第23話 宣戦布告

『ーーーー只今電話に出ることができません……』



蘭太郎のヤツ……今日も留守電になってる。


私は誰もいない店内で小さくため息をついた。



今日は木曜日。


居酒屋でひと悶着もんちゃくあったあの日から3日も経つのに、蘭太郎ってばずっとケータイを留守電にしたままでちっとも出ないの。


あの日、ユリがあとから蘭太郎を追いかけてくれたんだけど、『1人にしてほしい』と言われたみたいで。


話もなにもできずに蘭太郎は行ってしまったらしい。


ユリもかなり心配してたし、私も心配で朝も夜もお客のいない仕事の合間も度々電話してるんだけど。


全然連絡が取れなくて……。



ちなみに、私の方はその後どうなったかと言うと。


いつもどおり過ぎる谷崎で、こっちの方が『私、ホントに告白されたの?』って思ってしまうくらい、不思議なほどなにも変わらないカンジ。


まぁ、その方がありがたいからいいんだけど。


谷崎のそのケロッとした明るくサバサバした性格のおかげで、私も思ってた以上に意識せずにフツウに接することができて助かってるよ。


問題は蘭太郎の方。


あのマザコン男の妹の件は、たぶんもう大丈夫だとは思うんだけど……その後どうなったか気になるし。


なによりあの日、居酒屋でスッキリしないまま別れてそれっきりになってるから。


一度ちゃんと話したいって思ってるんだけど……。


ピ。


私はもう一度蘭太郎のケータイに電話をかけてみた。


プルルルーーーーー。


『只今電話に出ることが……ーーーー』


やっぱり、何度かけても留守電だ。


「………………」


よし、こうなったら今夜あたり直接蘭太郎の家に行ってみよう。


私は静かにケータイを置いた。



カラン、カラン。


お客さんが来たらしい。


「いらっしゃいませーーーーー」


私が笑顔で入り口の方を見ると。



「こんにちは、春姫さん」



ほほ笑みながら店に入ってくる女の人。


私はその人を見て思わず目を見開いた。



げっ⁉︎ウソ!!


なんでまたこの店に来てんのっ⁉︎


私の顔が思いっ切り引きつった。


なぜならそこには。


あのマザコン男の妹……〝諏訪まりあ〟がにっこりほほ笑みながら、私の目の前に立っていたのである。


「な、なんでっ?」


この前、谷崎に電話でガツンと言ってもらったハズなのにっ。


もしかして伝わってない⁉︎それともこの女、それしきのことではこたえないってことっ?


私がピクピク顔を引きつらせていると、彼女が口を開いた。



「先日の野蛮人からの脅迫めいた電話のこと、お兄ちゃんから聞きました。春姫さんが野蛮人なら、あなたの周りにいる方々もやっぱり野蛮人なのね。そちらの要望どおり、蘭太郎さんにはあれ以来連絡もしていないし、会いに行ったりもしてません。

でも、まりあが『春姫さんに会うな』とは言われていなかったようなので。こうしてまたお伺いさせていただきました」


こ、この女、相当根性すわってるぜ。


しかも、人のことを野蛮、野蛮と……。


野蛮人なんかじゃないっつーの。


「お兄ちゃんは、ショックを受けてますます落ち込んでいますわ。きっとまだ春姫さんのことが忘れられないのねぇ。でも、まりあはお兄ちゃんに言ってあげました。『あんな野蛮な人達にはもう関わらない方がお兄ちゃんのため、だと。あんな野蛮な人のためにお兄ちゃんが胸を痛める必要はないーーー』と。


だけど、蘭太郎さんのことは別です。春姫さん、第三者を使って蘭太郎さんに会うなと私に脅しをかけるなんて。そんなやり方、ちょっと卑怯じゃありません?そもそも、どうしてあなたがそんなことをう権利があるんですか?」



静かに腕組みしながら私の方をキッと見据える彼女。


私もそんな彼女に真っ直ぐに向き直った。


「あのね。私もハッキリ言わせてもらうけど。蘭太郎は迷惑してるのっ。ひと目惚れだかなんだか知らないけど、いきなり会社に電話してきたり、会社の下で待ち伏せしてたり。あなた、黙ってたら毎日だって電話してきたり待ち伏せしたりして蘭太郎につきまといそうな、そういうタイプだもんっ」


「それは、わたくしに対する嫉妬心ですか?」


マザコン男の妹が、私を見てニヤリと笑った。


「はぁーーー?なに言ってんの?なんで私があなたにヤキモチやかないといけないわけ?そんなことあるわけないじゃんっ」


またわけわかんないこと言い出すよ、この女。


「さぁー。どうかしら。あなたと蘭太郎さんのこと、調べさせてもらったんですけど。ふたりは幼少の頃から一緒に育った幼なじみだそうですね。常に当たり前のように自分の近くにいた存在が、急に誰かに取られそうになって、内心焦ったんじゃありません?自分が自覚してないだけで……」


「え?」


焦る?私が?


はぁーーー?


「それに……。この前お兄ちゃんにかけてきた電話で、あなたの彼氏だと名乗ったという野蛮な人。彼は、蘭太郎さんのことを自分の弟だと言ったそうですが。それは真っ赤なウソですよね?春姫さん」


ギク。


にこっとほほ笑む彼女。


「調べ上げればすぐにわかることなのに。そんな初歩的なミスをするなんて。おもしろいですわ。ホントは騙されてあげようかと思ったのですが……。この際だから言いますね。電話をかけてきた野蛮人。そもそもあの方は、春姫さんの彼氏ではないですよね?」



げっ!


うっ……。


か、完全にバレているっ……。


ちょっとちょっと。


こんな展開になるなんて聞いてないよぉーっ。


私があぶら汗をかきながら必死に返す言葉を探していると、彼女がずいっと近寄ってきた。


そして、とんでもないことを言い出したのだ。


「あなたは結局のところ、蘭太郎さんのことが好きなんですわ。ただ、そのことに気がついていないだけで。だから、まりあの蘭太郎さんへの想いを邪魔しようとするんです」


はぁ?


「でも。ライバルができて、まりあもますます燃えてきました。あなたには負けませんわ。まりあはまりあのやり方で、きっと蘭太郎さんを振り向かせて見せます。蘭太郎さんの兄でもない、春姫さんの恋人でもない、もうそんなただの野蛮人の言いなりになる必要もないということがハッキリしましたので。それでは、いずれまたーーーーー」


カツ。


ブランド物の高級そうなミュールを鳴らしてくるっと回ると、彼女はさっそうと店を出て行った。


「…………………」


ちょっと待ってよぉ。


なんなの?これは。


なんだか身体中のパワーを吸い取られてしまったかのように、私はぐったりとしゃがみ込んだ。


この前の谷崎の電話でスッキリ終ったんじゃなかったの?


大体、なんで私が蘭太郎のことが好きで、それでもってあの女のライバルなわけ?


わけわかんないこと言ってないでよーーっ。


とにかく。


あの女が再び動き出したということを、蘭太郎にすぐ教えてあげないと!


蘭太郎、今夜行くから待ってて。


私は大きくうなずいてから、気合を入れて立ち上がった。




そして、その日の夜。


私は、仕事帰りにそのまま蘭太郎のマンションにやってきたんだ。




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