第25話 幼なじみ

「はい。ウチの今日の夜ご飯のおかず。春姫の大好きな唐揚げだったから持ってきた。おにぎりも持ってきたから、とりあえず食べな」


ユリが、透明の使い捨てパックに入れてきてくれた唐揚げとおにぎりを私に差し出した。


「ううう……。ユリ、ありがとう」


私はありがたくそれを受け取った。



ここは1人暮らしの私の部屋。


蘭太郎の家を飛び出してすぐ、私は気が動転したままユリに電話したんだ。


ユリの『どうしたの?』って声を聴いたら。


自分でもわかんないんだけど、なんだか涙が出てきちゃって。


そしたらユリが『今から行くから!』って実家から飛んできてくれたんだ。


今夜はなんとなくひとりでいたくなかったから、ホントに助かったよ。




「ーーーーーしかし。蘭ちゃんも、春姫のことそこまで本気で想っていたとはねぇー」


私がようやく遅い夜ご飯をいただいている横で、ユリがしみじみと呟いた。


「幼なじみって、なんか微妙な関係だよね。すごく近い関係だからこそ、すごく好きになるか。そういう気持ちをと通り越しちゃうか……。まぁ、一般的に幼なじみっていうと、なんかすごく仲がよくていちばんの友達……みたいなイメージがあるけど。それが異性の場合、結局やっぱ〝男と女〟ってカンジだからね」


「……うん。私もさ、幼なじみっていうのはそれが例え女と男であっても、なんとなくそういう恋愛対象にならない2人……ってイメージがずっとあったんだけど……。蘭太郎に告白されて。ああ、蘭太郎もの男の人なんだなぁ……って。正直、なんだかわからなくなっちゃって……」


「まぁね。蘭ちゃんの場合、ちょっと頼りないふしもあるけど、中身も外見も相当いい男だからね。これが、ブサイクだったり性悪だったりの幼なじみだったらそれこそ恋愛の〝れ〟の字も出てこないと思うけど」


ユリが笑って言った。



そう、蘭太郎はホントにいい男なんだ。


顔が綺麗だからとか、それだけで言ってるんじゃないよ?


ユリの言うように、ちょっと頼りないふしもあって決して『たくましい男』ってカンジではないけど、でも優しいし気がきくし……ホントにいいヤツ、いい人だと思う。


だからこそ、こうしてずっと一緒に仲良くつき合ってこれたんだと思うし。



「ーーーーーで?春姫には、蘭ちゃんを恋愛対象として見れるかどうか。考える余地はあるの?」


ユリの言葉に、私はさっき蘭太郎に抱きしめられた時の自分が感じた気持ちを思い出していた。


「……正直、ドキッとした。だからその時、私の中で『幼なじみの蘭太郎』っていう、蘭太郎に対する今までの見方がちょっとなくなってて……。なんていうか、『1人の男の人』ってカンジでさ。なんか、自分でもよくわかんなくなっちゃって……」


「なるほど。じゃあ、全くあり得ない……ってわけでもないってことだ」


「……ううう。もうわかんないよ。なんでいきなりこうなっちゃったんだろう」


私が頭をグシャグシャとかきむしっていると。


「ねぇねぇ。もしかして、春姫の星座って今〝恋愛運絶好調〟のモテ期とかだったりする?だって、谷崎さんにマザコン男に蘭ちゃんに。ちょーモテモテじゃん。いいなぁ。うらやましー」


ユリってば、ちょっとじと目でにやにやしながら私の顔を覗き込んできた。


「もう、ジョーダンじゃないよー。谷崎はまだしも、『ママぁー』のマザコン男に、弟のようにしか思ってなかった蘭太郎だよ?どうすればいいのってカンジ。ーーーユリ、この唐揚げすっごい美味しい!」


そう言いながら唐揚げをほおばっている私に、ユリがにたぁっとしながら近寄ってきた。


「へぇ。『谷崎はまだしも』なんだぁーーーーー。ってことは、今のとこ春姫の中では谷崎さんが有力候補ってこと?」


「そ、そんなんじゃないけどっ。なんていうか、状況的にいちばんなにもないっていうか。そういう意味!現に今だってなーんの変化もない日々で、逆に私の方が『私、ホントに告白されたんだっけ?』って思っちゃうくらい、アイツの態度も今までどおりフツウだし」


「まぁ、確かにいろんな面を考えても、ゆくゆくは谷崎さんとつき合うってのが春姫には理想的かもしれないよねー。なかなかお似合いだし」


にやにやしながら大きくうなずくユリ。


「だから、そんなんじゃないっつーの。それはそうと、さっきもちらっとお願いしたけど……蘭太郎にも早めに教えてあげてね、マザコン男の妹の件。私、それを言いに蘭太郎の家に行ったハズなのに……。まさかこんなことになるとは……」


また気持ちがちょっとへこむ。


「了解。ちゃんとしっかり蘭ちゃんに伝えとくから任せて。しかし、アイツもすごい女だよねー。いろんな意味でさ。フツウ、あんなおっかなめの電話があったらビビって諦めるでしょ。まぁ、実際電話に出たのは兄貴の方で、あの女ではないけど。でも、兄貴だって相当ビビっててるだろうに。それにもひるまず『春姫さんに会うなとは言われてないので、会いに来ました』とは、あっぱれだわ」


「私もビックリしたよ。しかも、私のことを蘭太郎を取り合うライバルだと勘違いしていることにもビックリだよ」


私の言葉に、ユリが声高らかに笑った。


「確かに、それにはビックリだわ。きっと車でのあの救出劇とか、蘭ちゃんに近づくなの警告の電話とかで、春姫が蘭ちゃんを好きで嫉妬して邪魔しているに違いないーーーとかなんとか思ってるんだろうね」


「たぶんね。単に蘭太郎本人がイヤがって助けを求めてきたから、私達はそうしてるってだけの話なのに」


「でもさ。万が一……ホントに万が一だけど。あの女の押しの強さに負けて、蘭ちゃんがアイツとつき合うことになったら、春姫はどう思う?」


「え?」



あの女と、蘭太郎がーーーーーーーー?



いやいやいやいや。


そんなことあり得なくない?


「あ、春姫。今ちょっとイヤそうな顔したぁー。蘭ちゃんが誰かに取られたら取られてやっぱり寂しいんだぁー」


「違うよっ。相手があの女だからちょっとイヤだなって思っただけだよっ」


「だね。私もイヤだわ。まぁ、とにかくさ、少しゆっくり考えてみたら?蘭ちゃんのことも、谷崎さんのことも。マザコン男は……よしとして」


ユリの笑顔につられて、私も少し笑った。


「うん。そうする……。ユリ、今日は来てくれてありがとう。唐揚げもおにぎりもすっごい美味しかった。もう遅いし泊まってかない?」


「当たり前。こんな夜更けに、若くてカワイイ女の子を1人で帰らせる気?」


「だよね」


ユリの言葉にまた2人で笑っちゃった。



その夜、寝床に入りながらしばらく2人でおしゃべりしてたけど。


ユリが眠りについたあとも、私はなかなか寝つくことができなかった。




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