10日目 『君が眠るまでそばにいる』

「……お兄ちゃん」


 ベッドに横になってスマホを眺めていると、部屋の外から愛海の声がした。

 またかよ、と思いつつ和仁は起き上がりって電気を点け、ドアを開ける。

 パジャマ姿で枕を抱えた愛海が廊下に立っていた。


「どうした?」


 愛海はそれには答えず、和仁の脇をするりとすり抜け、部屋に入ってきた。


「お兄ちゃん……今夜も一緒に寝ていい?」


「どうした、急に? あと今夜“も”って何だ。いつ一緒に寝たんだよ」


「うーんと、7年ぐらい前?」


「……誤解されるから外で言うんじゃないぞ」


 昨日、瑠衣とも少し話をした。


『最近、妹の様子がおかしいんだよ。なんか、過剰に甘えてくるっていうか』


『え、あ、うん、愛海ちゃんが?』


 バイトの制服が似合う似合わないのくだりから、妙に反応がぎこちなくなった瑠衣は、慌てたようにそう返す。


『瑠衣は知ってると思うけど……俺ん家ってちょっと事情が特殊だしさ』


『うーん……もうすぐ高校受験だし、ナーバスになってるだけじゃ?』


『うちの学校、そこまでレベル高くないけどなあ』


 言動こそ幼く天然っぽいところがある愛海だが、学校の成績自体は悪くはない。


(最近の甘え方は、赤ちゃん返りと言うか……)


 妹が赤ん坊だった頃のことをおぼえているわけではないけれど、そんなふうに感じる。


(赤ちゃん返りってのは、他の兄弟ができたときに、親にかまってほしくてそうなるんだっけ)


 愛海は、床に直接枕を置くと、そのままごろんと横になった。


「ベッドがダメなら、ここで寝るから。おかまいなく」


「いや、かまうだろ。お前、最近おかしいぞ」


 愛海は目をつぶったまま、ボソッと言った。


「なんかね……怖いの。部屋にいると、窓の外からずっと誰かに見られてるような気がして」


 和仁は苦笑した。


「なんだ。何事かと思ったら、怖い映画でも見たのか? 窓の外ってお前……」


 そう言いながら、勢い良くカーテンを引き開ける。


 2階から見下ろす、自宅前の道路。街灯でうっすらと照らし出された円形の端っこ、小さな人影が動いたような気がした。


「……っ!?」


 思わず声を上げそうになったが、なんとかそれを抑え込み、何事もなかったかのように元通りカーテンを閉める。

 気のせいだったかもしれないし、騒げば愛海を余計に怖がらせてしまうだけだ。


「ほら、誰もいないぞ。おとなしく寝ろ」


 けっきょく和仁は、妹の部屋で彼女が寝付くまで頭をなでるという約束を取り付けさせられたのだった。





 ――あと20日。

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