第22話 まさかの告白
「蘭太郎っ。あんたいきなりなに言い出すわけ?そんなこと店長に言ってどうすんのよっ」
「春姫ちゃんは黙ってて」
え。
真剣な瞳の蘭太郎。
しーんとなる部屋。
そんなことはおかまいなしといった様子で、蘭太郎はもう一度谷崎の方に向き直った。
「僕は、春姫ちゃんがあなたと一緒に働くと聞いて正直不安でした。なぜかわからないですけど、胸騒ぎというか……。そんなものを感じました。でも、春姫ちゃんはあなたのことを勇気と男気のあるいい人だと言っていたので。ホントはすごくイヤだったんですが……。春姫ちゃんを応援することにしました」
黙って蘭太郎の話を聞いている谷崎。
私は突然の蘭太郎の行動にただオロオロするばかり。
「ら、蘭太郎、どうしちゃったのよー。そんな真面目な顔していきなり語り出しちゃって」
私はこの場を明るくしようと、あははと笑いながら言ってみたんだけど。
そんな私の言葉をさえぎって、蘭太郎が谷崎の方を真っ直ぐ見ながらテーブルから更に身を乗り出した。
「だけどっ。僕はやっぱり、あなたと春姫ちゃんが毎日一緒にいるっていうのはイヤですっ」
蘭太郎!まーたそんなことをっ!
清々しいほどにキッパリ言い切る蘭太郎。
「あなたは、勇気もあって強くてたくましい人かもしれない。さっきの電話も……あなたのおかげで、あの兄妹ももう僕達につきまとってこないと思います。ありがとうございました。
でも……。ちょっと乱暴過ぎませんか?いくら演技だとは言え、『ただじゃおかない』とか『あの世行き』だとか。春姫ちゃんのことだって『オレの女』だとか。わかってますよ?演技だってことはっ。
でも、なんのためらいもなくそんな風に乱暴な態度やでたらめなことを言ったりするあなたと春姫ちゃんは……合わないと思いますっ。だから、仕事以外では春姫ちゃんにあまり関わらないで下さいっ!!」
蘭太郎ってば、なにわけわかんないこと言ってんのっ?
「蘭太郎っ。あんたどうしちゃったのよ⁉︎大体にして、店長と私が合うとか合わないとか。どっからそんな話が出てくるわけ?」
私が慌てて蘭太郎に言うと。
今まで黙って蘭太郎の話を聞いていた谷崎が、トントンとタバコの灰を灰皿に落としながら静かに口を開いた。
「全部がでたらめってわけでもねーな。オレの本音と願望もちょっと入ってるかな」
え?
「さっきのは確かにキミと春姫を守るための芝居だったけど。いずれ、ホントに春姫がオレの彼女になってくれればいいなって思ってる。オレも、春姫が好きだから」
沈黙ーーーーーーー。
そして、数秒経って私はハッと我にかえった。
ちょっと待って。
今、なんて言った……?
私はポカンと口を開けたまま、隣の谷崎を見る。
すると短くなったタバコの火をくしゅっと消しながらアイツが言った。
「まさか、今日こんなところで愛の告白をするハメになるとは思ってもみなかったぜ。ま、そういうわけだけど気にするな。どっちみち今は仕事や家のことがゴタゴタしてるし、春姫も店盛り上げようと一生懸命がんばってくれてるし。そんな中私情挟んでやりづらくなっても困るからな。当面オレの胸の中に閉まっとくだけで、言わないつもりだったし」
私の頭をポンとする谷崎。
こ、これは……どういうことっ?
事態を受け入れられない私に、ユリが黄色い声を出して言った。
「春姫っ。あんた告白されたんだよっ⁉︎なにボーッとしてんのよっ」
え……。
告白……?告白……?
告白ーーーーーっ⁉︎
一気に目が覚めたように、私の頭の中がシャキーン!とクリアになり、さっきの谷崎の言葉が途端にリフレインし出した。
た、谷崎が……私のことを好きっ……?
ウ、ウソでしょーーーーっ⁉︎
ダンッ。
私は後ろの壁にのけぞった。
そんな私をよそに、平然とした顔でグラスに残っている烏龍茶を飲む谷崎。
な、なんなの、これはっ。
この状況はなにっ?
半ばプチパニックの私。
そんな中、蘭太郎が口を開いた。
「た、谷崎さんっ。あなた、真剣に春姫ちゃんが好きでそういうこと言ってるんですかっ?そんな軽い態度でっ……。しかも、まだ知り合ってそんなに経ってないじゃないですか。ふざけたり、からかったりしてるならやめて下さいっ」
そんな蘭太郎の顔を真っ直ぐ見ていた谷崎は、凛とした涼しげな表情でこう言ったんだ。
「オレは本気だけど。それに、時間は関係ないんじゃない?出会ってすぐに好きになることだってあるだろう」
ドキン。
谷崎の口から出た言葉に、小さく胸が鳴った。
なんだか恥ずかしい。
私がどうしていいかわからずうつむいていると。
「ーーーーーそれに。春姫と合う合わないは、キミが決めることじゃなくて春姫が決めることだと思うけど」
真っ直ぐに蘭太郎を見つめる谷崎。
蘭太郎は、なにか言いたげな表情で唇をぎゅっと結んでいたけど。
黙ったまま突然ガタッと立ち上がったんだ。
「蘭太郎?」
私が驚いて見上げていると、蘭太郎はスーツのポケットから財布を取り出した。
「僕はこれで失礼します」
そう言いながら、財布から5千円札を出してテーブルの上に置くと軽く会釈をして、そのまま部屋を出て行ってしまったんだ。
「ちょ、ちょっと!蘭太郎っ?」
慌てて引き止めようとしたけど、蘭太郎は既に店を出て行くところですぐに姿が見えなくなってしまった。
「そっとしといてやれよ」
と、谷崎。
「でも……」
なんで?
