14日目 「焦げた卵焼きは自分のぶんに」
朝の登校時に瑠衣が、『昼休み、校舎裏に来い』と小声でボソッと告げた。
校内でスマホの使用は禁止されているため(あまり厳密に守られてはいないが)、
和仁は4時限目が終わると同時に直接それらしい場所へと向かう。
少し前までは屋外で昼休みを過ごす者もいたが、高校生ともなれば『子供は風の子』と言われる歳でもなく、
制服のブレザー越しに寒風が突き刺してくる真冬の今となってはもう、生徒たちの姿はない。
ほどなくして瑠衣が現れた。チラチラと周囲を気にしている。
「こんな所で何の用だよ、瑠衣。イジメか、カツアゲか?」
「……してほしい?」
少し怒ったように答えて、瑠衣はオリーブ色のランチクロスにくるまれた包みを和仁の前に突き出した。
「学食じゃもう落ち着いて食べれないでしょ。
ふたりぶん用意するのも、たいして手間変わんないから」
「これってまさか……弁当? 瑠衣が……?」
「爆弾にでもしとけばよかったかな」
そう言い捨てて、瑠衣はクルリと背を向けた。
「これ、どうすんだよ」
「どっかそのへんで食べればいいじゃん。寒いからあたしは教室帰る。
……自分が作ったやつ、目の前で食べられるの、なんか恥ずかしいし」
瑠衣が小走りで去っていくのと入れ違いに、反対側の校舎の陰からひとりの女生徒が姿を見せた。
メガネをかけたその女生徒――海馬万莉は、少しバツの悪そうな顔をしながら和仁に近づいてきた。
「あ……海馬先輩」
「悪いね。盗み聞きするつもりは――」
そこで万莉は言葉を止めて、小さく笑った。
「ごめん、多少はあったかも。
あんな甘酸っぱい会話されてたら、そりゃ聞くよね。しかも顔見知りだし」
万莉は冗談っぽくそう言った。
あの後どうなったのか気にはなったが、さすがに直接聞くのはためらわれた。
しかし万莉の表情は、どこか吹っ切れたように見える。
「先輩は、こんなところで何してるんです?」
「そうだね……」
万莉はそう言いながら、何の変哲もない灰色のコンクリートの校舎の壁に、指先で軽く触れた。
「今のうちに、校舎を記憶に残しておきたくて、かな」
その言葉で、和仁は気づいた。
もうあとひと月もしないうちに、3年生は卒業してしまうのだ。
「……やり残したことを片付けておかなくちゃね」
眼鏡の向こうで万莉は、遠くを見るような瞳でそう言った。
なぜかはわからないけれど、和仁は直感的に思った。
吹っ切れたんじゃない。たぶん。
――この人は、何かをあきらめたんだ。
気の利いた返事を、と思ったが言葉が出てこない。
万莉は、その指先を、和仁が手にした弁当の包みに向けた。
「それ、大事に食べてあげなよ。
嫉妬とか打算とか、どんな下心があるにせよ……君のために作った気持ちは、本物だろうから」
そしてさらに、万莉はこう付け足した。
「偽物でも大事なものはあるけど、どちらにせよ、失くすときは突然来るからね」
――あと16日。
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