第24話 蘭太郎

ピーンポーン。


『ーーーーーーー』


ピーンポーン。


『ーーーーーーー』



インターホンからの反応なし。


まだ帰ってきてないのかなぁ……。


そういえば、蘭太郎んちの窓暗かったかも。


それともまさかの居留守……?


「蘭太郎、いるの?いないの?私、春姫っ。いるなら開けてよっ」


コンコンコン。


ドアをノックしながら呼びかけてみたけど、応答なし。


どうやらホントにいないみたい。


何時頃帰ってくるんだろう……。


腕時計を見る。


もうすぐ午後7時。


しゃーない、待つか。


私はドアの前にしゃがみ込んで、蘭太郎の帰りを待つことにした。



一応建物の中とはいえ、この季節のこの時間帯はさすがに若干肌寒い。


私は身を縮こませて小さくなった。


蘭太郎、早く帰ってこないかなぁ……。


マンションの廊下に1人ポツンとしゃがみ込んでいる私。


この状況下の私って、なんか妙に切ない女じゃない?


ああ……小さい頃、家に誰もいなくて留守番の時、鍵持って行くの忘れて。


学校から帰ってきてこうして待ってたこと……何回かあったなぁ。


そういう時に限って蘭太郎も用事でいなかったり、遊ぶ人もいなかったりで。


フフ……なんか懐かしい。


あの時、待ってる時間がものすごく長く感じてさー。


お母さんが帰ってきて、やっと家の中に入れた時の喜びったらないんだよね。


そんな昔のことを思い出したりしてるうちに、私はなんだかウトウト眠くなってきてしまったんだ。


そして、しゃがみ込んで小さく丸まったまま。


いつの間にか、私はその場で眠ってしまったんだ。



ーーーーーーーーーーーーーーーー




どれくらい経ったのだろう。


近づいてくる誰かの足音と、ブルッとくる寒さで私はふっと目を覚ました。


と、すぐに。



「え。春姫ちゃんっ?」



んぁ……?


寝ぼけまなこで声の主を見上げる。


「……あ、蘭太郎っ。おかえり!」


ううう、寒い……私ってばいつの間に寝ちゃったんだ?


「ど、どうしたの?春姫ちゃんっ。こんなところで」


驚いている蘭太郎。


「蘭太郎が帰ってくるの待ってたら、いつの間にか寝ちゃったみたい」


あははと笑って見せたけど。


鼻水じゅるる。


ヤバい、風邪引いちゃったかな。


私は立ち上がってブルッと身震い。


「待ってたって……。もう21時半だよ?いつからここにいたの?」


「え?えっと……19時?19時半?あ、19時か」


私が鼻水をずずっとすすりながら言うと、蘭太郎が私の腕をつかんだ。


「とにかく中に入って。ほら、鼻水出てるし!」


「うん」


私は鼻水をタラしながら、蘭太郎に背中を押されて部屋へと入っていった。




「ーーーーーーああ、あったかい」


私はふかふかのソファに身を沈めた。


「はい、ココア。あったまるから」


蘭太郎が、甘い香りのするあたたかいココアを赤いマグカップに入れて持ってきてくれた。


「わーい。ありがとう」


あちち……コクン。


体の中がほわーんとあったまるカンジ。


「おいしー」


私が喜んでココアを飲んでいる姿を見て、蘭太郎が静かにうつむいた。


「……ごめんね。春姫ちゃん。僕のせいで寒い思いさせちゃって……。僕がずっとケータイ留守電にしてたせいで……。こんなに待たせちゃって。ホントにごめん」


私はガラステーブルの上にそっとカップを置いた。


「蘭太郎、顔上げてよー。私と蘭太郎の仲でしょ?なに神妙な顔してんのよ。それに、私が勝手に待ってたんだもん。蘭太郎が気にすることないじゃん。でも、全然電話出てくれないから、連絡取れなくて心配しちゃったよー。私もストーカーか?ってくらい、蘭太郎に何回も電話しちゃったよー」


私が笑いながら言うと、蘭太郎がそっと顔を上げた。


「春姫ちゃん……」


「で、我慢できなくてもう家まで来ちゃったよ」


笑いながらそう言ったその瞬間。


蘭太郎が私の腕をつかみ、そして私の体をぎゅっと引き寄せたんだ。



ーーーーーーーーえ?



