第26話 緊張の日曜日
赤や黄色に色づいてた葉っぱ達が、ひらひらと舞って散っていく。
イチョウ並木の下は一面黄色いじゅうたんだ。
着実に冬の足音が近づいてきている。
蘭太郎とはあれ以来連絡をは取っていない。
未だそういたらいいのか、どうすべきなのかわからない。
このままじゃいけないということはわかっている。
だけど、私の心は相変わらず常にいろいろなことを考えてはまた振り出しに戻りーーー。
なんだかスッキリしない心のまま、ついにあの例の日曜日を迎えてしまった。
そう、谷崎に頼まれた、恐怖の日曜日。
蘭太郎のことやマザコン男やあの妹のことやらで、既に精神的に若干やられ気味というコンディションだけど……約束は約束。
がんばれ自分!
この日、私は一応万人ウケしそうなオフホワイトのシンプルなワンピースをチョイスしてみた。
シンプルだけど、柔らかい優しい雰囲気も持ち合わせていて上品さもある。
ちょっと特別なお出かけ用に着る、お気に入りにの一着だ。
「ーーーよし」
そのワンピースを着て鏡の前に立ち、私は大きくうなずいた。
ものの……
「やっぱりダメ!!無理っ。私帰るっ」
私はくるんと回れ右をした。
「おいおい。どこ行く」
逃げ出そうとした私の腕を、谷崎が慌ててつかんだ。
「だってぇー。やっぱりこんなの無茶苦茶だよぉ」
私はそう嘆きながら、とある豪邸の前にへたり込んだ。
ーーーーーーそう。
この閑静な高級住宅街の中でも一際目立つ立派な豪邸。
なんと。
ここがその谷崎の実家だと言うではないか!!
実家がホテル経営をしてると聞いたから、かなりのお金持ちだとは思っていたけど……。
まさか、こんなすごい家だったなんて!
こんな財閥のおぼっちゃまだったなんて!
全然聞いてないんですけどーーーっ。
こんなお城みたいな家のご両親に会いに、何故ゆえ私のようなちんちくりんの一般ピープルがズケズケと入って行かねばならぬのだっ。
場違いにも程があるっ!
「帰るーーーっ!」
ピーッと泣きつく私をよそに、谷崎ってばケロッと言うんだよ?
「大丈夫、大丈夫。ちゃちゃっと終わらせるようにすっから。まぁ、なんにせよ。オレもおまえに協力したんだから。おまえもちゃんとオレに協力してくれ」
谷崎が私の鼻をぶにっとつまんだ。
「ちょっとっ。っていうか、マザコン男の妹はまた私のとこに文句つけに店までやって来たけどねーーーっ。『任せろ』って言ったくせに」
私が鼻をさすりながらじと目で言うと。
「んなことまで知るか。オレはおまえとの約束を守ってきちんと責務を果たした。おかげで計画どおり、蘭太郎も今のところその女からの被害も受けてないし、おまえのとこにもマザコン野郎からの連絡も一切ないだろ。うまくいったじゃねーか。喜べ」
うぐぐ……。
「よし、行くぞ」
「えっ?ちょ、ちょっと待ってよっ。まだ心の準備が……」
と、私がジタバタしてるにも関わらず。
ピーンポーーーーン。
谷崎ってば、勝手にインターホン押してやがんのっ。
だーーーっ!
頭を抱え込む私。
心臓がばっくん、ばっくんと飛び出しそうな勢いで鳴り出した。
緊張の絶頂、気絶寸前。
ちょっと待ってよぉーーー!
私は心の中で叫んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ドキドキドキドキドキ。
ふかふかな高級そうなじゅうたんに、ヨーロピアン調の美しいアンティークの家具達。
広いリビングに、艶やかなダイニングテーブル。
そして中央にはどでかいソファ。
リビングの窓からは、手入れの行き届いた広過ぎるお庭が一望できて景色も最高。
素晴らしい豪邸。
そんな中、私はカチコチに緊張しながらソファの真ん中にちょこんと座っていた。
ちょ、ちょっと、ちょっとっ!
す、す、すごいんですけど……!!
