第32話 閉ざされたドア

パタンーーーーーーー。



私は、玄関のドアを閉めると、そのままドアにもたれかかった。



なんで……なんで……。


こんなことになっちゃったんだろう……。


蘭太郎が、あの女とつき合い出すなんて。


しかも、それは私のため……?


おまけに、あの女が谷崎にすすめられた見合い話の相手だったなんて……。



『谷崎さんも、どこまであなたに本気なのか』


『春姫さんがひどい目に遭うのは……』


『とっても優しい方ですわ』


『相当愛してらっしゃったみたいですからね、彼は』




ーーーーーーーーーーーーーー



私の中で、いろいろな言葉が入り乱れる。


プルプル。


私は頭を振った。


もう、頭の中がぐちゃぐちゃだよ……。


どうしたらいいのかわからないよ……。


私は、グシャグシャに髪をかきむしりながらしゃがみ込んだ。


蘭太郎……。


ホントにあの女とつき合うの?


それが蘭太郎の意思なの?


もし……私のことを守るために、仕方なくつき合おうと思ってるならやめて。


もう一緒にご飯を食べることもないかもなんて言ってたけど……本心なの?


小説家になるのが蘭太郎の夢だったけど、そんなカタチで自分の作品を本にしていいの?


それを望んでいるの?


それでいいの?


もう、今までみたく楽しく一緒に笑えないの?


こんな納得いかないカタチで、こんなあっけなく私達の絆が壊れちゃうの?


確かに、私は谷崎のことが好きだっていう自分の気持ちを知ったけど。


アイツのそばにいたいと思ってるけど。


蘭太郎とこんな風になってしまったら。


私、悲しいよ……ーーーーー。



ダメだ……。


このままじゃダメだ。


もう一度話そう。


彼女と蘭太郎と、きちんと話そう。


私は立ち上がると、再び玄関を飛び出し蘭太郎の家へと走ったんだ。




ピーンポーンーーーーーーー。



私は息を切らしながらインターホンを押した。


「蘭太郎っ。私だよっ。開けて!」


ドアをノックする。


すると、ガチャガチャと音がして、すぐにドアが開いた。


驚いた顔の蘭太郎。


「……春姫ちゃん……。どうしたの?」


蘭太郎の後ろから、パタパタとあの女が駆け寄ってきた。


「なんですか?まりあと蘭太郎くんにまだなにか?」


イラ立ちの表情で私を見る彼女。


私は真っ直ぐに2人の顔を見て口を開いた。


「ーーー私。2人がつき合うことには、やっぱり賛成できない」


私のその言葉に、彼女が目を見開いて近寄ってきた。


「あなた、なに言ってるんですか?なんで春姫さんにいちいちそんなこと言われなくてはいけないんですか?……わたくし、忠告いたしましたよね。私達のことを邪魔しないでほしいと。こんな風にしつこく蘭太郎くんにつきまとうようなマネは、あなたにとってもあまりいいこととは思えませんけど」


なにも言えずに、ただ黙っている蘭太郎。


私はそんな蘭太郎の姿を黙って見ていた。


……違うよね、こんなの。


蘭太郎、ちっとも幸せそうじゃないよね。


そんな悲しそうな顔をしてる蘭太郎を放ってまで、私は谷崎との幸せを夢見ることなんてできないよ。


私は、小さくうなずいてからシャキッと背筋を伸ばし、真っ直ぐあの女の方を向いた。



「ーーーいいよ。あなたの好きにすればいい。言いたかったら言いなよ。あなたのパパとママ、それから谷崎の両親にも。あなたのお兄ちゃんを苦しめたのは私だって。あなたの恋路を邪魔したのも私だって。ひどいヤツだって。言ったっていいよ」


「春姫ちゃんっ」


蘭太郎が慌てて顔を上げる。


「その代わり、あなたもこれ以上蘭太郎を苦しめないで。本気で蘭太郎のことが好きなら、もう自由にしてあげて」


みるみる彼女の顔がこわばっていく。


「あなた……何様?どうしてそこまで蘭太郎くんにこだわるの?あなたには他に好きな人がいるんでしょ?それとも、蘭太郎くんが好きなのは自分だからーーーとでも言いたいわけ?」


「違う!そんなんじゃない。そんなんじゃないよ。ただ……蘭太郎は、私にとってホントに大切な人だから。幼なじみで、小さい頃からずっと仲良くやってきた大好きな蘭太郎だから。だから、蘭太郎には笑っていてほしい。幸せでいてほしい。だって蘭太郎、すごく無理してるように見える……。心配なの」


「春姫ちゃん……」


蘭太郎が静かに私を見る。


「……蘭太郎が書いてる小説のこともそう。確かに、お金持ちのあなたなら簡単に本にできてしまうかもしれない。蘭太郎の夢が叶うかもしれない。でも……。それってなんか違う気がする。あなたにとっても、蘭太郎にとっても……。そういうのって、なんか寂しくない?」


玄関先で重い沈黙が流れる。


「……私は、コンテストに応募して、賞を目指して。そしていつか、自分の作品を本にしたいっていう蘭太郎の目標や夢を大切にしてあげたい。大切にしてほしい。そういうがんばる気持ち、蘭太郎には忘れてほしくない。なくしてほしくない」


私を睨みつける彼女。


「蘭太郎は、自分が誰とつき合おうが私には関係ないって言ったけど。私はやっぱり蘭太郎が心から笑い合える、そんな人と幸せな恋愛をしてほしい。蘭太郎だったらきっとできる。私のことなら、なんの心配もいらない。大丈夫!だから……もっと、自分を大事にしてほしい」


私はそっと蘭太郎を見る。


「……春姫ちゃん」


黙っていた蘭太郎が、静かに私の方へ歩み寄った。


「……春姫ちゃんの気持ちはよくわかったよ。ありがとう。でも……僕、もう決めたからーーー。僕は、まりあさんとつき合うよ」


え……ーーーー?


彼女の顔がぱぁっと明るくなった。


「蘭太郎……」


「……もう遅いから。春姫ちゃんも帰って。ドア、閉めるよ……」


「え……」


「……じゃあね」


蘭太郎が優しい笑顔を浮かべて。


そして静かにドアを閉めた。



バタンーーーーーー。



蘭太郎……。


どうして……?



私は閉ざされたドアの前で。


ただ呆然と立ち尽くしていたーーーーー。






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