第13話 初心者向け「タンパク質の立体構造予測について」
昔はタンパク質の立体構造予測データベース作りをやっていた。
そもそもタンパク質とはなんなんだというと、DNAを設計図として作られるからだの構成要素や道具だと思えばよい。わたしたちはそれらの部品であるアミノ酸を別の動植物から食物として取り入れたり、体内で作ったりしている。タンパク質はアミノ酸からできている巨大分子である。
細胞内でDNAからmRNAというメモ書きのようなものが作られる。それがリボソームという小器官に連れていかれると、メモに書かれた遺伝暗号の通りにアミノ酸がゴリゴリ集められて、つなげられ、一本のアミノ酸の鎖になる。個々のアミノ酸には電気的な力や水の影響を避けて丸まろうとする力がはたらき、グネグネとおれまがって一番自然な形にまとまっていく。これがDNA配列からタンパク質の立体構造が作られる仕組みである。
配列の構成によってさまざまに異なる立体構造ができることになる。そして、立体構造になってはじめてタンパク質はさまざまな機能をもち、体内で道具として使えるようになるのである。DNAやたんぱく質の鎖をチョキチョキ切るハサミの役をしたり、細胞内に選択的に物質を取り入れる門の役目をしたり、からだの構造を支える繊維のようになったりもする。目が見える仕組みも、筋肉の動きもタンパク質の形がかかわっている。
つまり適切に配列を操作すれば様々なタンパク質の構造と機能がデザインできることになるわけだ。つきつめると生物の仕組みが解明できたり、薬をデザインできたりするのである。
では、遺伝子の配列がわかると、あらかじめ出来上がるタンパク質の形=機能を知ることができるか?
答えは「できるけれど、まともにやるととんでもなく時間がかかる」である。どんなに速いコンピュータを持ってきてもバカ丁寧なやりかたをすると太陽系が滅んでも計算が終わらないのである。
そこで考えられたのが似たような既知の構造をあてはめる方法だ。似た配列はだいたい同じように折れ曲がることがわかっているから、そっくりさんをうまく使えばだいたいどんな形か見当がつくようになる。かなり似てないそっくりさんでも出来上がりの形は似ているのでなかなか現実的な方法であると言える。
そこで問題は、形のわかっているよく似たそっくりさんをできるだけ速く見つけることにかわる。これならば、相当でかいものでなければまあまあな時間で答えが得られるようになったのである。これが相同性検索と呼ばれる技術である。
そこまでできるようになると、あとは人間の遺伝子が作り出すタンパク質についてすべて網羅的にカタログを作ってしまおうということになった。これが産総研と各大学が連携してとりくんだSAHGというタンパク質立体構造予測データベースの概要である。人間の場合、設計図(遺伝子)の種類は二万二千個くらいだが、様々な編集が入り、できあがるタンパク質は10万種類くらいになる。現実の精密な構造はタンパク質にX線をぶち当てたり、NMRで計測したりして得られるが、なかなか手間がかかる。なので、それに先だって配列だけから形の予測ができればだいたいどんな機能か予測できることになる。そうなると薬を作ったりするアタリをつけるのに便利なのだ。バイオインフォマティクスとはアタリをつける学問だと思っていただいてかまわない。むやみやたらに進めるとお金と時間がかかってもったいないからである。
私がやったことは科学者のかたと共同でシステムを設計し、データを連係して各計算プログラムをつなぐパイプライン処理だったり、WEBの画面をデザインしたり、分子がぐにゃぐにゃ動くFLASHアニメーションをサーバーで生成したりといったする仕事だ。タンパク質に小さな分子(薬や処理する対象)がからむと構造に変化が生じるので、どう変化したかを動きで見せるのである。
だいたいのところを作ったところで健康を害して途中退場となったが、論文には私の名前も載せていただいた。たぶん、いままで生きていた中で一番面白かった仕事がこれだと思う。いまでもタンパク質構造解析の仕事はもしあればやってみたい分野の一つである。すばらしい方々との出会いの場でもあったし。
タンパク質立体構造予測は世界でコンテストが行われたりするくらい重要な技術である。うまくバカ丁寧っぽくやることで速度を落とさずに精度をあげたり、複数の異なった予測サーバーの結果をマージしてより良い結果を得たりなどといったことがされてきたが、最近はやはり人工知能の天下らしい。人工知能はあんまり好きではないのだけれど無視できなくなってきている。
いい機会なのでかつての自分の仕事を説明してみた。
興味をもってそちらの分野に進んでいただけるかたが増えればうれしいけれども、昔に比べてお金があんまりなくなってきているので難しくはなってきている。
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