13日目 「ふたりの距離×パンの山の高さ」

 今日もまた、アリスたちを避けて学食に向かった和仁だったが、

 足を踏み入れてすぐに、それが無駄な努力だったことを悟った。

 

 目の前の席に、背筋を伸ばして両手を膝の上に置いて、アリスが行儀よく座っていたからだ。

 混雑した昼の学食の中で、彼女の周囲のスペースだけが綺麗に空席になっている。


 生徒たちのわずかな反応から察したのか、アリスは和仁のほうを向くと、静かに微笑んで手招きした。

 仕方なく、彼女の向かいに腰を下ろす。


「親しい男女は隣り合った席を選び、

 恋愛を意識しだすと対面に座るようになり、さらに関係が進むと再び並んで座る。

 ……私が読んだ本たちによると、そういった傾向があるようです」


 そう言って、アリスは向かいの和仁を見つめる。


「これが、今の私たちの距離感ということでしょうか?

 私も、こういった経験は初めてなので、勝手のわからないことばかりです」


 そう言ってから、アリスは学食内を見渡した。

 周囲の生徒たちが一斉に目をそらしたが、彼女は全く意に介する様子もなく話を続けた。


「恋人かそれに近しい男女はランチを共にするもの……

 そしてその場合、食事は主にどちらかが用意するもののようですね。

 本にもそう書いてありました」


 ベルを鳴らして給仕を呼ばんばかりのタイミングで、梨乃が――今日は学校の制服姿だ――現れたかと思うと、

バッグの中からラップにくるまれた大量のサラダパンを取り出し、ひとつ、またひとつと和仁の前に積み上げはじめた。


「――ごめんなさい。男子としては栄養が足りないかもしれないと、きのう梨乃に話してしまって」


 背後からの声に驚いて振り返ると、音も気配もなく生徒会長の梨央が立っていた。

 それが情報ルートか……と思いつつ、和仁はようやくアリスに向かって言う。


「えっと、ごめん。さすがにこんなに食べられないし、あと、別にサラダパンが好きなわけじゃ……」


「あらまあ。そうでしたの?」


 サラダパンの山越しに、いつものようにわずかに小首をかしげ、アリスは和仁の目をのぞきこむ。


「でしたら、あなたが何が好きなのか、ちゃんと伝えていただかないと。

 私には、見たまま聞いたままを判断することしかできないのですから」


 変わらずおっとりとした口調で、微笑んだまま彼女は言う。


(……ひょっとして、内心ちょっと怒ってたりする?)


 自分を好きになってもらうにはどうしたらいいか、と尋ねてきた彼女に対して、

和仁は曖昧に答を濁して逃げ回っているのだ。そう言われても仕方がない。


(でもなぁ……急にこれだけ色々持ち込まれたって、こっちにもキャパってもんがあるんだよ)


「……まーまー、良かったらデザートもあるし♪」


 空気を読まずに明るい声で割り込んできた梨乃が、大きなタッパーをどんとテーブルの上に置いた。


「……これは?」


「バイト先の廃棄ー」


「……確かにあそこのケーキは美味しいけど、冬とは言え常温で1日近く経ってるのはちょっと」


「へーきだって。時代や場所が違えば、人間はもっと不衛生な環境でも食べて生きてきたんだから」


 店が保健所の世話にならないことを祈っていると、梨央が後ろから紙パックを差し出す。


「牛乳もあるわ」


 冗談のような状況に、憐れみと非難の入り混じったような周囲の視線が和仁に刺さる。


(まるで、出来の悪いハーレムもののマンガみたいじゃないか)


 そう思ってから、無理もないかと考え直す。


 今の自分の立場と態度はまさに、優柔不断なハーレムものの主人公そのものだったからだ。





 ――あと17日。

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