新聞を読みつつ言ってきた宇留志にえぇーっと反論しようとしたが、円が自分の背中を強めに押してちゃぶ台に向かわされる。

「もうごはんだから、たべよ?けんか、だめ、ね?」

「別に喧嘩ちゃうで円」

「じゃあいじめちゃダメ。おとなげないよ?りゅうくんも、わたしのごはんはまたこんどね」

 そう言いながら円はさっと料理を配膳する。不服な気持ちは大きかったが、自分も持っていたご飯をちゃぶ台に並べて皆で席に着いた。

「いただきます」

 手を合わせて食べ始める。何時も二人分の料理しか乗せないちゃぶ台は狭いし、宇留志は相変わらず円ガードは固いが、口に入れた初のご飯はいつも通り美味しかった。

 すると隣に座っていた薺が肩を軽く小突いてきた。ひそひそと内緒話でもする様に顔を近づけてきた。

「龍、実はおれも円さんの料理は一回しか食べた事ないんだよ」

 それから薺は何時も余り見せない人の悪い笑みを浮かべながら言った。

「宇留志さんがいるから円さんは遠慮して作ってくれない………宇留志さんはよく家を空けるじゃないか。だったら宇留志さんが家を出てる時に円さんに頼んでみないか?」

「……天才?」

 小さい声で話しているつもりだったがどうやら全て丸聞こえだったようで、宇留志が微妙に睨みをきかせてくる。でもその後観念したように溜息をついてから言った。

「分かった分かった………アンタらが面倒見るんならええよ………」

 その様子を円と初は笑って見ていた。

 そうやって過ごしているうちに晩御飯は終わったのだった。


**


「円」


「これ、あげるわ」


「なんでって………今日は一緒に住み始めた日やから」


「前欲しそうに見てたなぁ思てな、言うて玩具なんやけど………」


「せやか、喜んでくれてんなら嬉しいわ」


「これからも、よろしゅうな」


「ほな寝よか。おやすみ」




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