なんなのよ、ここはぁーーーっ。
そんな汗ダラダラの私の横で、涼しい顔でくつろいでいる谷崎。
そして、その斜め向かいには、白髪混じりのオールバックヘアに品のよいポロシャツを着てニコニコと私の方を見ているお父様。
そして……。
「お待たせしました。春姫さん、これとっても美味しい紅茶なの。召し上がって」
奥の広いキッチンから、静々と紅茶のセットを持ってくる優しそうで気品のある女性。
この方が、谷崎のお母様。
私、イメージ的にお金持ちの人ってどこかツンとしてて、なんとなく上から目線っぽい人が多いのかと思ってたんだけど……。
谷崎のご両親は、なんだかとっても気さくでニコニコと優しい雰囲気の人達で。
ガチガチに緊張しながらも、私はその人のよさそうな谷崎のご両親を見て、ほんのちょっとだけホッとした。
だけど、この家のすごさったら……。
ホント、手に汗握るよ。
かしこまって固まっていると。
「フフフ。春姫さん、そんなに緊張なさらないで。姿勢もラクにしてリラックスして下さい」
にっこりほほ笑むお母様。
「あ……は、はい」
「親父、お袋。このあと、オレも春姫も予定入ってて長居できないから手短に済ますわ」
谷崎がそう言うと、お母様が残念そうに眉を下げた。
「あら……。そうなの?ゆっくりお夕飯でも食べていってほしかったのに……」
「竜。さっそくこの可愛らしいお嬢さんのことを、ちゃんと私達に紹介してくれないか」
お父様がニコニコしながら言った。
「ああ。こちら、鳥越春姫さん。今一緒にオレの店で働いてもらってる。すごくよくやってくれて助かってるんだ」
谷崎が私の肩を優しくポンと叩いた。
「あ、改めまして、と、鳥越春姫と申します!よ、よろしくお願いしますっ」
ペコリン。
深々と頭を下げると、お父様とお母様が笑った。
「春姫さん、そんなにかしこまらないで。自分の家だと思ってくつろいでちょうだい。それにしても、ホントに素敵なお嬢さんだわ。竜にこんなカワイイ彼女がいたなんて」
「いえっ。とんでもないですっ……」
自分の家だと思ってくつろいでなんて……。
できるわけないですっ。
それに……。
ホントは彼女ってわけじゃないんだよねぇ……私。
「ーーーで、単刀直入に言うけど」
谷崎が持っていた紅茶のカップを静かに置いた。
「オレには春姫がいるから。これから先もコイツと一緒にやっていきたいと思ってる。だから、親父とお袋が言ってた見合い話だけど。そんなわけでお断りするから。これ以上変に話進めないでくれよ。それだけ言っとこうと思ってさ」
ドキドキドキ。
ホントはつき合ってるわけでもないのに、なんだかちょっと心苦しい気もするが……。
まぁ、みんないろいろあるから、ね。
そう自分に言い聞かせながらも、谷崎のお父様とお母様がどんな反応を示すか。
私は内心ビクビクしてたんだけど。
それが、拍子抜けしちゃうほどあっさりご両親がこう言ったんだ。
「ーーーそうね。こんな素敵でカワイイ彼女がいるなら、お見合いの話も必要ないわね。私達も無理にお見合いさせようとしてたわけじゃないのよ。ただ、あれからもうずいぶん経つし……。竜にとってもそろそろ新しい出会いがあってもいい頃じゃないかと思って考えたの。その方が、あなたのためにもいいんじゃなかと思って……ーーー。でも、春姫さんがいるなら。もう心配いらないわね、あなた」
ほほ笑み合う、お父様とお母様。
でも、私はお母様の言葉の節々にかすかな疑問を抱いていた。
『もうあれからずいぶん経つし……』
『そろそろ新し出会い』
『もう心配いらない』
それって……どういうこと?
ちら。
そっと谷崎の様子を見たけれど、なにもなかったかのように紅茶をすすっている。
「………………」
私はなんだか違和感というか……。
うまく言えないけど、なにか引っかかるような……そんな気持ちを抱えながら座っていた。
そして、想像以上にあっさりとこの件に関しての私の役目も終わり。
『またゆっくり遊びに来てね』というお母様からのお言葉を何度もいただきながら。
私と谷崎は家をあとにした。
軽快に車を走らせながら、谷崎が笑顔で私に言った。
「ご苦労さん。これで見合い話も無事白紙だ。助かったよ。サンキューな。でも、言ったとおりちゃちゃっと終わっただろ?」
「うん。思ったより早く終わった。それに、店長のお父さんとお母さん。すっごく素敵でいい人だねぇ。とっても優しいし。でも……。めちゃくちゃ緊張したぁーーー」
私が大きく息を吐くと、谷崎がカラカラと笑った。
「春姫、カチンコチンだったもんな。がんばった、がんばった。でもまぁ、オレの実家なんだからそんな緊張することもねーんだけどな」
「緊張するよっ。あんなお城みたいな家だなんて聞いてないし!」
「無駄にデカイだけ。大したことねーよ。それにしても、親父もお袋も春姫のことえらく気に入ってたな」
楽しそうに話す谷崎。
だけどーーーーー。
私の中では、なんとなくモヤモヤと気になる部分が消えずに残っていた。
「……あの、さ。私、ちょっと気になることがあったんだけど……」
「え?」
店長が私の方をちらっと見る。
「なに?」
「うん……。店長のお母さん、『あれからずいぶん経つし……』とか。『そろそろ新しい出会い』とか。そういうことを言ってたけど。それってどういう意味?」
「どうしたいきなり。ってか、そんなこと言ってたか?」
運転しながら谷崎が言う。
「言ってた。なんか……お母さんが店長のことすごく心配してるカンジだったから。前になんかあったのかな……って」
「お、なに。春姫、もしかしてオレのこと気にして心配してくれてんの?だけど、残念ながら結婚歴も離婚歴もなんにもねーなぁ」
そう言って笑う谷崎。
「そういうことじゃなくて。なんていうか、ちょっと意味深に聞こえた気がして……」
私がそう言った瞬間。
谷崎の表情がふっと変わったんだ。
ほんの一瞬だったけど、確かに変わったの。
谷崎ーーー……?
私はそれを見逃さなかったんだ。
だけど。
「そりゃ、おまえー。オレだっていい歳なんだからよー。カタチ上でも、真面目につき合ってる相手の1人くらいいないと親も心配するんだって。ただそれだけのことだよ」
谷崎がカラッと笑いながら言ったの。
でも、私は感じていたんだ。
違う……なにかある。
谷崎の過去に、なにかあったんだ。
そう直感したの。
だけど、明るく笑いかけてくる谷崎を見ていたら、それ以上はなにも聞けなかったんだ。
なにかを隠して笑っている谷崎。
だから、それはなんだか聞いてはいけないことのような気がして……。
私もそのことには触れずに、なにもなかったように一緒に笑ってたの。
でも、私のその直感は間違っていなかったんだ。
そうーーーーーー。
この明るく笑ってる谷崎に。
とても切なく悲しい過去があることを、私はのちに知ることとなるーーーーーーー。
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