第16話 強烈ガール、諏訪まりあ

と、私より先に絶叫したのは、蘭太郎の方だった。



私は、叫ぶ前に思わず体の力が抜けてその場にズベッと倒れ転げてしまったのだ。


け、結婚ってっ!!


あんた、なに言い出すのよっ⁉︎


「は、春姫ちゃん、大丈夫っ?」


蘭太郎が私を起こそうと手を貸してくれたんだけど、私は自力ですくっと立ち上がった。


黙って聞いてりゃ、あのマザコン男もこの妹も『もう一度会ってくれ』だの『結婚してくれ』だの。


ずいぶんトンチンカンなことばっか言ってくれるじゃないの。


大体、なんで妹まで出てくるわけぇ?


兄妹そろって、マザコンにブラコンか?


どうでもいいけど、いきなり仕事場まで押しかけてくるなー!


迷惑極まりなしっ。


バンッ!


私はカウンターテーブルを思いっ切り叩いた。


ビクッとすくむ彼女。


私は、そんな彼女にバシッと言ってやったんだ。


「あのね。悪いけど、私はあなたのお兄さんのこと、好きでもなんでもないの。お見合いの件だってもうすっかり終わったことなんです。破談したんです。だから、結婚なんて絶対しません!!

だいいち、なんでお兄さんのプライベートのことでわざわざ妹のあなたが私のところに来るんですか?お兄さんに何を頼まれたのか知りませんけど、今後一切このようなマネはやめて下さいっ」


しーんと静まり返る店内。


ふぅ、ビシッと言ってやったわ。


まったく。


これ以上変な騒動に巻き込まないでくれ。


さぁ、おとなしく帰りなさい、マザコン男の妹よ。


これで諦めて撤退すると思われた彼女だったのだが。


ところがどっこい。


撤退するどころか、まるで私にケンカを売るような口ぶりで反撃に出てきやがったんだ。


「……そのように声を荒げてまくし立てて。なんて野蛮な人。噂には聞いてはいたけど」


ふんっと顔をそらす彼女。


「なっ」


なんですってぇぇぇっ?


「まりあは、別にお兄ちゃんに頼まれてここに来たのではありません。自分の意思で自らここに来たのです」


そう言いながら、キッと私の方を睨みつけてきた。


おい!なんだこの女はっ。


何故ゆえ私が野蛮人扱いされて睨まなれなきゃならんのだ!


いきなり自分のこと『まりあ』とか言い出すし。


こりゃ、甘やかされて育ったちょっと気の強い金持ちのお嬢様ーーーってとこだな。


絶対そうに違いない。


だって、見たところバッグも靴も誰もが知ってる高級ブランド品だし。


おそらく全身そうに違いない。


ってことは、あのマザコン男も甘やかされて育った金持ちのボンボン坊っちゃんってことか。


ま、だろうな。


私は小さくため息をつくと、彼女に向かってこう言った。



「例えあなたが自分の意思で来たとしても。どんなにお願いされても。私の気持ちは、先ほど言ったとおりですから。すみませんがお帰り下さい」


よっしゃ。


今度こそビシッと決まったな。


と、思ったのに。



「帰りません」



彼女がつらっと言ってのけたんだ。


思わずズコッ。


な、なんなのっ?この女は!!



「お兄ちゃんが、どうしてあなたみたいな野蛮な人を好きになったのか、正直まりあには理解不能です。でも、最近のお兄ちゃん……あなたのことばかり考えて、思いつめて。もう、どうしようもなくなっているんです。

毎日電話を持っては、ため息ばかり。かけようとして通話ボタンを押そうとするのですが、どうやらひどく臆病になってるようで、怖くてすぐにやめてしまうんです」


げ。


「あなたにフラれるかもしれないという恐怖心が、お兄ちゃんを苦しめているんです」


そ、そんなこと言われても……。


「お兄ちゃん。ついには食欲までなくなって、全く元気がなくて……。ママに隠れて、あなたのお母様からいただいた春姫さんの写真ばかり見ているんです」


げげ……。


勘弁してよぉ。


なんか頭が痛くなってきた。


そんな私におかまいなしで、彼女は話を続ける。



「まりあはそんなお兄ちゃんを見ていられなくなったのです。だから、あなたに直接会ってお話しさせてもらおうと思いまして。春姫さんには申し訳ないんですが、あなたの居場所を調べさせてもらいました。それで、今日お伺いしたのです」


「ええっ?」


私のこと調べたって、なに?


探偵⁉︎っていうか……怖いんですけどっ。


私と蘭太郎が顔を引きつらせていると、彼女は更にずいっと私に顔を寄せてきた。


「ですからお願いです!とりあえず、もう一度会ってあげて下さいっ。お兄ちゃんとデートしてあげて下さいっ!」


デ、デートぉっ?


私とマザコン男がっ?


そんなもんするわけがないでしょーが!


私が思いっ切りそう言い返そうとしたその時。



「……は、春姫ちゃんは、あなたのお兄さんとデートも結婚もしませんっ。諦めて下さいっ!」



今まで黙っていた蘭太郎が、彼女に向かってガツンと言ってのけてくれたんだ。


「蘭太郎……」


なんか今の蘭太郎、ちょっとカッコよくなかった?


やるじゃん、蘭太郎。



彼女も、なかなかパンチのある蘭太郎のいきなりの登場にちょっと驚いたのか、ぽけっと蘭太郎の顔を見たまま黙っている。


おおっと、今度こそ効いたんじゃない?諦めるんじゃない?


そんな気配で、私と蘭太郎が顔を見合わせてこそっとうなずき合っていたら。


黙っていた彼女がポソッとなにか言ったんだ。



「………キ」



「え?」


小さくて聞き取れない彼女の声。


「はい?」


蘭太郎が彼女に聞き返すと、彼女は蘭太郎を見つめたままハッキリとこう言ったんだ。



「……素敵……」



しーーーーーん。


再び沈黙に包まれた店内。



ちょ、ちょっと待って。


今、『ステキ』って言わなかった?


蘭太郎の顔を見ると、『?』ってカンジでポカン。


そんな蘭太郎に向かって、彼女はこう言ったんだ。



「まりあ……。あなたにひと目惚れ、してしまいました……」



え。


えええっ⁉︎


ひ、ひと目惚れーーーっ⁉︎






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