20日目 『血は水よりも』
帰宅した和仁が自室のドアを開けると、体操着姿の妹がベッドに寝転がってマンガを読んでいた。
「あ、お兄ちゃん、おかえりなさーい」
あいさつがわりのつもりか、マンガを手にしたまま両足をバタつかせる愛海。
なぜか半袖に短パンという夏仕様なので、白いふとももがベッドの上で跳ねる。
「6時限目、体育だったのか? 着替えなきゃ部屋が汚れるだろ」
文句を言うと、愛海はマンガを置いて起き上がり、
名前入りのゼッケンが縫い付けられた上着の裾を引っ張ってみせた。
「これ、洗濯したてのやつだよ? ほら、この体操着姿のわたしもそろそろ見納めでしょ」
「お前は兄を何だと思ってるんだ。なんで妹の体操着姿を見たがると思うんだよ……?」
呆れたように和仁がそう言うと、愛海は少しうつむいた。
「それは……いくらわたしでも、部屋の中でスクール水着を着てるのは、
さすがにちょっとないかなって思ったから……」
「………………」
とうとう無言になった和仁に、愛海は懸命に訴えかける。
「わたし、もう15歳だよ。春から高校生だよ」
「だから、合格できたらな」
「ゲームとかだったら勇者として目覚めて旅立つ歳だよ」
「勇者の血を引いてたらな」
ベッドを降りた愛海は、和仁へと歩み寄る。
……普通の兄妹の距離から、さらにもう1歩。
「――ねえ、だから、もういいんじゃないかな?」
「何が? 勇者として旅立つの?」
「ちーがーうー!」
幼い口調から一転して、愛海は大人びた真剣な表情で和仁を見つめる。
「もうそろそろ、わたしのこと、ちゃんと女の子として見てよ……?」
「いくつになろうと、お前は妹だ」
「本当の兄妹じゃないでしょ……!」
和仁は、少しきつい口調で、愛海に向かって言う。
「お前、そういうこと……
父さんや揚子さんの前ではぜったい口にするなよ……!」
「お母さんは関係ないもん!」
見る見るうちに、愛海の大きな瞳の端に涙がたまりはじめる。
「ずるいよ……!
自分たちは、あたしが小さい頃に勝手に結婚したくせに……!
どうしてわたしは、好きな人に好きって言うことさえ許してもらえないの?」
和仁が何も答えられずにいると、愛海はそれ以上は何も言わずに、
見せつけるように涙だけぬぐうと自室に駆け込んでいってしまった。
和仁は大きく溜息をつくと、ベッドに倒れ込んだ。
――かすかに愛海の匂いがした。
もちろん、愛海の気持ちには以前から気が付いていた。
他人の好意から思わず逃げ出したくなる癖がつくわけだ、と思う。
これがただのクラスメートとかなら、しばらく気まずい程度ですむだろう。
けれども愛海とは、この先どこまで行っても兄妹なのだ。
「いったい、どうしろって言うんだよ……」
――あと10日。
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