第12話 渋谷にて友人と再会 前川忠嘉、宍倉佑二両氏のこと
おさかな料理で有名な渋谷のイタリア料理店にて再会。メニューに時価とあり、鼻血噴く寸前。一尾六千円。ザルに積まれた鮮魚は思いきりよくオーダーしないと食べられない気配がした。
仲間というと思いつく顔である。Red Hatでコンサルタントをされている前川忠嘉氏と、JR東日本から子会社に出向中の宍倉佑二氏である。大学院時代に労苦を分け合った間柄だ。聡明であり、撃てば響く。
ちょっとうるさい店内に最初に現れたのはフットサルで引き締まった前川氏。簡単な挨拶を交わすともう普段通り。寺町先生からシャープなひとと賞賛されるのは見かけの話だけではない。
彼からは人生の様々な局面で助けてもらい、わたしはもっと感謝してもよいのである。最初の会社を辞したときに、彼女がいるにもかかわらずアパートに居候させてもらい、就職活動をした。毎晩、マジックザギャザリングをしたけれども。今回の東京行も以前前川氏が勤めたアトリスと仕事をしているから、間接的にお世話になっているといってよい。
スーツ姿だがすぐにわかる雰囲気の宍倉氏は秀才肌で教養に富む。常識にあふれた良心的タイプである。気づかいができ、動ける人間は周りから重宝されているだろうなという印象。二人の娘の父としては童顔が過ぎる笑顔を向けてくる。外見はあまり変わったという気配はない。たいそう美人な奥方と結ばれて着々としあわせの地固めをしている。予想通り謙遜していたけれども。
乾杯。
みんな遠慮などない。話し、笑い、飲み、食い、たまにおしっこに行く。それが飲み会というものである。大皿の魚料理に歓声があがる。
わたしが語ってから、それぞれの近況をうかがう。
宍倉氏は以前に秋田に遊びに来た後からどうなったのかわからない。細かいことは置いておくが、むかしまとっていた線の細い子供っぽさが、大人の物腰に昇華している気がした。よく聞き、よく話す。相手をきちんと見て、立てた話し方ができるのは、立場が彼を作ったのかもしれない。また、家族を持つとひとには多次元のベクトルが張られるのだろう。人格的に豊かである。なんともうらやましい年の取り方をしているものである。
前川氏は全体的に年相応に老けた。以前よりは立ち上るオーラが少なくなったが、イラっ気がなくなり、また一段といい男になった。思考のスピード感は高まり、もともと非凡だった論理性と気づきの力がさらに研がれた気がした。やはりコンサルとしての成果を自分自身で証明しているのかもしれない。西尾さんのスピード感が周囲の人間を引きずるラグビーのようなパワーであるのに対し、前川氏はつばめ返しとでも言えばよいだろうか。
わたしはどう変わったかといえば、力が抜けたところが大きい。もともと話し好きではあったが、いろいろな話題を彼らに投げかけ、会話を楽しく盛り上げることができていた気がする。気をつかわない相手とはいえ、こういう方向に自分が戻りつつあるのは歓迎すべきことのように思う。メンヘラが自分を暗闇に留めおいていたのだが、なんとなく日差しの光圧を感じるのである。
文章についての忌憚なき意見を聞いてみる。もっとたくさん書いて本を出してほしいと宍倉氏。かれはネガティブなことを言わない。純粋に応援してくれている。アクセスを高めるには入り口の工夫が必要とのこと。前川氏は分析的に見る。誤字脱字もなく、非常に読みやすいとまずはほめてくれた。しかし、パッと見で読みたくなるときと、そうでないときがあるとのこと。その正体が何かまではわからないらしい。ただ、ありがたい意見ではある。
文章への関わり方も指摘を受けた。内容が伴わずに売れることがいいこととは思っていないのに、とりあえずひとに見てもらうことを考えてはいませんかと。ぐうの音くらい出させてほしいのである。
会話が一段落し、お会計をということになった。割り勘のつもりで財布から札を抜き出したのだが、彼らは五千円札一枚しか受け取らなかった。歓迎だからと。一応年長者だし、それは困ると抗議すると、
「中田さんがいい文章を書いて、我々がそれを買ったと思ってください。つまり前払いです。」
と、わたしの予想の上を行く言葉が、ニヤッとした口元とともにやってきた。
こうなってしまったら、もう負けるしか方法はないのである。あたまを下げた。
道玄坂の勾配を、肩を並べて下る。少し暖かいのは気のせいだろうか。宍倉氏と握手を交わし、前川氏と手を握り合うと、滑り込んできたいつもの三軒茶屋が少し明るかった。
ちょっと胃が痛い。
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