第4話 誰でも食べやすいサイズに!
◆
「ハイ! すいません私はダメです! ダメな男です!」
夕食後。
夜勤に出ようとすると、親父がスマホに向かって土下座しているのが目に入った。相手は多分本部の偉い人。
俺が見ているのに気付くと、親父は赤い目をカッと開いて威圧してきた。
肩をすくめ、散らばった請求書を踏みながら玄関を目指す。
家を出ると強雨。
傘を差す前に俺のスマホが震えた。
レイネ:【悲報】明日
?
ああ、明日で付き合ってからちょうど一月じゃないか?
ロックを解いて何か送ろうとすると、先に次が来る。
レイネ:【悲報】明日からハードモード
◆
翌朝、教室に来たシミズは誰に対しても口を
「ベロ消えた?」
彼女の友達が聞いても首を横に振るだけ。
普段なら何か話しに俺のとこに来るが、今日は自席に
だから、クラスの連中は俺の背中を押してシミズの前に立たせた。
「よ」
無言、眉一つ動かさない仏頂面。
「体調悪い?」
首を横。
しげしげ全身を眺めてから俺は結論を出した。
「つまり。すごく機嫌悪い?」
縦。
「そう、今日からの僕は愛想ゼロ。誰のどんな言葉にも気さくに笑ったり、下手を打ってもフォローしたりしない。感情を無くしたの」
「え……」
と、シミズの友達、他には誰も喋らない。
クラスの連中はお互い目配せして、自分の席に戻って行こうとした。
俺は息を吸う。
「じゃあ、後は誰が笑わすかだな!」
「う」
シミズの反応に連中はハッと振り向いた。
教室に活気が戻る。
「一番、人間ポンプやります!」
お調子者が騒ぎ出し、大喜利の始まり。
シミズは毎回ピクピク反応していて、確かにハードそうだった。
◆
その日以来俺は自分からシミズに絡みに行くようになる。
「
「今日頭スゴいな、鳥の巣じゃん」
「朝からニンニクかよ、歯磨けば」
返事はいつも素っ気ない。
「今日からは三時間しか寝れないから」
「アイロンかけ無きゃこんなもんだから」
「もう気にしないから」
誰に対してもそんな感じ。
シミズの周りは急速に静かになっていく。
六時のサイレンが鳴ったかのように皆彼女の元を去り、そのまま戻らない。
そして俺一人になった頃、シミズは背が高いだけのどこにでもいる女子になっていた。
◆
「いらっしゃいませー、あ」
「大丈夫か、この辺治安良くないだろ?」
「……や、
「危ないよ」
息を整えると、彼女は誰もいない店内をぐるっと巡り出す。
「何か用」
「買い物に決まってるじゃん」
「わざわざうちに?」
返事は無くて、レジの前に来ても手ぶら。
「シミズ、聞いていい? 前から思ってたんだけど……」
「一つ」
彼女の白くて長い人差し指が天に向かって突き立てられる。
「聞きにくいこと教えてくれたらいいよ」
「何?」
「サパタくん、いつも平気な顔してるよね。クラスのみんなからバカにされても、僕と無理矢理付き合うことになっても、僕が嫌な奴になっても、泣きボクロが飛んでいくのを見ても、いつも同じ顔。どうして?」
レジを隔ててシミズの真顔からはどんな表情も読み取れない。
「大人だから」
「いつ大人になったの?」
俺は足元を見ながら言葉を考える。
「うちの親父は悪い奴じゃないけど怒ると必ず手を上げるんだ。母さんでも、俺相手でも。十一の時、うんこ漏らして早退した日の晩、妹が俺をからかった。『おい、うんころ餅』、頭に来て俺は妹を殴った」
「それで?」
「母さんが妹を連れて家を出てった。俺は思わず『親父はいいのに俺はダメなのかよ』って聞いた。母さんは『お前の中に父さんがいるのに耐えられない』と。それから俺は少しもカッとしたり泣いたりしなくなった」
「……」
シミズは黙りこくり、しばらくしてから口を開いた。
「なんだ、ビニ弁彼女に暴力彼氏か。お似合いだったんだ、私達」
「俺はもう誰も殴らない」
そう言って顔を上げると、彼女はもういない。
◆
「やあ」
その三日後の練習中、シミズはフラッと現れた。
顔は青ざめて足取りは
俺はギターを放り、彼女に駆け寄る。
「今日で最後なのか?」
俺に抱えられて胸元から「そう」とか細い声。
「前の、教えてくれ、シミズのこと。何が好きで何が嫌いで、何が辛くて、何に
「違うよサパタくん」
彼女は
「美味しくなって新登場。ステルス値上げ。シュリンクフレーション。これはみんなが望んだことなの」
視界の隅でVo.が手を大きく振った。
俺を置いて練習が再開。
「そのまま値上げしたら誰もが他の商品を買う。だから容量を減らしても同じだと言い張るしかない」
カウントが終わり、Ba.が弓を引くと
激しく打ち鳴らされる
この曲は。
「いや。容量が多いと、カロリーが多いから食べきれないから、と避けられてさえしまうかも」
『テゴンドルジ将軍』、モンゴルでは誰もが知ってる名曲。
「シミズ……」
将軍は遠くカザフの
Vo.が深く息を吸い、その哀切を
「変わらないままだったらもっと早く倒れていた。その時はサパタくんも『ふーん』と伏した僕を通り過ぎていたことでしょう」
ンン゛ユ゛エ゛ェェェェェェェェェェェェェェェェーーーーー
「わかる? 全部必要性があってこうなったんだよ」
オ゛ヨ゛エ゛ア゛ァァァァァァァーーーー
イ゛ヨ゛ョョョン゛ァァーーーー
「俺と付き合うことも必要だったのか?」
ア゛ア゛ァァァア゛ア゛ァァア゛ーーーー
ヤェリヤェリヤェリヤェリヤェリヤェリヤーーーー
「ごめんね」
俺はシミズがどこにも行かないよう強く抱き締めた。
ウ゛ユ゛ュュイ゛ィイ゛ィイ゛ィィイ゛ィイ゛ィィィィィィーーーー
◆
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