第20話 蘭太郎救出大作戦
オフィスビルが建ち並ぶ、その一角。
赤のマーチに乗った私とユリは、とある高層ビルの下の道路脇にひっそりと車を停めて身を潜めていた。
只今の時刻、午後8時。
さっき蘭太郎と電話で話した時、8時半頃には終われるって言ってたからもうすぐだ。
でも、今のところこの付近であの女がうろついている気配はない。
私は、助手席で身を低くしながら窓の外をキョロキョロ見渡した。
「ねぇ、ユリ。あの女いないみたいだよ?もしかして、待ちくたびれて帰ったのかな」
「ううん。絶対どこかにいるハズよ。その手のタイプのヤツは、待つことなんてちっとも苦に感じないのよ。ひょっとしたら。近くのカフェとか喫茶店とかで待ってて、時間見計らって会社の下までやってくるのかも」
ハンドルにかぶざるようにして、じっと外を見ているユリ。
「ねぇねぇ。なんかうちら本物の刑事みたいじゃない?」
刑事もののドラマで、こういう風に車の中で張り込みをするシーンとかよくあるじゃん。
私がちょっと笑いながらユリをつついていると。
「あっ」
ユリがガバッと体を起こした。
「ねぇ、あの若い女、そうじゃない?」
「えっ」
私はユリが指差した方向に慌てて視線を送った。
道路を挟んだ向かいのビル。
その下にある小さな喫茶店から、薄いピンクのワンピースにくるんくるんのゴージャスな巻き髪のお嬢様スタイルの若い女が出てきた。
そして、こちらに渡る信号が青になるのを待っている様子。
あの顔にあの雰囲気……。
間違いない、マザコン男の妹だっ!
「ユリ、あの女だよっ」
「アイツかぁ」
私とユリは、車のシートに身を沈めた。
私達が乗っているとも気づかずに、この車の横を通って会社の入り口に向かって行くあの女。
車内では妙な緊張感が漂っている。
「いやぁ、あの女……。ホントに夜まで蘭ちゃんのこと待ってたよ。しかも、蘭ちゃんの言ったとおりきっかり会社の真下に向かってるよ」
ユリは半ば感心したように、車の窓からあの女の様子を伺っている。
私もうなずきながら、ユリと一緒に窓の外を監視する。
蘭太郎の会社の正面玄関にある、緩やかな大きな階段。
その横にある丸い大きなコンクリートの柱にもたれかかるあの女。
白いバッグから小さな手鏡を取り出すと、髪の毛や目元をチェックしている。
車の中にいるのに、まるで鼻歌までもが聴こえてきそうなほど、あの女の嬉しそうな態度がこっちににも伝わってくる。
「あーあ。ありゃ、完璧にウキウキルンルン恋してる女の顔だね。当の蘭ちゃんは泣くほどイヤがってるっていうのに」
ユリが呆れたように言ったその時だった。
ピロロロー♪
私のケータイが鳴った。
「蘭太郎だっ」
私はすぐに電話に出た。
「もしもし、蘭太郎?仕事終わったの?」
『うん。終わった……けど。春姫ちゃん達、今どこ?』
「もう会社の下だよ。蘭太郎の言ったとおり、あの女もウキウキしながらあんたのこと待ち伏せしてるよ」
『えええっ。ホ、ホントにいるのっ……?』
蘭太郎の悲痛な声が、電話の向こうから聞こえてくる。
「いるいる。しっかりいるよ。でも安心しなさい、無事に蘭太郎を救出してあげるから」
『ありがとうっ』
「じゃあ、さっき言ったように。蘭太郎は、あの女に見つからないようにロビーのとこで隠れて待ってて。今、ユリが迎えに行くから」
『わ、わかった!』
「ユリが見えたら、こっそりユリに合図して。すぐに蘭太郎のとこに行くから。そしたら、ユリが持っていく帽子とサングラスをして会社から出て素早く2人で車に乗り込んでっ。赤のマーチだよ!」
『う、うんっ』
そう言って電話を切ると、ユリが私を見て大きくうなずいた。
そして、あらかじめ用意してきた帽子とサングラスの入った紙袋を持って、さっそうと車を降りて行った。
私は興奮する胸を押さえながら窓の外の様子を伺った。
柱にもたれかかっているあの女の横を、何食わぬ顔で歩いていくユリ。
あの女もユリのことは知らないので、これと言って気にとめる様子もなく、相変わらずウキウキした表情で蘭太郎を待ち続けている。
ひゃーーーー。
なんかまさに刑事ドラマの世界のようだわっ。
私がひとりキャーキャー騒いでいるうちに、ユリは蘭太郎の会社のビルに到着。
無事に中に入った模様。
だけど、ここからが問題よ。
帽子にサングラスといった王道変装スタイル。
これじゃ余計に目立つかも……とも思ったんだけど、顔がバレないように脱出するにはこれしかないということでそうしたんだけど……。
やっぱドキドキするわー。
まぁユリも一緒だし、強行突破できるだろう。
がんばれ、蘭太郎!ユリ!
