第31話 痛む心

私の泣き顔を見た彼女は、一瞬驚いた表情を見せたけど、すぐに平然とした顔つきに戻って私に言った。



「蘭太郎くんの家に行ってらしたんですか?」


「………………」


「聞きました?まりあと蘭太郎くんがおつき合いし出したこと。まりあ、今から蘭太郎くんの家に行くとろだったんです。でも、ちょうどよかったですわ。あなたとお話ししたいと思っていたのでーーー。少し座りません?」


マンションの敷地内にあるベンチに向かう彼女のあとを、私は黙ってついて行った。


ベンチに着くと、座りながら彼女が言った。


「春姫さんとは、もう少し恋のバトルが楽しめると思ったのに。残念ですわ」


「……ねぇ。どうして蘭太郎とつき合うことになったの?連絡……取ってたの?会ってたの?」


私は問いかけた。


「さぁー。どうしてでしょう。つき合うって言ってきたのは、蘭太郎くんの方からですから。まぁ、最初に連絡をさしあげたのはまりあの方ですけど。でも、そのことに関してはあなたにとやかく言われる筋合いはもうないハズでしょ?だって全てあなた方のウソのお芝居だったんですから」


「……つき合おうって、蘭太郎の方から言ってきたの……?」」


「ええ。まぁ、まりあがちょっといろいろ蘭太郎くんに教えてさしあげたんです。それで、蘭太郎くんの気持ちも変わって、まりあの方に向いてくれたのかもしれませんけど」


「いろいろ教えたって……なにを?」


「春姫さんのことです」


「え?」


「まりあはただ、蘭太郎くんがあまりにも春姫さんに気があるような態度や言葉を口にするものですから、蘭太郎くんに言ってさしあげたんです。春姫さんには、谷崎さんという素敵な彼氏がいらっしゃって。実家のご両親にご挨拶に行くほどお2人の仲は進展しているのだと」


涼しい顔でサラッと言う彼女。


え?


「ちょっと待って……。どういうこと?なんで私がアイツの実家に行ったことをあなたが知ってるの?」


それで、さっき蘭太郎があんなことを……?


「そんな怖い顔なさらないで下さる?」


私の顔を見てケタケタ笑う彼女。


「まさか……また尾行とかしてたわけ?」


「まぁ、『また尾行』だなんて。人聞きの悪いこと言わないで下さい。そんなことはしてません。まりあはママから聞いたのですから」


ママから聞いた……?


「なんであなたのお母さんから、私と谷崎の話を聞くの?」


私が問うと、彼女がクスクス笑いながら言ったんだ。


「フフフ。まりあも、こんな偶然があるなんて驚きました。ホントに世の中狭いですわ。まさか、まりあに持ちかけられたお見合いのお相手が、あの谷崎さんだったなんて」


「え?」


「春姫さんもご存知でしょ?谷崎さんにお見合いの話が持ち上がっていたこと。それで、そのお見合い話を断るために、谷崎さんはあなたを連れてご実家へ行かれたとか」


ちょ、ちょっと待って、ちょっと待って。


私の頭の中は一瞬パニックになったけど、すぐに谷崎の言っていた言葉が蘇った。



ーーーー『ある財閥の娘と見合い』……ーー



ある財閥の娘って……この女だったのっ⁉︎


ウソでしょ⁉︎


あまりの驚きに、私は目を見開いたまま返す言葉も見つからなかった。


「谷崎さんって。お兄ちゃんに乱暴な電話で脅しをかけた、あの方ですよね?直接お目にかかったことはないですけど、彼のことを調べさせてもらって彼がその谷崎さんだとすぐにわかりました。本来なら、すぐに彼の悪事を公表するところですが、物は考えようです。まりあは、彼のことを利用させてもらうことにしたんです」


「……利用って……。どういう意味?」


「おかげで、蘭太郎くんはまりあのことを受け入れてくれました。ある意味、感謝しなくてはならないですね。あなたに」


おかしそうにクスクス笑う彼女。


「どういうこと?」


私がすぐに聞き返すと。


「つまりこういうことです。実際に電話でお兄ちゃんを脅してきたのは谷崎さんですが。元はと言えば、それもこれもあなたが彼に頼んだことですよね?元の主犯格は、春姫さんーーーあなたですよね?」


「……主犯格って。そんな……」


「なんの罪もないお兄ちゃんに、あんな乱暴な電話で脅しをかけて、心身共に多大な影響を与えた。これは……堂々と胸を張って人に言える行為でしょうか。いいえ。それどころか、もはや立派な脅迫罪にあたりますわ」


