26日目 「放課後の恋バナみたいな」
アリスは、夕陽が差し込む窓辺に腰かけて、すました表情でガラスの向こうを眺めている。
目鼻立ちの整った横顔に、光に透ける長い睫毛――まるで絵画のような光景だ。
場違いなのは、そこがファーストフードの店内であることだ。
「……今日は、ずいぶん珍しい場所に呼び出すのね」
白い封筒を手にした瑠衣が現れた。
「ええ。先日、入枝くんに誘っていただいて……
せっかくですから、最後にもういちど来ておきたくて」
瑠衣は、アリスの真正面からひとつズラした斜め向かいの席に腰を下ろして、軽く溜息をついた。
「前から言ってるけど……その喋り方、まだ世間から浮いてるわよ。
そんなJKいるわけないから。もう少し勉強したら?」
スクールバッグと、脱いだコートとマフラーを空いた隣の席に置きながら、瑠衣はそう言った。
アリスは平然とした顔で答える。
「さすがはお勉強好きの才女さん。でも私はこれでいいのです。
そのほうが、彼の印象にも残るでしょう?」
「悪目立ちして好きになってもらえるんなら、苦労しないけどね」
荷物を置いた瑠衣がちゃんと座り直したのを見てから、
アリスは真面目な表情であらためて話しはじめた。
「――この2年間、私たちは敵対勢力から彼を守るため、一時的に手を結んできました。
最終局面に向けて、正式に協定破棄ということでいいのかしら?」
何を今さら……と瑠衣は思った。
敵国だけでなく、水面下でお互いに牽制しあって、彼との仲が進展しないよう工作してきたことは周知の事実だ。
だから、2年も時間をかけたというのに、この体たらくなのだ。
「ええ……ここからは、どちらの陣営が彼を手に入れるかの勝負です。アリス皇女」
「こんなところで、その呼び方はやめてくださいな」
「そうね、周囲に聞かれたら馬鹿だと思われるわね」
「あなたの口調も、少し地が出ていますよ。――星術院首席、ルイさん」
ルイは、軽くアリスをにらむと、無言でスマホを取り出して操作しはじめる。
その様子を見て、アリスは言う。
「……あなたやリノさんはすごいわね。
その小さな道具や、お店の計算機とか、私にはちっともわからないわ」
「こんなの、ただ指を動かしているだけで、特別なことをしているわけじゃないわよ。
一から作れと言われれば無理だけど」
話しかけるアリスに対して、画面に指を滑らせつつ答えるルイ。
何も知らない周囲からは、仲の良い女子高生同士が雑談しているようにしか見えないだろう。
(でも、もし彼の力が得られなくったって、
今回持ち帰った知識を元に研究を進めていけば……
50年もあれば実現してみせるわ。きっと、必ず……)
クーポンを設定し終わると、ルイは注文のために席を立った。
少しして、ホットココアとフライドポテトをトレイに乗せて戻ってきたルイは、ポテトの入った袋をアリスのほうに向けて尋ねる。
「……あんたも食べる?」
不思議そうな顔をして首をかしげるアリスを見て、ルイはまた溜息をつき、再び席を立った。
しばらくして、レジからプラスチックのナイフとフォークをもらってきたルイは、それをアリスに差し出す。
「ありがとう」
自分の前に置かれたポテトを小さく切って口に運ぶアリスを見ながら、ルイは言った。
「そう言えばあんた、カバンとか上着とかは?」
「駐車場に停めてある、家の車の中ですわ」
「……あんたを令嬢だと思いこまされてるだけで本物の召使でもないのに、
ナチュラルに人を使役するよね、あんた。
さすが皇族だわ……」
「私は、自分にできることとできないことをわきまえているだけです。
それに、皆さん、お優しいので」
(たぶん会計もやってもらったんだろうな……)
アリスの前にあるドリンクとバーガーの包み紙を見ながらルイがそんなことを考えていると、今度はアリスのほうが話を切り出す。
「ところで、ルイさんのほうは、何か進展でもあったのですか?」
それを聞いたルイは、一瞬顔を曇らせ、それから愚痴るように話しだした。
「ここ数日、なんかとてもそんな雰囲気じゃないんだよ……弁当も残してたし……
何があったか聞けないけどさぁ!」
そしてまた、アリスに厳しい目を向ける。
「……てかあんた、何か変なコトしてないでしょうね?」
「私も、このところは“近界点”に向けての準備にかかりっきりでしたし……」
ルイはテーブルに肘をつき、頭を抱える。
「あー、“幼馴染”なんて設定にしなきゃよかった……。
中途半端にいろいろ家庭のこととか聞いちゃっただけに、踏み込みづらいんだよなー」
「自分でその立ち位置を選択されたのでは?」
「……『先行逃げ切り』がいちばん可能性があると思ったからよ。
彼にはちょっと気の毒だけど、そういう複雑な記憶改竄は星術士の領分だし。
あたしも、自分の向き不向きはわきまえてるから」
――こういう場合にはきっと、自分のように頭で考えて動く女ではなく……。
愛玩人形のような不思議な魅力で、ただそばにいるだけで現実の辛さを忘れさせてしまう、そんな女の子のほうが……。
(そういうものを天然で持ってるくせに、このお姫さまは……
幸か不幸か、その使い方をぜんぜんわかっていないんだから)
ルイは、目の前のアリスに向かって、少し意地悪く聞いてみた。
「……あんたこそ、あたしに勝てるような秘策でもあるの?
ずいぶん余裕みたいだけど」
「ここまで来てしまえば、もう足掻いても仕方ありません。
ひとまず転生にさえ合意していただければ、
あとは私たちの世界でゆっくりとあらためて親交を深めていけばいいだけですわ」
「いやいや……いくら彼でも、そんなこと言われて、
ホイホイ別の世界にまでついてきてくれるわけないでしょうが……
あんたのその自信はどっから来るのよ……」
アリスはまた、不思議そうに小首をかしげて言った。
「恋愛というものは初めてなのでわかりませんが……
『相手が自分を好きになってくれないかもしれない』なんて、
そこを疑っていては何も始まらないのではありませんか?」
「あたしだって初めてだけど……
だから、初めてのくせになんでそんな上から目線なんだっつーの」
アリスは、さらに「?」という顔をしてルイを見る。
「ルイさんのほうが座高は高いので上から目線ですよ?」
「そーゆーことじゃないし!
あと座高じゃなくて身長が高いの!」
思わず大きな声を出してしまい、ハッとしてルイは周囲を気にする。
数人の客がルイたちのほうに視線を向けたが、むしろそれはファーストフード店では珍しい光景ではなかったのだろう。すぐに何事もなかったかのように目をそらした。
ルイは少し赤面して咳払いすると、真剣な表情になり、声のトーンを落として言った。
「とにかく――彼はあなたには渡さない。
あなたたち皇族にこれ以上の力を持たせることは、国家のためにならないわ」
アリスはルイの視線を真っ向から受け止め……そして、微笑んで言った。
「あなたのそういう正直なところ、私はとても好き」
予想外の反応に虚をつかれ、一瞬口ごもってしまったあと、ルイは小声で吐き出すように言った。
「……正直なわけないじゃない。
こんな、毎日ずっとウソばっかりついて……!!」
苛立ちを隠すことなく、ルイはそのまま乱雑に荷物を抱えて席を立った。
去っていくルイを見送ってから、アリスは自分の前のトレイに目をやった。
「……このフィッシュバーガーとフライドポテトも好きになりました。
私たちの世界でも作ってもらえるかしら?」
――あと4日。
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