第44話 飛び蹴り女、只今参上!

「ね、ね!次、ここ行こっ。ほら、見て見て、ここ教会がガラス張りですっごい綺麗なの!」


私は隣でのんびり缶コーヒーを飲んでいる谷崎の腕を引っ張った。



お互いの両親にそれぞれ挨拶をし、両家の顔合わせも無事終わり。


私達は、私の誕生日の3月23日に入籍し、めでたく結婚の運びとなった。


それから3ヶ月。

今私達は、結婚式に向かって動き出していた。


入籍は私の誕生日。


だから、結婚式は谷崎の誕生日にしようと2人で決めてたんだ。


6月25日。


結果的に、女子の憧れジューンブライド。



で、私が今すっかり夢中になっているのが『ブライダルフェア』。


これがまた、結婚式への夢がますます膨らむそれはそれは素敵なイベントなわけで。


もぉ、楽しくて楽しくて。


ちなみに私達。


結婚して夫婦になったわけなんだけど、一緒に暮らし出すのは結婚式が終わってからにしようってことで。


まだ今までどおりそれぞれの家で生活してるんだ。


今日は、お店の休館日を使って朝からブライダルフェアのはしごをしてるとこなの。


街中のいくつかのホテルや結婚式場を見学した私達は、賑やかな通りに面したベンチに座ってひと休み。


私はウキウキしながらブライダル情報誌でいろいろ調べてるんだけど。



「ちょっと。店長聞いてるっ?」


飲み終えた缶コーヒーの空き缶を灰皿代わりにして、ふぅーっと呑気にタバコを吸っている谷崎。


「おお、聞いてるぞー」


とか言いながら。


ポケッと空なんか見上げながら、タバコの白い煙をふぅー。


ちょっと、ちょっと。


なんか……。


喜んで張り切ってブライダルフェア巡りをしている私と、上の空的なカンジでタバコを吸ってる谷崎。


明らかに温度差がある気がするんですけど……。


じろ……。


私は横目で谷崎を見た。


「店長……。もしかして、ホントは私と結婚したこと、後悔してる……?」


言いながら、うるうると目頭が熱くなる。


「ええ?」


ベンチの背もたれに頭をもたせかけてタバコの煙を吐いていた谷崎が、私の異変に気がついて体を起こしてこっちを向いた。


「……そんな風に、上の空でタバコとか吸って。私の話も全然聞いてないし。……店長、ホントのこと言ってよ。今ならまだ間に合うから……。私と結婚式挙げたくないならそう言って。結婚だって……。今なら白紙に……ーーー。……う、うぇーーん」


なんだか悲しくなって涙がこぼれ。


私は思わず大声で泣き出してしまったんだ。


「お、おいっ。バカ、泣くなって!そんなことあるわけないだろーがっ」


「うぇーーーん」


大泣きする私。


そしてそれをオロオロなだめる谷崎。


そんな私達を見ながら、通りすがる人達がヒソヒソささやきながら歩いていく。


でも、そんなの知ったこっちゃない。


私は涙が止まらない。


やっぱり谷崎は、私のことなんてそんなに愛してないんだぁーーー。


しょせん、これは幸せ過ぎる夢だったんだ……。


結婚式を目前にし少々センチメンタルになっているせいか、私は1人勝手な妄想でやや暴走していたのだが……。


ガシッ。


そんな私の肩を、谷崎が突如しっかりつかんで自分の方にくるっと向かせたんだ。


そして。


「オレはっ。おまえが好きだっ。おまえを嫁にもらえて幸せだ!上の空なわけじゃない。いよいよ春姫と結婚式を挙げるんだなぁって。春姫の花嫁姿見れるんだなぁって。感動に浸ってたんだよ」


え……ーーー。


涙も鼻水も止まって。


かぁぁぁ。


私の顔は真っ赤に熟したリンゴのように。


みるみる赤く染まっていった。


た、谷崎ってば。


こ、こんな人通りの中でいきなりなに言うんだよっ。


なんでそんな嬉しいこと言うんだよっ。



「ピュー。幸せになれよっ」


通りがかりの黒人の2人組の男の人が、流暢な日本語と指笛を鳴らしながら笑顔で去っていった。


「サンキュー」


すちゃっと手を上げ、笑顔で応える余裕な谷崎。


バクバクバク。


私の心臓は、ここを通る全ての人達に聞こえてしまうんじゃないかってくらい大音量で波打ってんのに。


ケロッと笑顔の谷崎。


結局いつも谷崎の方が1枚上手というか、なんというか。


「……もぉぉ!」


ドンッ。


「いでっ」


私は、またしても思いっ切りどついて谷崎をベンチから突き落としてしまった。


「いてーよ、春姫っ。オレを殺す気か」


「なにさっ。店長がいけないんでしょっ。しらっとしてたと思ったら、今度はいきなりあんなこと言ったりするからっ」



なんだか、まるでコントのような私達。


せっかくドラマチックで感動するようなことを言われても。


結局最後はコントのようなオチで。


やっぱり全然ロマンチックじゃない。


もぉぉーーー。


だけど。


「オレの愛を感じただろ?」


ちょっとイタズラっぽく、でもすごく優しい笑顔で笑いかけてくる谷崎。


「ーーーうん」


ちょっとむぅっとしてた私もついつい、ちろっと見ながらうなずいてしまう。


そして。


そんな谷崎の笑顔につられて、やっぱりまた笑ってしまうんだ。



「結婚式はよ、やっぱおまえが主役だから。春姫の好きなように、やりたいようにやっていいよ。おまえが喜んでくれればオレも嬉しいから。それに、男はどうもそっち方面はうとくてな。おまえに任せるよ」