「ちょ、ちょっと……。蘭太郎……?」


突然の信じられない蘭太郎の行動に、私は頭が真っ白になってしまった。


小さい頃からずっと一緒に育ってきた蘭太郎。


弱虫で泣き虫で女の子みたいだった蘭太郎。


だけど……。


今、私を抱きしめている蘭太郎の腕は、強くガッシリしていて。


子どもの頃とはまるで違う、大人の男の人の腕だった。


「……蘭太郎……?」


少しずつ冷静になっていく私の頭の中。


そんな私をなにも言わずに抱きしめたままの蘭太郎。


そして、しばらくしてから蘭太郎が静かに口を開いた。


「……春姫ちゃん、僕、もう子どもじゃないよ。もう24の男だよ」


蘭太郎の言葉に、私の胸が大きくドキンと鳴った。


「春姫ちゃん。僕、本気だよ……。本気で春姫ちゃんのことが好きなんだ。ひとりの女性としてーーーーーー」


ドキン……。


蘭太郎の声が、私のすぐ耳元で聴こえる。


ドキドキーーーーー。


気がつくと、私の鼓動は大きく波打っていた。



待ってよ。


私と蘭太郎は幼なじみだよね……?


恋とか愛とか、そういうの通り越してる関係だよね……?


そう自分に問いかけながらも。


今こうして私を抱きしめている蘭太郎は、ただの幼なじみだった蘭太郎とは明らかに別人だということを、私は確かに感じていた。


いつの間にか、私よりも背も高くガッシリとした体つきになっていた蘭太郎。


あったかくて優しい蘭太郎のぬくもり。


なんだかすごく……居心地がいい。


それは、私と蘭太郎が幼なじみという関係だから……?


気心が知れてる仲のいい2人だから……?


それとも……。


私は今、ひとりの男の人として蘭太郎のぬくもりを感じているの?


わからないーーーーーーー。


私はそっと蘭太郎の体を離した。


「蘭太郎……。すごくあったかい」


「春姫ちゃん……。アイツのことどう思ってるの?」


「え……?」


吸い込まれそうな真っ直ぐな蘭太郎の瞳。


「……嫌いではないよ。でも、わかんない。好きとかそういうの……。今はそんなのないもん……」


「じゃあ、僕のことは?」


蘭太郎の質問に、ふと……昼間の彼女の言葉が胸に蘇った。



『あなたは蘭太郎さんが好きなんですわ。自分で気がついていないだけでーーーーー』



自分で気がついていないだけで。


私は蘭太郎のことが好き……?


幼なじみとしてじゃなくて。


1人の男の人として……?



プルプル。


慌てて頭を振る。


違う、違うよ。


だって、そんな風に思ったことも考えたこともなかったもん。


蘭太郎に対して、幼なじみ以外の『好き』はあり得ないって……そう思ってたもん。


でもそれって……あの女が言うように、私の思い込みかもしれないの……?


近くにい過ぎて、ホントの気持ちに気がついてないの……?


私の蘭太郎への『好き』の気持ちは、恋とか愛とかそういうものなの?


わかんない。


わかんないよ……。



「ごめん、蘭太郎……。私、なんかわかんなくなっちゃった……。今日はとりあえずもう帰るね……。ココアごちそうさま……」


私はそう言うと、自分のバッグをつかみ玄関を飛び出した。


「春姫ちゃんっ……」



背中に、蘭太郎の声を聴きながらーーーー。










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