第19話 彼氏のフリ、彼女のフリ⁉︎

な、なにそれっ!!



私がビックリ仰天でのけぞっていると。


相互扶助そうごふじょ。困った時はお互いさまだ」


そう言いながら、アイツは満面の笑みで私の肩をポン!と叩いてきた。


いやいやいやいや、ちょっと待って。


「なんでっ!どういうことっ⁉︎」


「まぁ、おまえと似たようなもんだな。実はよぉ、親父とお袋がある財閥の娘とオレを結婚させようと企んでて、見合いめいた話が出てきてんだよ。だから、早いうちに手を打っとかねーとそれこそえらい目に遭うからさ。いい機会だから、オレもおまえにオレの彼女フリしてもらって、親父とお袋を諦めさせるよ。だから頼むわ」


え?え?ちょ、ちょっと待って!


「いやぁ、しかしさ。オレとおまえ、おもしろいくらい似たような境遇じゃねーか?ま、オレはおまえほどコントみたいで尚且つ緊迫した状況ではないけどな」


そう言って、カラカラ笑う谷崎。


だけど、私にとっちゃ笑えないからっ。


「待って待って。全然似たような境遇じゃないじゃんっ。そっちはお金持ち同士の世界でのことで、私んちは一般庶民でっ。……まぁ、無理やり結婚させられようとしてるとことか何気にちょっと似てるけど……。そして、私も店長に彼氏のフリしてもらおうとしてるけどっ」


「おう。似てるじゃん」


「でも!私そんな……店長のお父さんとお母さんに会うなんて……。できないっ。無理っ!」


ましてや、結婚を考えている2人の想定だなんて!


無理、無理っ。


ブンブンブンブンッ。


思いっ切り首を横に振って、全力で拒否。


すると。


「あ、おまえ。もしかして、オレのこと見捨てて自分だけ助かろうっての?」


谷崎がじと目で私の顔を見ながらにやっとする。


「そ、そういうわけじゃっ……」


だって、いきなり親に会ってくれだなんて。


そんなのできないよっ!



「んま、そういうわけだから頼むわ。春姫はオレの横でニコニコしててくれればいいから。時間とか決まったらまた教えるからよ。あ、もうこんな時間か。オレ、これから行かなきゃなんねーとこあんだわ。今日は戻って来れないと思うから、時間になったら店閉めて上がってくれな。戸締まりよろしくっ。じゃあ!」



