6日目 「屋上のない青春なんて」
放課後。
和仁はいちおう屋上に行ってみることにした。
女性を思わせる字と文面は、年頃の男子高校生としては
期待してしまうところがないでもない。
しかし、宛名も差出人もなく、内容もただ屋上に来いとしか書いていない。
考えようによってはどこか不気味でもある。
(……まぁ、イタズラか、何かの間違いだろ)
3階からさらに踊り場を回り、うっすら埃の積もった
屋上への階段に足を掛けた時、頭上からガチャガチャという音が聞こえてきた。
見ると、ひとりの女生徒がドアノブを回そうと苦戦している。
「そこ、鍵かかってると思うよ。屋上は立入禁止だし」
何段か上りながら和仁が声をかけると、女生徒は振り向いた。
薄い栗色の柔らかそうな髪が、外光を浴びてふわっと波打つ。
――
IT企業社長の令嬢だという話で、学校内では有名人だが、
和仁とはこれまでほとんど接点はなかった。
「どうしてですの?
私が読んだ本では、学生男女は屋上で会話するものだと……」
すりガラス越しに扉の向こうから差し込む光を恨めしそうに眺めながら、
アリスは言った。
「いや……落ちたりすると危ないから……」
「それはそうと、ようやく来てくださったのですね」
彼女の母親がヨーロッパかどこかの国の出身だとかで、
色素の薄い瞳で和仁をじっと見つめてくる。
現実の高校生の間ではまず使われることのない、
『おっとり』という形容が誰よりもぴったりくる雰囲気の女子だ。
「ようやく?」
「これまでは下駄箱にお手紙を入れていたのです。
そうするものだと本に書かれていましたので」
この学校の下駄箱は、奥の仕切りがなく向こう側まで筒抜けになっている。
どこかに飛ばされたか、誰かが間違えて持って行ったのか――
そもそも手紙などを入れるのに向いた場所ではない。
「でも一向にお返事がいただけないものですから、
あなたの前の席の山田くんにお願いして、お鞄に忍ばせてもらったのです。
そして屋上で直にお話ししようと……。
もちろん山田くんには謝礼をお支払いしましたわ。心ばかりですけれど」
こちらの言葉に対して答えているのかいないのか、
独特のテンポでアリスはそう話す。
引き受ける山田も山田だ、と和仁は思った。
「それよりまず、宛名とか差出人を書かないと……」
そう言うと、アリスはきょとんと軽く小首を傾げ、
それから顔の前で両手を合わせる仕草をして言った。
「そうでした。
私以外の誰かが、あなたに手紙を出すという
可能性もあるのでしたね。失念していました」
「――そこで何をしているの?」
階段の下から咎めるような声がかかった。
長い髪を律義に三つ編みのおさげにまとめた女生徒が、
踊り場から和仁たちを見上げていた。
「あら、生徒会長さん。ごきげんよう」
アリスがひらひらと手を振った。
和仁もその顔は知っている。
後期に入って3年生から任を引き継いだ新生徒会長だ。
「屋上は立入禁止よ。下りてきなさい」
「ええ、先ほど入枝くんからうかがいましたわ。
皆さんご存じなのかしら?」
生徒会長の命令口調も意に介さない様子で、アリスは軽やかに階段を降り始めた。
「……あの、俺に何か用があったんじゃ」
とん、と足を止めて、アリスは振り返る。
「最初はトラブルで上手くいかないものです。
まずは私を印象付けることができれば、それで良いのですよ。
私が読んだ本の中でも、たいていそうでしたもの」
微笑みながらそう言うと、アリスは再び階段を降り始める。
下で待ち構える生徒会長の脇を通り過ぎようとしたとき、
生徒会長が小さく、しかし鋭くこう言ったのを和仁は聞き逃さなかった。
「――目立ちすぎよ」
アリスはそれに対して全く反応することなく、
まるで散歩を楽しむかのような足取りで、振り向きもせず去って行った。
――あと24日。
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