4日目 「情けは人の」

(――先輩、今日は大丈夫かな)



 いつもなら昼前まで寝ている日曜だが、どうしてもそんな気になれなくて、

 和仁は昨日の万莉との会話を思い返した。


 メガネをかけ直した万莉は、ふうっと大きく息を吐いた。


「それにしても、よく知ってたね。私の名前」


「だって先輩、学園祭の裏方ですごい頑張ってたじゃないすか」


 秋の学園祭で万莉は実行委員を務めており、

 和仁もクラス展示で何度も世話になっていた。

 一見キツくてとっつきにくそうだが、テキパキとよく動き、

 相談すれば何でも真面目に対応してくれる、そんな先輩だった。


「誰もやりたがらなくて、いつの間にか推薦で押し付けられただけだよ。

 ……最初は仕方なくやってたんだけどね、

 でも、頼られると悪い気はしなくって」


 万莉はそこで両手を伸ばして薄暗い空を見上げ、自嘲気味につぶやいた。


「それで本来自分がやるべきことをしくじってたら、世話ないよね」


「そんなこと……」


 そんなことはないと否定しきれない和仁に向き直って、

万莉は言った。


「キミも気をつけなよ。

 他人ばかり気にして、自分のために頑張れない人間は、

 いつだってこうして大事なものを取りこぼすんだ」


「…………」


 和仁は、自分のコートのポケットから、

 ついさっき自販機で買っておいた缶コーヒーを取り出し、

 万莉に差し出した。


「……えっと、とにかく暖かくして

 今日は早く帰ってください。風邪引きますから」


 万莉はキョトンとして、缶コーヒーと和仁の顔を交互に見た。

 和仁がさらに缶コーヒーを突き出すと、

 万莉はおずおずと両手を出してようやくそれを受け取った。


 そして万莉は、そっと目をつぶって、缶を自分の頬に押し当てた。


「……あったかい」


 そうつぶやいてから目を開け、和仁に向かって笑いかける。


「ありがと。……私がしてきたことも、

 まるっきり無駄でもなかったってことかな」



 その言葉の意味は、和仁にはわかったようでわからなかった。


 しかし、そのあとに万莉が、今まで一度も見せたことがないような

 からかうような表情で言った言葉のほうが、強く印象に残っていた。


「……でもね、こういうのは相手を選ばなきゃ。

 誰彼かまわずそういうことやってると、惚れられちゃうよ?」





 ――あと26日。

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