「ええっ?ちょ、ちょっと!」


谷崎は笑顔でスチャッと手を上げると、軽やかな足取りで店を出て行った。


急にしーんとなる店内。


小さくかけている有線の音楽だけが聴こえてくる。


もぉぉ、なんなのよーっ。


私が半ベソになりかけているところへ。


カラン、カラン。


勢いよくドアが開いて、突然ユリが店の中に駆け込んできたんだ。


そして。



「春姫っ。もしかして、今店出て車に乗っていたあの男の人が、大男の谷崎っ?」


そう言いながら、私の肩をガシッとつかんできた。


谷崎とほぼ入れ違いのカンジでやってきたユリは、ちょうど店の外で谷崎と出くわしたらしい。


「ああ、うん。アイツが谷崎。っていうか、ユリいきなりすごい勢いで来るからビックリし……」


と、私の言葉が終わらないうちに。


「イヤだぁーーーっ。めっちゃカッコイイじゃん!」


バシッ。


「いてっ」


ユリが興奮しながら私の背中を思いっ切り叩いてきた。


「想像してたよりもはるかにいい男だったわ。いいなぁ、私もここで働きたーーーい」


ユリがキャーキャー騒いでいる。


「ねぇねぇ、あの人何時頃戻ってくるの?」


「ああ、今日はもう店には戻らないって。いろいろ忙しいみたい」


「なんだー。ちょっとしゃべってみたかったなぁ」


ユリが残念そうに店内を見回した。


「せっかくお越しいただいたのに、ご期待に添えず申し訳ございません」


私はふざけてペコリと頭を下げた。


「いやぁ、あと1分早かったらなー。残念!それにしても。蘭ちゃんの言ってたとおりカワイイじゃーん。この店」


「でしょー?モノ自体もカワイイけど、私のセンスもなかなかでしょ?」


「なかなかだ。春姫やるじゃーん。ところで、あの話どうなった?谷崎に頼んだの?」


「それがさっ!もう、聞いてよユリィィ」


私はユリに泣きついて、さっきの谷崎とのやりとりを話して聞かせたんだ。




「ーーーえっ?谷崎の彼女のフリして、両親に会ってくれって?」


話を聞いたユリが、目を丸くして私に聞き返してきた。


「そうなんだよっ。私と蘭太郎のことを助ける代わりに条件があるとか言い出しやがってさっ。アイツ……いいヤツだと思ってたけど、実は人の弱みに付け込む陰険な性悪男かも!」


だって、私と蘭太郎の件は、アイツに協力してもらうのだってせいぜい電話越しのことでしょ?


なのに、なんで私はいきなりアイツの両親に会わなきゃいけないわけ?


しかも、結婚を考えてる風を装ってだなんて!


難易度高過ぎでしょっ。


小学校の学芸会でも、名もない村人Aとかすらしかやったことのないこの私が、そんな大役こなせるわけないじゃんっ。


そんなの絶対無理!!


「やってあげればいいじゃない。がんばれ春姫!」


ズコッ。


笑顔でサラッと言うユリ。


「っていうか、引き受けるしかないよね。それが条件なら」


「イヤだ。私はやらないもん!」


私が顔をしかめていると、ユリがピタッと私の耳元に寄ってきた。


「ねぇ。谷崎ってさ、もしかして……。春姫のこと気に入ってんじゃない?いや、むしろすごく好き……みたいなっ」


嬉しそうにはしゃぐユリ。


「はぁー?そんなことあるわけないでしょ?」


「なんで?わかんないじゃない。だってフツウどうでもいい女をわざわざ親のところへ連れて行こうとしたりする?フリとか言って、実はあわよくばこのままホントに彼女になってほしいって思ってたりしてっ。で、ホントに春姫を両親に紹介したいと思ってたりしてっ」


「だから、そんなんじゃないからー」


私が大きく手を振っていると。



ブブ、ブブーーーーー。



カウンターテーブルの隅に置いていた私のケータイが鳴った。


見てみると。


「蘭太郎?」


なんと、蘭太郎からの着信だ。


「え。蘭ちゃん?」


珍しいなぁ、こんな時間に電話してくるなんて。


私が仕事をしているこの時間帯は、蘭太郎から電話がかかってくることなんてほぼないのに。


私自身も、お店に出てる時間は私用の電話は出ないから。


ブブ、ブブ、ブブ。


「どうしたんだろう。一応店だしなぁ。お客さんが来て電話してたらまずいし……」


ブブ、ブブ、ブブーーーーー。


なかなか切れない蘭太郎からの電話。


「蘭ちゃん、なんかあったのかなー」


何気なく言ったユリの言葉に、私達はハッと顔を見合わせた。



もしかしてーーーーーー。


あの女が、なにか行動に出たかっ?



「春姫、出た方がいいよ。なんか緊急事態かもっ。蘭ちゃんずっと鳴らしてるし」


「うんっ」


私はお客が来ないのを確認して急いで電話に出た。



「ーーーもしもし?蘭太郎?」


ユリも蘭太郎の様子を伺おうと、私の耳元にピッタリ顔を近づける。


『もしもしっ。春姫ちゃんっ?ご、ごめんね、仕事中なのに』


小声でコソコソ……そして、ちょっと焦ったような声でしゃべる蘭太郎。


いつもと様子が違う。


やっぱりなにかあったらしい。


「いいけど、どうしたの?今どこ?」


『会社のトイレ。春姫ちゃん、大変なことになったよぉ』


蘭太郎の今にも泣き出しそうな声に、私とユリは顔を見合わせる。


「大変なことって。どうしたのよ。なにがあったのっ?」


『そ、それがぁ、あの女の子がいきなり僕の会社に電話してきたんだよぉ。名指しで!』


「ええっ?蘭太郎の会社に電話っ?」


やはり、あのマザコン男の妹かっ!