私がハラハラしながらあの女と入り口の両方を見ていると、突如あの女が動いたんだ。
左手にしている腕時計をちらっと見ると、おもむろに入り口の方に向かって歩き出したんだ。
そろそろ蘭太郎が出てくる頃と見込んで、ロビーで待ち伏せしてやろうという魂胆らしい。
あああ、どうかうまく蘭太郎を連れ出して!ユリ!
緊張が絶頂に達したその時。
来たぁーーーーーーっ。
スーツ姿に帽子とサングラスという、なんとも不審なカッコをした蘭太郎とユリが、足早に会社のビルから出てきたんだ。
そして、なんと。
その玄関付近であの女と思いっ切りすれ違ったではないか。
あからさまに怪しげなカッコをした蘭太郎に目がいかないわけがない。
案の定、あの女は会社を出て行こうとする蘭太郎とユリを見て、すぐさま振り返ったのだ。
なんともいぶかしげな表情で蘭太郎のことを見ているマザコン男の妹。
でも、顔は隠れてるし隣には見知らぬ人がいるしで、眉をしかめながらも2、3歩あとを追ってから立ち止まった。
そんな中、ダッシュで車に向かってくる2人。
その様子を後ろからじっと見ているあの女。
2人が車に着いたところで、私は中から素早く運転席のドアを開けた。
「早くっ!めっちゃあの女こっち見てるっ」
「サンキュッ」
ユリが急いで乗り込み、蘭太郎も後ろのドアを慌てて開ける。
と、あの女がフロントガラス越しに私の顔に気づいたらしく、玄関を飛び出して階段を駆け下りてきたんだ。
げっ。
「蘭太郎、早く!!」
「う、うんっ」
蘭太郎が車に乗り込んでバンッとドアを閉めると。
なんと、あの女が険しい顔つきでこっちに向かって走ってくるではないかっ。
「ギャーーーーー来た来た来たっ!」
悲鳴を上げる蘭太郎。
「ユリ!早く出してっ!」
ブォォォン!!
