第17話 彼女のひと目惚れ

今、今、言ったよねっ?


ひと目惚れしたって、確かにハッキリ言ったよねっ?



目を丸くしたままポカンと突っ立ったままの蘭太郎。


その蘭太郎の目の前で、目からハートビームを出しまくっているマザコン男の妹。


ひょえー!


なんだかとんでもない展開になってきたぞっ。


今、あんたの店ですごいことが起きているぞっ。


谷崎ーーーーっ!


私は胸の中でそう叫んだ。






そして、その夜ーーーーーーーーー。



「ギャハハハハハ」


ユリの大爆笑が、蘭太郎の部屋中に響き渡った。


「ユリさんっ。笑い事じゃないですよ!僕、ホントに困ってるんですからっ」


そう言うと、蘭太郎はガックリ肩を落とした。


「いやぁ、すごいわ。今どき『あなたにひと目惚れしてしまいました』なんて。昼ドラでもなかなか聞かないセリフだよねー」


お好み焼きを食べながら、笑い過ぎて涙目になっているユリ。


確かにビックリ仰天の笑えるハプニングではあったけど、あのあとホント大変だったんだよぉ。


あり得ないと思うかもしれないけどさ、あの子ってばイヤがる蘭太郎にハートビーム炸裂で迫り寄ってきて、あの狭い店内でまさかの追いかけっこ状態だよ。


逃げる蘭太郎に追う彼女。


『お名前はっ』とか『電話番号だけでもっ!』とかってさー。


蘭太郎は『春姫ちゃん助けてーっ!』とSOSを出していたけど、私にはどうすることもできなくて。


その事態に、ただただあっけに取られてポカンと見入ってしまったわけで。


で、どうやってその場が収まったかというと、タイミングよく若い女の子の客さんが数人店に入って来てくれてさ。


それを見た彼女がハッと我に返って。


『……今日は、この辺で失礼します。お兄ちゃんの件も踏まえてまた改めて……』


ペコッとお辞儀をすると、なんとも切なさげに蘭太郎の方を何度も振り返りながら、ようやく店を出て行ったんだ。



「ーーーーホントに参りましたよぉ……。とりあえず帰って下さったのでよかったですが……」


「でも、その彼女。絶対また蘭ちゃんの前に現れるよ。必ず!」


ユリがビシッと蘭太郎に箸を向けた。


「どうする?蘭太郎。あの勢いだと、ひょっとするとストーカーなんかもされたりしてっ」


私もわざと怖い声でボソッと言うと。


蘭太郎が半べそになりながら、私の体をポカポカ叩いてきた。


「もぉ!お、脅かさないでよ、春姫ちゃんっ。……っていうか。春姫ちゃんだって僕のこと言ってられないでしょ?あのマザコン男、食事も喉を通らないほど春姫ちゃんにぞっこんラブらしいじゃない。春姫ちゃんこそどうするの?」


げ……。


「2人ともモテモテじゃーん。いいなぁ。私なんてなんだか最近倦怠期っていうかなんていうか……」


ふぅとため息を漏らすユリ。


「あんた達がうらやましいわぁ。いいな、いいな!」



「ぜんっぜんよくないっ!!」



私と蘭太郎の声が重なった。


「春姫ちゃぁん。僕達これからどうしたらいいのっ?」


「そんなの私にだってわかんないよー。ユリ、助けてーーー」


私は1人美味しそうにビールを飲んでいるユリに抱きついた。


「って、私に言われても。でもまぁ、ただひとつ言えることは。面倒なのは、兄貴よりもその妹の方だってことよね。かなり手強そうだもん。これからしつこいくらい蘭ちゃんの前に姿を現すこと間違いなし!」