笑いながら言う谷崎。


「ホント?私が選んでいいのっ?」


「どうぞ。姫のお好きなように」


「嬉しい!あ、でも……。やっぱ店長とも一緒にあれこれ考えたいな……。だから、全部私が決めるんじゃなくて。私が、あっちかこっちか迷った時は、相談に乗ってね」


って言いながら。


結局最後は私が決めちゃうんだろうけど。


「わかったよ。いい結婚式にしような。2人で」


「うん!」


私も元気にうなずいた。


よーし!そうと決まれば、さっそくブライダルフェア巡り再開よ!


私は再びブライダル情報誌を開いて、結婚式場の欄を指差しながら谷崎に見せた。


「で、さっきも言ってたとこなんだけど……。ここ!ここの式場のブライダルフェアに行こう!ここね、教会はガラス張りだし、ドレスのミニファッションショーもやるのっ。えっと、えっと、何時からだっけな」


「13時からって書いてあるぞ。今何時だ?お、もうすぐ13時だ。ちょうどいいじゃん」


「ホント?じゃあ、もう行かなくちゃっ。行こう!店長っ」


「店長じゃなくて、『竜』って呼んだら行く」


えっ?


谷崎がにやっとすましながら腕を組んで空を見上げている。


「な、なに突然っ。そ、そんなのっ」


「突然ではない。オレは前から言っている」


目を閉じたまま大げさにうなずく谷崎。



えーーーっ。


いやいや、ちょっと待ってよ。


だって、ずっと店長って呼んできたし。


心の中でだってずっと谷崎って呼んでて……。


まだ竜なんて呼んだことないからっ……。


は、恥ずかしいし……。


で、でも……。


確かに、結婚したのに未だに『店長』っていうのもなんだけど……。


ちろっと谷崎を見ると、すました顔で耳に手をあて私が名前を呼ぶのを待っている。


「……わ、わかったよ!呼ぶっ。いい?ホントに呼んじゃうよっ。いくよ!」


谷崎がにやっとしながら黙って指でOKサイン。


私は、恥ずかしくて照れくさい気持ちをぐっとこらえ、ドキドキしながら小さな声で……。


「……りゅ、りゅう……」


谷崎の名前を口にした。


だけど。


「聞こえねーなぁ」


谷崎ってば、にやっとしながら再び自分の耳に手をあてる。


く、くぅぅーーー。


わ、わかったよっ!


私は大きく息を吸うと、ドキドキする胸をおさえながらアイツの名前を呼んだんだ。



「竜!!行こうっ!」



呼んだぁーーー!


なんか恥ずかしいっ。


でも……嬉しい!


そんな私に、谷崎は満面の笑顔を向けた。


「よしっ。行くか!」


「うんっ!」


2人で元気よく立ち上がったその時だった。



「キャーーー!!ど、ど、どろぼーーーーっ」



そんな叫び声が、向こうの方から聞こえてきたんだ。


泥棒っ?


パッと顔を合わせる。


もちろん、私の心は決まっている。


「店長!……じゃなくて、竜!行こうっ」


「でも、おまえ。これから行きたがってた式場のブライダルフェア、始まるぞ?」


「なに言ってんの?ブライダルフェアと犯人確保と、今どっちが大切なわけ?そんなのわかりきってるでしょ。今は、泥棒をとっ捕まえて被害にあった人を助けなきゃ!犯人は放っておいたら逃げるけど、ブライダルフェアは逃げないっ。またいつでも行ける!」


私が力強く言うと、谷崎がにーっと笑った。


「それでこそ、オレが惚れた『谷崎春姫』だ」



〝谷崎春姫〟ーーーーー。



谷崎の言葉に、私もにっと笑ってピースした。


そうよ!


私はこれでこそ私。


悪いヤツらがいたら見過ごせない。


困ってる人には手助けを。


そして、必殺技は得意の飛び蹴り!!


やまとなでしことはほど遠いけど。



これが、私ーーーーー。



他の誰でもない、私。


そして、こんなありのままの私を。


このままの私を好きでいてくれる、私の大好きな彼。



谷崎竜ーーーーー。



今から、この最強タッグで乗り込むよっ。


ブライダルフェア、ちょっと待っててね!


泥棒っ!私の華麗なる飛び蹴りをおみまいしてやるから覚悟しとけよっ。



「おりゃぁぁーーーーーっ」



谷崎春姫、只今参上!!





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飛び蹴り女の恋物語 花奈よりこ @happy1023

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