16日目 「誰かの不安は誰かの勇気で」

 弁当作りもこれで3日目になる。

 こうしてみると、明日は土曜日で作る必要がないのが、少し残念でもある。

 食べてくれる相手がいるだけでこんなにも違うんだ、と瑠衣は思った。



『これ、ありがとな。洗って返すよ』

 

『それだと明日、別のお弁当箱がいるじゃん』


『……え、明日も作ってきてくれんの?』


『まぁ、べつに大した手間じゃないから』



 最初の日にそういうやり取りがあってから、帰りのバスの中で和仁から空になった弁当箱を受け取る流れが、

 どちらからともなく出来つつあった。


(……にしても、感想ぐらい言えっての)


 それでも、勇気を出してやってみて良かったと思う。

 結果的に、自然に声をかけたり、一緒に登下校する機会が増えた。


(彼女らもあんだけ好き勝手やってるんだから、あたしももう遠慮しなくていいよね)


 はたしてアリスのほうは、瑠衣の動きをどう思っているのだろう。


(……たぶん、最初から相手にもしていないんだろうな)


 瑠衣は、アリスの言動や振る舞いを思い返してみる。


 生まれながらにして人の上に立つ側。

 自分が誰かと同じ条件の戦場で争うなどと、これまで想像したことさえないのだろう。

 嫌味や傲慢ではなく、それが当然の立場として。


 人は容姿や財力じゃなくて中身だと言い聞かせてみても、では自分の中身は、

 彼女のあの無垢な純粋さよりも価値のあるものなのだろうか――そんなふうに心が折れそうになる。


 バスがブレーキをかけ、よろけた瑠衣は和仁に軽くぶつかり、とっさに和仁の制服のそでを掴んだ。


「あ……ごめん」


「いや、いいけど。大丈夫か?」


(……うん、今のは良かった。偶然だけど)


 そうだ、いま彼の隣にいるのは自分だ。何を不安になる必要がある。



 バス停を降り、日が暮れかけて薄墨をかぶせられたような通りを並んで歩く。

 もう残された日数は限られている。来月の14日まで、週末はあと2度しか回ってこない。


 幼馴染という立場のメリットもデメリットも最初から承知の上だ。

 瑠衣はいつも、何が有利で何が不利か、打算的に考えて生きてきた。

 ……なのになぜ、ただ一度の失敗の可能性が、こんなにも怖いのだろう。


 あと何十歩か――あそこの角で別れるまでに言えなければ、

 貴重な残り時間のうちの2日間が無為に過ぎてしまうのに。


 どちらからも特に言葉を発することなく、ふたりは黙ったまま歩いていた。

 分かれ道に差し掛かったとき、和仁がふと立ち止まった。


「あのさ……」


「……え?」


 話すきっかけを探っていた瑠衣は、出鼻をくじかれてしまう。

 和仁はそんな瑠衣の様子にも気づかず、少し目をそらしながら言った。


「……弁当、うまかったよ。わざわざありがとう」


(…………!)


 瑠衣は不意に気づいた。

 彼もそれを言おうとして、でも照れくさくて言い出せなかったんだ。

 いつから? バスの中から? それとも、もしかしたら……この3日間、ずっと?


 思わず笑いが込み上げてきた。

 少しぐらい顔がニヤケたってかまいやしない。その勢いのまま、瑠衣は言った。


「ねえ、明日ちょっと、買い物に付き合ってくれない?」





 ――あと14日。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る