なんでいきなりこんなことになっちゃったの?
わけわかんないよ。
あんな蘭太郎、初めて見たよ……。
私が戸惑ってオロオロしていると、ユリがすくっと立ち上がった。
「私、蘭ちゃんのとこ行ってくる。春姫はそのまま!私1人で大丈夫だから。谷崎さん、蘭ちゃんのこと許してあげて。あの子、小さい頃から春姫にベッタリで……。ホントに春姫のこと慕ってるから。だから、ちょっと寂しかったのかもしれない。ホントは優しくてすごくいい子なんです。ね、春姫」
「……う、うん」
私がうなずくと、谷崎が優しい笑顔を見せた。
「わかってるよ、ユリちゃん。それに、オレもけっこう彼にズバズバ言っちゃったし」
そう言ってちょっと苦笑いする谷崎を見て、ユリも少し笑った。
「じゃあ私行きます。春姫、あとで電話する。谷崎さん、ごちそうさまでした」
ユリが急いで席を立ったあと、2人きりになったこの部屋はしーんと静まり返っていた。
妙な雰囲気。
私はドキドキしてきて、そそそ……と谷崎からちょっと離れたところに座った。
「おい、なんでそっち行くんだよ」
「えっ。だ、だって……」
「おまえ、オレが意表をついて突然愛を打ち明けたからって、あからさまに意識しなくてもいいだろう」
そう言いながらケラケラ笑う谷崎。
「そんなんじゃないけどっ……」
「で。春姫はオレのことどう思ってんの?」
「ええっ?ど、どうって……。わかんないよ、そんなのっ」
谷崎ってば、ケロッとした顔でそんなこと聞いてくるんだよっ?
そんなこといきなり聞かれたってっ。
「まぁ、オレのことは男気あるいいヤツ?と思ってくれてるみたいだし。嫌いではないよな」
にこにこっとしながら私を見る谷崎。
「それはっ……。っていうか、き、嫌いなわけないでしょ、別に……」
谷崎が直球過ぎるから、私の方がタジタジしちゃうよ。
「だったらそれでいいよ。当分は、今までどおり2人で店がんばってこーぜ。楽しくな」
谷崎が私の隣にしゃがみ込んで笑顔で肩を組んできた。
「そう深く考えるなって。まぁ、あれだな。春姫にはオレ様というカッコよくて強くてステキなボディガードがついてると思え。なにか困った時はオレに言え。助けてやっからよ」
ドキン。
また胸が鳴った。
自分でカッコイイとかステキとか言うのは余計だけど。
ホント、女の子の心の奥をドキンとさせる言葉を、なんのためらいもなくサラッと言うんだからこの人は。
こっちはそういうの慣れてないんだから。
頭をポリポリしていると。
「おまえ、ボーッと浮かれて店の仕事をおろそかにすんなよー?」
「し、しないよっ。ちゃんとやるもんっ。っていうか、別に浮かれてないし!」
「それと、日曜。忘れんなよ」
にやっとしながらポンと肩を叩く谷崎。
げっ。
「そ、それは……その……」
「イヤだとは言えないよなー。だってさっきしっかり約束したもんなぁーーー」
ううう……。
「……わかったよっ!協力するよっ」
「よーし」
谷崎が私の髪の毛をくしゃくしゃなでた。
もぉ、私は犬か!
「そんじゃ、オレ達もそろそろ帰るか」
「うん」
私が立ち上がると、谷崎が蘭太郎が置いていった5千円札を手に取った。
「これ、アイツに返しといて」
「受け取らないよ。たぶんね……」
「ーーーだよな。んじゃ、もらっとくか。オレがおごるって言ってたのに悪いことしちゃったな」
苦笑いの谷崎。
そしてレジに向かう途中、優しい笑顔でこう言った。
「春姫、アイツにちゃんと電話でもしてやれよ。おまえ、幸せだな。あんなに自分のことを想って心配してくれる幼なじみがいてさ」
「……うん」
少しずつ冷静な気持ちを取り戻しつつある私の中で、蘭太郎の笑顔が浮かんだ。
だけど。
すぐに私の中には別の誰かの存在が浮き上がる。
今、私のちょっと前を歩いているアイツ。
谷崎竜ーーーーーーーー。
レジで会計を済ましているアイツの後ろ姿。
明らかに、今まで出会ったことのないタイプの男。
あんな風にケロッと告白とかしちゃって、されちゃって。
からかってんの?と思いきや、そういうわけでもないみたいで。
なんだかすごく真っ直ぐなヤツ。
しかも、その直後にこうしてソイツと2人きりでいるのになぜかギクシャクしない。
ぎこちない雰囲気にならない。
なんでだろう。
なんだか、不思議なヤツーーーーーー。
「おーし。行くぞー」
「あ、うんっ」
私は少し前を歩くアイツの背中を慌てて追いかけた。
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