行動早過ぎだろっ。


「うわー、きたねー。こわー」


隣のユリがぶるっと身震いしながら笑う。


「で、その女はなんだって?」


『そ、それがさぁ、待ってるって言うんだよぉ。僕が仕事終わって会社から出てくるまで、ずっと外で待ってるって言うんだよぉぉ。いつまでも待ってるっていうんだよぉぉ』


「ええーーーーっ⁉︎」


私とユリは思わず絶叫してしまった。


その行為、まさにストーカーそのものではないか!


恐ろしい……。


『春姫ちゃん、誰かそこにいるの?』


「ああ、ユリだよ。さっき店に来てくれたの」


『そうなんだ。でもちょうどよかった。春姫ちゃんとユリさんで、なんとか僕を助け出してぇ。僕、あの人に会いたくないよぉ。このままじゃ、僕……仕事が終わっても外に出られないよぉぉ』


もはや半泣きの蘭太郎。


「そう言われても……。ユリ、どうしようっ」


なんて可哀想な蘭太郎。


そしてなんて恐ろしいあの妹。


「春姫、ちょっと電話代わって」


私は大きくうなずきながらユリに電話を渡した。


「蘭ちゃん?私、ユリ」


今度は、私がユリの耳元にピッタリ顔を近づける。


『ユリさぁんっ。僕、どうしたらいいのぉ?』


蘭太郎の悲痛な声。


「蘭ちゃん、その女は外のどこで待ってるって言ったの?」


『か、会社の下ぁぁ。うう……』


「会社の下ぁーーーー?」


ユリと声が重なった。


会社の下って……逃げようがないじゃん。


あの女、ホントにおっかねーぜ。


なにがなんでも蘭太郎を自分のものにするつもりなんだ。



「蘭ちゃん落ち着いて。私と春姫でいい方法考えてみるから。いったん電話切るよ?いい?うんうん、わかった。またあとで必ず電話するから。うん、じゃあね」


そう言い終わると、ユリは電話を切った。


「あの女、予想より早くに行動に出たわね。恋の魔力って恐ろしいものねぇ」


「だよねぇ……ーーー。って、感心してる場合じゃないよ。どうする?蘭太郎のこと」


「こうなった以上、あの女の行動がどんどんエスカレートしないうちに、1日も早く谷崎にガツンとやってもらうしかないわね。きっと蘭ちゃんの家も調べて把握済みでしょ。このままにしといたら、朝も夜も蘭ちゃんにつきまとってくるよ。とりあえず今日は……。強行手段で蘭ちゃんを連れ帰るより方法はないわね」


「強行手段って?」


「名付けて〝マザコン男の兄を持つ性悪ストーカー女の魔の手から蘭ちゃんを救出せよ!〟大作戦!」


ユリが目をキラキラさせながら大きく拳を振り上げた。


「ユリ、タイトル長い」


「長いわね。で!ここからが本題よ。私、いったん家に帰って車持ってくる。これはもう車しかないよ。で、春姫の仕事が終わりしだい蘭ちゃんの会社まで行って、あの女に見つからないように近くで待機しよう。それで、蘭ちゃんの仕事が終わって会社から出てきたら。蘭ちゃんを捕まえてダッシュで車に乗り込む!それしかないっ」


ユリが大きくうなずいた。


「だねっ。さすがユリ。それでいこう!」



なんだか。


数々の逮捕劇の次は救出劇かよってカンジだけど。


あの強烈な女に怯え切っている可哀想な蘭太郎を放っておくわけにはいかにもん。



「じゃあ、私車持ってくる!」


「頼むよ。ありがとう!」


ユリはビシッとピースサインをすると、素早く店を出て行った。


そして、このことを蘭太郎に電話で説明し。


店が終わると、私達は車に乗って急いで蘭太郎の会社へと向かったんだーーーーー。





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