19日目 「i'm lovin' it」

「お帰りですか、入枝くん」


 下校時、昇降口にひとりでたたずんでいたアリスは、静かに微笑みながらそう言った。


「週末、警察の方と少し悶着がありまして……

 その際に、相手の都合を考えずに連れ回したりつきまとったりするのは、

 ストーキングという犯罪で良くないことだと教わりました」


 そしてまた、小首を傾げるいつもの仕草で和仁を見つめる。


「……ですから今度は、入枝くんから誘ってくださいな」


 いつの間にか後ろにいた瑠衣が、溜息をつく。

 

「行ってきたら? 一度ちゃんと話をしないと、いつまでも退かないでしょ、彼女」


 弁当の包みを奪うように受け取り、瑠衣は早足で立ち去っていく。


 和仁は覚悟を決める。ふたりの言うことも、もっともなのだった。





「迎田さんは……」


「アリスでいいですわ。

 瑠衣さんのことは、そんなふうに呼ぶのでしょう?」


 全く他意を感じさせることなく、無邪気に彼女はそう言った。


「……アリスは、こういうとこ、初めてだったりする?」


「ええ、初めてです」


 場を和ませる冗談のつもりだったが、まさかの肯定で返され、和仁は少し困惑した。

 全国どこにでもあるバーガーチェーンに入ったことがないというお嬢様が、本当に実在するとは……


 アリスの好みを聞きつつ、単品のフィッシュバーガーとドリンクを注文してやり、

 自分はダブルチーズのセットを頼んだ。


 初めてだというフィッシュバーガーに、アリスはそっと口をつける。

 その仕草じたいは上品だが、何だか幼児や小動物を見ているようだと和仁は思った。


 その姿に見とれそうになっている自分に気づき、和仁はあわてて切り出す。


「あのさ……なんで俺なんかのことをそんなに気に入ってくれてるのかわからないけど、

 俺はやっぱり、アリスのことを好きとかそういうふうには考えられなくて……

 いや、もちろんアリスに魅力がないとかいうわけじゃなくって」


 しどろもどろになりながら、何とかアリスを傷つけずに伝えようとする。


 しかしアリスは、不思議そうな顔をして和仁のほうを見て、

 それからゆっくりと、かじったハンバーガーを咀嚼して飲み込み、口元をぬぐってから言った。


「ええ。そんなことは最初からわかっていますわ」


「……え?」


「ですから、ずっとお伝えしているつもりなのですけれど……

 私は――これからあなたに好きになってほしい。

 あなたに私を選んでほしいのだ、と」


 言いながらアリスは、ドリンクを両手で持ってストローを口にし――少しだけ眉をひそめた。

 炭酸だとは思っていなかったらしい。

 ドリンクを置いて、アリスは続ける。


「……私は、生まれてから今まで、誰かに好かれたいと思ったことがないので、

 おかしなことを言っているのかもしれません。

 でも、こういうことは、お相手の気持ちが大事だそうですから」


 アリスは、テーブルの上に置かれた和仁の手に向かって自分の手を伸ばし、触れ合う少し手前で止める。


「私を好きになってください。こんなことを願うのは初めてです。

 初めてなので、もっと私にそのやり方を教えてください。

 ……これも、おかしなことでしょうか?」


 彼女は真剣な表情で和仁を見つめ……それから、くすっと笑った。


「……ああ、そうでした。こうやって圧をかけるのも良くないそうですね。

 “ヤンデレ”だとか、そういうものになってしまうのだそうで……

 これは本で読んだのですけれど」


 ――和仁がしばらく相手をしなかったせいだろうか、彼女の参考書のチョイスは、

 どうやら少しおかしな方向に進んでいるようだ。


「無理強いしたりはしませんよ。

 入枝くんは、じっくりと考えてくださればいいのです」


 それからアリスは、最後にこう付け足した。


「時間は、あまりないかもしれませんけど」





 ――あと11日。

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