17日目 「理論と実践とその障害」

 瑠衣は、駅前のショッピングモールで和仁を待っていた。

 約束の時間にはまだかなり早い。


 土曜日の昼下がり。行き交う人々は誰も彼も、心なしか楽しげに見える。

 同年代の女子が通りがかるのを見るたび、不安が込み上げてくる。


(服、これで大丈夫だったかな……)


 いつものことながら、自分がとても場違いでみっともない格好を晒しているのではないかと不安になる。


(だから学校の制服って、ありがたいんだよね。

 ただでさえセンスに自信なんてないのに、さらに相手の好みを察して合わせなきゃいけないとか難度高すぎ)


 またネガティブに傾きかけた思考を、瑠衣は振り払う。

 どうせなら、この機会に他の女の子たちのファッションを学べばいいのだ。

 自分と雰囲気や体型が近そうな子を探しては、自分の服と置き換えて想像してみる。

 ついでに自然といま着けている下着のことまで考えてしまい、瑠衣はひとりで顔を赤くした。


(いや……それはさすがにまだ早いでしょ。

 ……いちおう、覚悟はしておくけど……)


「――瑠衣」


「ひゃっ!?」


 考え事に気を取られていた瑠衣は、和仁が近づいてくるのに気づかず、

 呼び掛けられて素っ頓狂な声を上げたのだった。





「――昨日も言ってたけどさ、自分の好きなお弁当箱選んでよ。

 洗い替えもあったほうがいいし、お箸だって使いやすい長さとか太さとかあるでしょ」


 昨日とっさに考えたにしては、我ながらいい口実だったと瑠衣は思う。

 これからもお弁当を用意してあげることが既定路線になるし、

 一度こうやって「休みの日に一緒に出掛ける」というパターンを作ってしまえば、

 来週だって自然に誘うことができる――


(いやいや、何を悠長なこと言ってるの。今日決めるぐらいの気持ちで行かなきゃ……!)


 チラッと横目で和仁のほうをうかがう。

 彼は、売り場と反対の方向をじっと眺めていた。


「……どうかした?」


「ん? ああ、いや、何でもない」





 ――さすがにこの状況で他のことに気を取られるのは人としてどうか、

 というぐらいのデリカシーは和仁も当然持ち合わせている。

 しかしそれどころではないのは、先ほどから柱や陳列棚の陰にチラホラと、

 猫耳のついた黒い帽子が見え隠れしているからだった。


(パトロールのおかげか、あれから見かけなくなったと思ったのに……!)





 ――キョロキョロと落ち着かない様子の和仁を見て、瑠衣は思う。


(まぁ、そんなもんだよね。別に恋人ってわけじゃないんだし。

 休日に呼び出されて買い物に付き合わされて、退屈もするよ)


 和仁が選んだ弁当箱と箸箱を半ば強引に奪うようにして、レジに持っていく。


(あぁ、感情的になってるな、あたし。

 ……こんなの、よけい好感度下がるだけなのに)


 精算を終え、無造作にレジ袋に入れられた品物を、和仁に差し出す。


「えっと……金出すって言うとたぶん嫌がると思って言わなかったけど」


「うん。あたしが勝手にしていることだから」


「だからさ、このあと何か奢るよ。なんでも瑠衣の好きなもん食っていいぜ」


 それは、まったくシミュレートしていなかった言葉だった。

 瑠衣は考えるふりをして下を向き、顔を隠す。


「そう? じゃあ、何にしようかな……」


「……あ、あそこのケーキ屋以外で」


「うん、あそこ以外でね」


 思わず笑ってしまいながら、瑠衣は答えた。

 

 周囲の目を気にして相手に合わせて、他人の一挙手一投足に感情を乱されたり。

 以前だったら、そんなことイヤでたまらなかったはずなのに。


 そんなにも変わってしまう自分が、少し怖い。


(――和仁くんのせいだよ)





 ――あと13日。

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