「……なにが言いたいの?」


「いえ。もうあなたをどうこうするつもりはありません。ただ、蘭太郎くんに言ったんです。まりあを受け入れてくれないなら、まりあは寂しくてどうにかなってしまうかもしれない。それと、まりあは春姫さんのことがあまり好きじゃない、とーーー」


「え……?」


「ごめんなさいね。まりあ、好き嫌いがハッキリしてるんです。そしてまりあのパパとママになんでも相談するんです。だからもし、春姫さんのことをパパとママに話したら。すごーく怒っちゃうかも。それに、谷崎さんのご両親に春姫さんがそんなことをしてたなんて知られたら、あなたの立場も悪くなってそれこそ大変なことになりますよね?」


コツコツとヒールの音を立てながら、ゆっくりと私の周りを歩いて、再びベンチに座る彼女。


「まぁ、谷崎さんもどこまであなたに本気なのか知りませんけど。あなた方の恋がもし本物なら。お見合いでのひどい醜態?電話での脅迫脅迫……その他もろもろ。全部明るみになって、谷崎さんのご両親の耳に入ったら。あなた方の恋も、ジ・エンドですわ」


「……蘭太郎にそう言ったの……?」


「そのようなことを蘭太郎くんに言ったら、あっさりまりあとの交際をOKして下さったわ。フフフ。蘭太郎くん、やっぱり春姫さんには弱いんですね。お兄ちゃんにかけたあの脅しの電話も、全部自分が考えて谷崎さんにお願いしたことだと言い張っていましたわ。わたくしが、もし春姫さんのことを訴えるようなことでもしたら大変だと思ったんでしょうね」


……蘭太郎は、私のために……?


「春姫さんがひどい目に遭うのは耐えられないし、春姫さんと谷崎さんの恋仲を引き裂くこともできないと思ったんでしょう。とっても優しい方ですわ。まりあ、ますます好きになりました。確かにこの交際のきかっけは、蘭太郎くんにとっては春姫さんを守るためーーーだったかもしれませんが。それでもいいんです。必ずまりあを好きになってもらう自信がありますから」


そんなのっ……!


さっきの不自然な蘭太郎の姿が頭に浮かぶ。


「どうしてそんなことするの?私のことが嫌いだからって蘭太郎まで巻き込むことないでしょ?蘭太郎を解放してあげて!」


私が彼女の腕をつかむと、彼女がすっと私の手を払いのけた。


「言ったでしょ?まりあはなにがなんでも蘭太郎くんを自分のモノにしてみせるって。まりあ、欲しいモノはどんな手段を使ってでも手に入れるんです。お兄ちゃんのようにメソメソ泣き寝入りなんて絶対しません」


「……そんなの、ホントの恋じゃないよ。蘭太郎が、そんなあなたを本気で好きになるとは思えない!」


「いいえ。蘭太郎くんは、もうまりあから離れられないと思いますわ。まりあ、好きな人のためだったらなんでもしてあげたいんです。蘭太郎くんの夢、まりあが叶えてあげるんです。彼が書いてる小説、まりあが本にしてあげるんです」


「え……?」


「蘭太郎くん、本が大好きで小説を書くのが大好きで。いつか自分が書いた作品を本にするのが小さい頃からの夢なんですよね?ならば、まりあが喜んでそのお手伝いをさせていただきます。蘭太郎くんのためなら、いくら資金を出しても惜しくはないですわ。その後のことも、まりあが全面バックアップしてサポートしてさしあげますわ」


得意げな表情で、私の顔を静かに見返す彼女。


「あなたは、蘭太郎くんになにをしてあげられるんですの?春姫さん」


「………………」


「まりあと蘭太郎くんは、もう新しい恋をスタートさせたんです。ですから、もう蘭太郎くんにあまり近づかないでいただけますか?邪魔しないでほしいんです。春姫さんには、谷崎さんがいらっしゃるでしょう?まぁ、7年前に亡くなられた昔の恋人のこともあるから、いろいろ大変だとは思いますけど。相当愛してらっしゃったみたいですからね、彼はーーーー。でもまぁ、がんばって下さい」


そう言うと、彼女はすっと立ち上がった。


「それでは、さようなら」


にこっとほほ笑み、蘭太郎の住むマンションの入り口に向かって歩き出す彼女。


「…………………」



私はなにも言い返せないまま。


その後ろ姿を、ただ黙って見つめていた。





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