28日目 「会議はラストダンスを踊って」

 校舎の端にある、使われていない空き教室。

 その中央に並んだ机ふたつ。そこにアリスとリノが座っている。


 やがてガラガラと戸が開いて、愛海の手を引いたルイが入ってきた。


「ちょうどそこで愛海ちゃんと会ったから、連れて来たわ」


 言いながら、教室内を見渡す。


「……それにしても、ずいぶん大胆になったものね。

 校内でこんな堂々と……」


「ま、いーんじゃない。明後日にはどうせみんな、あたしたちのことなんか忘れちゃうんだし。

 目立たずすぐに集まれる場所としては、悪くないでしょ」


 教室のカギを手でもてあそびながら、リノがそう言う。


 ルイはさらに机をふたつ運んでくっつけ、昼休みの仲良しグループがやるように田の字に並べた。


 アリスの向かいの席にルイが腰を下ろすと、愛海も落ち着かなさげにキョロキョロしながら、それにならって隣の席につく。


「あ、愛海ちゃんは学校にはあまり慣れてないもんね。

 ……で、あとは……」


「お姉ちゃんはちょっと別の用事があって、

 マリーっちは……登校もしてないみたいだし、まぁいいんじゃないかな~。

 とりあえずこのメンバーで」


 リオがそう言うと、待っていたようにアリスが口を開いた。


「ええ。打ち合わせは入念にしておく必要があります。

 私たちの再転生はいつでも出来ますが、彼――入枝和仁の転生は“近界点”の日でなければ難しい。

 明日を逃せばまた数年、下手をすれば数十年待たねばならない。

 “宵月卿”メトリオ・リンクスの直系の子孫とは言え、基本的にはこちらの世界に存在が紐づけられていますから」



 “宵月卿”――300年前に数々の伝説を残した、類まれなる力を持った星術士。

 より正確に言えば、近代星術を体系化し、星術士の祖となったのが彼だ。

 天空から飛来した隕石から生まれたなどという伝承もあり、およそ世界でその名を知らぬ者はいない英雄的存在である。


 そんな彼であったが、自分の力を軍事的に利用しようとする権力者たちの争いに嫌気が差し、異世界に転生する術式を完成させると、自ら最初の転生者となったと伝えられている。



「異世界にまで逃げるなんて、どんだけイヤだったんだって話よね~。

 なんでそこまでするかなぁ、メトリっち」


「散逸した文献と、触媒に使用した月片の残骸から、300年かけてそこまで術式を解析して転生先を特定するほうもするほうだけどね」


「……ルイっちも、その研究当事者の一員じゃん」


「国から予算が出るからよ。お金がなければ研究はできない。得られる知識と技術に善悪はないわ。

 あと、凡人たちでも300年かければどんな天才にも追いつけると証明できた」



 しかし、“宵月卿”が自らに施した術は、単に異世界に転生するだけではなかった。

 自分の力が直系の子孫に受け継がれてしまうこと、そしてやがて転生先の世界まで自分の力を求めてくる者がいることまで想定していた彼は、自らの力に封印を施したのだった。



「――“宵月卿”の力を引き出せるのは、彼の子孫が心から愛し、信頼する異性のみ」


 アリスが詩歌を暗唱するようにそう言うと、ルイがうなずく。


「今までは正直『なんだそりゃ』って思ってたけどね、2年間あんたらと付き合って考えが変わったわ。

 これ以上なく現実的で的確なセキュリティよね。

 ……てか、異世界人であるあたしらが心から愛されるかって時点で、相当ハードル高いじゃない」


「そうかな~。

 本当に力を封じたかったんなら、現地妻とやることやって子供なんか作らずに、さっさとひとりで死ねば良かったじゃん。

 なんだかんだ言っても人はね、いちど手に入れたものは捨てられないの。もったいなくって」


 ルイはリノの言葉は無視して、アリスに向かって言った。


「……で、こないだも聞いたけど、具体的には?」


「明日……転生の儀式の直前に、入枝くん自身に選んでいただきましょう。

 私たちのうちの誰となら、いっしょに転生してもいいと思えるか。

 たとえば、相手の結婚式の当日や、死が迫った局面など……殿方は、そういう土壇場でないと本音を言ってくれないものだそうですから」


 すました顔で堂々とそう言うアリスに、ルイは手で顔を覆った。


「はー、最後はけっきょくコレよ。皇族お得意のざっくり施策。

 それを具体的で実現性のある計画にするのに、官吏たちや星術院がどれだけ苦労してるか……」


 ブツブツとぼやきながら、ルイはふと思い出したように隣に座っている愛海を見た。


「そう言えば……前から聞こうと思ってたんだけど、愛海ちゃんって、どこの派閥の人なの?」


 その言葉に先に反応したのは、向かいのリノのほうだった。


「えっ、星術院の関係者じゃないの? 交流あるみたいだったし、てっきり……。

 幼馴染どころか、転生先に“義妹”を選ぶなんて、ずいぶんチャレンジングだな~って思ってたけど」


「商会でもない……?

 だって愛海ちゃん、他の女たちを彼から遠ざけるためにひそかに動いてたりしてたし、あたしたちと同じ皇国サイドの人間だとばかり……。

 マリー“先輩”みたいに、どこかの属領の公女とか?」


 アリスが黙って首を振る。


 愛海を除いたその場の全員の視線が、愛海に集中した。

 

 愛海は、おずおずと口を開いた。


「瑠衣さんも、他の人たちも、さっきから何を言ってるの……?

 明日、誰がお兄ちゃんにバレンタインチョコを渡して告白するか、っていう話なんだよね……?

 派閥とか、転生とか、いったい何の話……?」


 高校の制服を着た他の3人の顔を順に見渡しながら、愛海は言う。


「お兄ちゃん、あれから家でもほとんど口きいてくれなくって、

 でもせめて、チョコだけでも渡したくって、

 直接だと受け取ってくれないかもしれないから、

 今日のうちにコッソリ学校の机に入れておこうと思って……」


 今にも泣きそうな声になりながら話す愛海の視線が、ルイのところで止まる。


「そうだ……瑠衣さんは、2年ぐらい前に、突然ご近所の家に『娘だ』って言って現れて……

 わたしも似たようなものだし、よそのご家庭のこと、深く突っ込んで聞いちゃダメだって思ったけど……

 でもお兄ちゃんが、小学校からの幼馴染だって言うから……あれ……?」


 困惑しながらも、ルイを見る愛海の表情が、みるみる不審の色に染まっていく。


 リノが咎めるようにルイに目配せをする。


「……だって、“こっち側”だと思ってたから、最近は術の更新してないもの!」


 天に輝く六つの月を媒介として発動する星術は、当然こちらの世界では使えない。

 使えるのはただ、月から地上に降り注いだ隕石のかけら――“月片”にあらかじめ組み込まれた術式のみであり、持ち込んだその数には限りがある。


 ガタッと椅子を揺らし、愛海は勢いよく立ち上がった。

 そのまま数歩あとずさる。


 不気味なものを見るような目で、愛海はルイやアリスたちを見つめた。


「あなたたち、いったい何……!?

 お兄ちゃんに何をしようとしてるの……!?」


 叫ぶなり、彼女はクルリと踵を返し、教室の外へと駆け出した。


 あわてて後を追おうとするルイに、アリスは身動きもせず座ったまま、静かに言った。


「ほうっておいてかまいませんわ。明日の深夜には私たちは転生します。

 この世界の中で、女の子たったひとりに何ができるのか、私たちがいちばんよく知っている。

 術の助けもない彼女だけでは、何も止められないでしょう」





 ――あと2日。

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