ユリがアクセル全開で走り出し、道路へ逃げ込んだ。
振り返ると、仁王立ちしたあの女の姿がどんどん遠ざかっていく。
そして、曲がり角を曲がり、完全にあの女の姿が見えなくなると、私達は一斉に大きく息を吐いた。
「はぁぁぁーーーーー」
「……ビビったぁ」
「こんなに焦って緊張したの、久しぶりだよー」
私とユリがもう一度大きく息を吐くと、蘭太郎もげんなり疲れ切ったようで帽子とサングラスを外した。
「春姫ちゃん、ユリさん。ホントにありがとう。おかげでなんとか助かったよぉ」
蘭太郎が苦笑いしながら、運転席と助手席の間に顔を出した。
「どういたしまして。しかし、蘭太郎もすっごい女に好かれちゃったもんだね」
「ホントだよねー。まぁ、今日はなんとか切り抜けられたけど。明日からどうするかって話だよねー。また待ち伏せしてる可能性大だよ」
私とユリの言葉に、蘭太郎がガックシ肩を落とした。
「ど、どうしたらいいんだろう……。僕」
「春姫、こうなったら今すぐにでも谷崎に協力してもらった方がいんじゃない?」
運転しているユリが、私の方をちらっと向く。
「……春姫ちゃんっ。僕からもお願いするよぉ」
谷崎のことをあんなにイヤがっていた蘭太郎が、すがるように私の方を見る。
「……そうだよね。これであの女がすんなり引き下がるとは思えないよね。この分だと、きっと明日も蘭太郎を待ち伏せしにやってくるよね。それに、私の顔にも気づいてたから。ますますなにしてくるかわかったもんじゃないかも……」
お、恐ろしい……。
ここは、できれば今夜のうちにガツンとケリをつけてしまった方が安全かも。
「わかった。谷崎に電話してみる」
2人がうなずく中、私はアイツのケータイに電話した。
プルルルルーーーーーー。
『はい、谷崎』
ホテルの仕事中なのか、ちょっと忙しそうな気配でヤツが電話に出た。
「もしもし、店長?私、春姫だけど……」
『おおー。春姫か。お疲れ!どうした?』
勤務時間外の私からの電話に、ちょっと意外そうに、でもなんだか嬉しそうな声のトーンに変わる谷崎。
「お疲れさま。今……忙しい?」
『いや、ちょうどひと段落したところだ。なんだ、デートのお誘いか?』
「違うよっ。あのさ、昼間お願いしたこと覚えてる……?」
『昼間?ーーーああ、マザコン男の件か?』
「そう、それっ。でね、突然なんだけど……。今日、これから電話してくれない?お願いっ」
私が勢いに任せてお願いすると。
『なんだ。なんかあったのか?大丈夫か?』
思いがけずすごく心配してくれている様子の谷崎。
「あ、うん。私の方は今のとこ大丈夫なんだけど……。その妹の方なの。ほら、私の幼なじみにひと目惚れしたっていう。その女がね、蘭太郎の……あ、私の幼なじみが蘭太郎っていうんだけど。その蘭太郎の身の上を調べ上げて、いきなり会社にまで電話してきてさ。しかも、ついさっきまで会社の下でずっと待ち伏せしてたのよ。で、今私と友達とで蘭太郎を車でなんとか救出してきたとこなんだけど……。
私に気づいたみたいで、あの子もすごい怒っててさ。なんかヤバイってカンジなんだよ」
私が一気にしゃべり上げると、谷崎がにやっとした口調でこう言ったんだ。
『なるほど、その幼なじみがピンチってわけか。よし、わかった。やってやるよ。ただし、オレとの約束も忘れんなよ』
「え。そ、それはっ。私はできないよっ。無理だって!」
『じゃあ、オレも無理かもー』
アイツのニヤニヤした顔が頭に浮かぶ。
キーーーー!
コイツ、なんて意地悪なヤツ!
「春姫、頼まれてやんなよ。こっちだって助けてもらうんだからさ」
私の様子から話の内容を察したユリが、肘でつついてきた。
「ううう……。わ、わかった。だから、とりあえず協力してっ!」
後ろの蘭太郎がキョトンとしながらユリに尋ねる。
「ユリさん。なんのこと?」
そんな中、電話越しのアイツの声が一気に元気になりやがった。
『了解!今の言葉、忘れんなよ』
うぐぐ、なんでこうなるんだっ。
しかし、今この状況では『わかった』と返事するより他なかったのだ。
とは言え、なんかまんまとハメられたような気がする……。
いやいや、とりあえずは蘭太郎を守るため!
私は大きくうなずいた。
そんなこんなで。
なにはともあれ、急なお願を快く?引き受けてくれた谷崎と、私達は数十分後に落ち合おうことになったんだ。
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