腕組みしながら大きくうなずくユリ。


「そ、そ、そんな……」


その横でアワアワ顔面蒼白になっていく蘭太郎。


まぁ、確かに好きでもないマザコン男に好かれて、妹にまで登場してこられた私もなかなか辛い立場ではあるけど……。


状況的に言うと、蘭太郎の方が大変っちゃ大変かもねー。


だってあの彼女、兄貴の色恋沙汰にまで首突っ込んできて、わざわざ私のとこに押しかけてくるくらいの積極性があるもん。


兄貴の恋愛でこうなんだから、自分の恋愛となりゃあ、こりゃアクセル全開ってカンジでしょ。



「蘭ちゃんも大変な女に好かれちゃったもんだねぇー」


「で、でもっ。僕、名前も電話番号も教えてないしっ」


「そんなの教えなくたって、あっちが勝手に調べるわよ。春姫だって、今の仕事場知らない間に調べられてたんでしょ?」


「そうなんだよっ。探偵でも雇って調べたのか……。いやぁ、金持ちのすることはわかんなくておっかないよ。ホントに」


ますます顔色が悪くなっていく蘭太郎。


「ねぇ、蘭ちゃん。一応聞くけど、その子のことは全く恋愛対象に入らないの?顔だって割とカワイイんでしょ?」


「ないっ!僕が好きなのは春姫ちゃんだけだもんっ」


と、蘭太郎。


「キャーーーー!いいなぁ、春姫ってば!蘭ちゃん、私じゃダメ?」


ふざけて蘭太郎の腕にしがみつくユリ。


「もぉ、ユリもアホなこと言ってないで、私と蘭太郎を助けてくれよぉ」


ホントにこの先どうしたらいいわけ?


「そう言われても、こればっかりは……。私じゃどうしようもないし。そのおかしな兄妹がどうにかあん達のことを諦めてくれればねー」


ユリが腕組みしながらうーんとうなる。


そうなんだよぉ。


とっとと諦めてくれればホントに助かるのだが……。


でも一体どうすれば……。


3人揃ってうなだれいると、ユリがポンッと手を打った。


「いいこと思いついた!あの大男……。えっと谷崎だっけ。ソイツに協力してもらおうよっ」


「えっ⁉︎」


ユリがちょっと興奮気味かつ楽しそうに私の肩をつかんでこう言ったんだ。


「谷崎に春姫の彼氏のフリをしてもらうのよっ」


「彼氏のフリ⁉︎」


「そう!そんでもって、そのマザコン男に電話とかしてもらって、『今後一切、オレの春姫に近づくな。蘭太郎にも二度と近づくな。妹にも言っておけ』みたいなことを言ってもらうのよ!それ言われたら、さすがに怯むでしょ。春姫も蘭ちゃんも両方無事に解決ってもんじゃない」


ユリがなんだか嬉しそうにクネクネしながら言うと。



「ダメーーーーーーーッ」



蘭太郎がバンッとテーブルを叩いて立ち上がった。


「そんなの絶対ダメ!大男に春姫ちゃんの彼氏のフリをしてもらうだなんてっ。僕、反対!!」


「えー。そぉ?けっこういい考えだと思ったんだけど。春姫はどう?」


「どうって言われても……。でもまぁ、確かに効果はありそうかも。ときめくときめかないは置いといて」


ちょっとワイルダーな谷崎に、ちょっとドスの効いた声で一芝居うってもらえば。


あの兄妹もビビって二度と私らに関わってこないかも。


「でしょー?絶対これいい考えだって!」


「うむ。その考え……。ホントにいいかも」


私がそう言うと。


「春姫ちゃんっ。本気で言ってんのっ?そんなまだ大して親しくもない他人の男だよ⁉︎そんな男に彼氏役を演じてもらおうだなんてっ」


蘭太郎ってば、顔真っ赤にして怒るんだもん。


「なによー。ちょっと小芝居うってもらおうかってだけの話じゃない。それに谷崎はそこまで他人じゃないでしょ。店長だし。一緒に仕事してるんだし」


「それだったら、僕が春姫ちゃんの彼氏のフリしてマザコン男に電話するっ」


「蘭太郎が電話してもさぁー。いまいち迫力にかけるじゃん。それに、もし電話してきたのが蘭太郎だってあの妹にバレたら。ますます面倒で大変なことになるよ」


「で、でもっ……」


「そうだよ。万が一うちらの企みがバレて、それでもって万が一蘭ちゃんが春姫のことが好きだなんてバレたもんなら。きっと、その子、春姫のこと妬んで呪って、なにしでかすかわかったもんじゃないよ。春姫の命が危ないわ」


