15日目 『決戦の日はもう近く』
風呂から出て、タオルで髪を拭きながら部屋を開けると、
部屋の真ん中にちょこんと妹の愛海が座っていた。
「お邪魔してます、お兄ちゃん」
「……ようやく、返事を待ってから入ってくることをおぼえたと思ったのに……」
「こないだはね、部屋の電気が消えてたから。寝てたら悪いなと思って」
「勝手に入るのは悪くないのかよ」
「お兄ちゃんのいるところ、妹はどこにでも現れるの」
愛海は、どこからか小さな折り畳みテーブルを持ち込んで、
ふたり分のマグカップと菓子皿を並べていた。
「お父さんが買ってきてくれたんだよ。
お兄ちゃんも好きだったでしょ、ここのケーキ」
「うん、まぁ……そうだったんだけど」
見覚えのある包み紙を見て、和仁は歯切れの悪い答を返す。
「どうかした? ……あ、バレンタインに向けて、今から甘いもの断ちしてるとか」
「なんだよ、それ」
「ご期待にこたえて、今年もいっぱい用意してあげるからね。
お兄ちゃんのチョコの好みは、わたしがいちばんよく知ってるんだから
お兄ちゃん、今年は高2だし、学校でも貰うかもしれないけど」
アリスの顔が脳裏をよぎったが、とりあえずそれは置いておくことにして、和仁は聞いてみた。
「学年って関係あるか?」
「だって、来年の今ごろは大学受験でしょ。
それどころじゃなくなるし、恋人になってデートとかするにしても、早いほうがいいし」
(そういや、瑠衣もそんなこと言ってたっけな)
愛海が、フルーツケーキを乗せた皿を和仁の前に差し出した。
和仁がそれを好きだと言ったのはずいぶん小さい頃の話だが、
父親はいまだに和仁には決まって同じものを買ってくる。
「クリスマスに勝負に出れなかった女の子にとって、
バレンタインは最後のチャンスなんだから。きっとみんな必死だよ」
自分の好物のレアチーズケーキをフォークで口に運びながら、愛海はそう言った。
「そこまで好きなんだったら、べつに行事なんか気にしなくていいんじゃないか」
「あのね。いちど決まっちゃった関係を変えようと思ったら、
普段の日常から離れた“いつもと違う日”が必要なの」
愛海は、フォークをカチャリと皿の上に置き、真剣な調子で和仁に向かって言った。
「そうでないとね、いつものように朝起きて、いつものように挨拶して、
そんないつも通りの同じ毎日が、ずっと続いちゃうだけだから。
……そんなの、いやだもん」
妹の視線から目をそらして、和仁は壁のカレンダーに目をやった。
今年に入って最初の1枚目も、もう残りはあと1日だ。
――あと15日。
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