げげげ。


「ユリ、そんな恐ろしいこと言わないでくれよ。いくらなんでも大げさだろ」


「大げさなんかじゃないわよ。そういう子はね、なんだってやるのよ。自分が欲しいと思ったものを手に入れるためにはね。それを邪魔する気に入らないもの、とかにもね」


ユリが真顔でずいっと近寄ってきた。


こ、怖いんですけど……。


「そ、それはダメだ……。春姫ちゃんに万が一のことがあったら……。わかった。僕が春姫ちゃんの彼氏のフリをするっていうのは諦めるよ」


蘭太郎が悔しそうながらも、心配かつ怯えたような表情で大きくうなずいている。


「だったら、やっぱり谷崎に協力してもらうしかないって。それがいちばんよ」


ユリも大きくうなずきながら言った。


「うーーーーーん……」


アイツに私の彼氏のフリをしてもらって、マザコン男に電話してもらう……?


そりゃ、それでうまくいけば私と蘭太郎は万々歳だけどさー。


しかし、そんなお願いを果たして谷崎はすんなり受け入れてくれるだろうか。


「ねっ。これ以上騒動が大きくならないうちに、電話でガツンと釘刺しといてもらった方がいいって!」


ユリが私の肩をポンポン叩く。


うーーーーーーーむ。


考えた末、私は決心した。



「わかった!私、谷崎に頼んでみる!」


「えっ。春姫ちゃん……ホントにあの大男に彼氏のフリしてもらうの?」


蘭太郎の切なげな目。


「だって。他になんかいい方法ある?とりあえずこれが今できる私達の策だよ。私ももうこれ以上あの子に押しかけれらてきてマザコン男のこと懇願されてもホント困るし、蘭太郎だって万が一ストーカーでもされたらたまったもんじゃないでしょ?」


「う……。それはそうだけど……」


「このままなにもしなかったら、間違いなく彼女はまたやってくる!!しかも、おそらくパワーアップしてね。恋の魔力はすごいからねー」


目を細めながらしみじみうなずくユリ。


「……わかった。それでホントに成功するなら……。でも、春姫ちゃん。どさくさに紛れて、ホントに大男とつき合っちゃったりとか……」


「しーなーいっ。よし、この策でいこう。さっそく谷崎に話してみる。やってくれるかどうかわかんないけど」


「大丈夫よ、絶対やってくれるわよ。春姫の話だとその谷崎って男、なかなかいいヤツらしいじゃない。若い男3人をいっぺんにとっ捕まえちゃうくらいの勢いと迫力もあるんだし。喜んで協力してくれるって」


「だといいんだけど……」


「私も一緒に頼んであげる。来週の月曜なら私仕事休みだよ。春姫の店に行ってみたいと思ってたし。噂の大男も見てみたいし。長身でヒゲでワイルド。割と好きなタイプかもー」


ユリが嬉しそうにビールを飲む。


「ああ、でもアイツほとんど店にいないから会えるかわかんないよ?」


「えー。そうなの?残念ー。でも、いいよ。行く。春姫ががんばってるお店、見てみたいし」


「いつでも来てよ。大歓迎さ」


「うん。ーーーじゃあ、改めて乾杯でもしますか。なんやかんやでとりあえず解決策?も見つかったことだし」


ユリがグラスを持ち上げた。


「おーし!この作戦がうまくいくことを願って……」


「カンパーーーーイ!」


3人の元気な声が重なった。



こうして私達は、あのおかしな兄妹の魔の手から逃れるために、谷崎に協力を要請することとなったんだ。






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